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2008年7月の27件の記事

「創作」でなにを?

同じ時期に数人の方から「創作」についての質問がありました。
メールで返信したのですが、もしかしたら同じように疑問を持っている方もいるのではないかと考え、ブログに記事を起こしました。
私が押さえている範囲のものですので、間違いや足りないところがたくさんあると思います。
指摘してもらえるとうれしいです。
また、みなさんの考えをコメントや掲示板で紹介していただけると、より考えが広がっていくことのつながると思います。

さて、新指導要領案を作成していくなかで話題になったものの一つに「思考力・判断力・表現力等の育成」があげられます。
今回が初めてのことではなく、現行の指導要領にもうたわれているものなのですが、一層の充実が叫ばれています。
知識・技能の活用など思考力・判断力・表現力に課題があると・・・。
背景には、PISA調査の結果があると思います。
「思考力・判断力・表現力」の充実に関しては、次の6点の指導が不可欠と言われています。

①体験から感じとったことを表現する。
②事実を正確に理解し伝達する。
③概念・法則・意図などを解釈し、説明したり活用したりする。
④情報を分析・評価し、論述する。
⑤課題について、構想を立て実践し、評価・改善する。
⑥互いの考えを伝え合い、自らの考えや集団の考えを発展させる。

これらの具体例として、芸能教科に限ると次のようなものが紹介されています。
・ 日常生活や体験的な学習活動の中で感じとったことを言葉や歌、絵、身体などを用いて表現する。
・ 芸術表現やものづくり等において、構想を練り、創作活動を行い、その結果を評価し、工夫・改善する。

ちゃんと背景があるんですね・・・思いつきではないんですね・・・。
それだけでもホッとします。
権力争いとか、新しい要素をとりあえず入れるために・・・なんてうがった見方をしていたものでsweat01
なぜ「創作」に取り組むのか・・・
第1には、知識・技能を教師側が一方的に子どもたちに教え込むのではなく、子どもたち自身が主体的に学習に参加し、取り組むことによって身につけるようにすること。
第2には、覚えたり、感じとったりして身につけた知識や技能を自分なりの表現に生かすことにより確実なものにすること。
第3には、お互いに表現や工夫の意図を伝えあうことにより、他者とのコミュニケーション、共有を図ること。
などがねらいとしてあるのだと思います。

音楽科では・・・
① 用語や記号を知識で終わらせるのではなく、楽譜に書くなど自分のものとして使うこと ができるようにすること。
② 音楽の諸要素の効果を、自分の作品の工夫・改善をしていく中で実体験させること。
③ 感じとったり、考えたりしたことを作品として表現して伝えあうことにより、共感を呼び起こすこと。
④ 試行錯誤を繰り返して創意工夫する音楽活動の過程の中に、創造性をはぐくむ重要な学習の要素があること。
などをねらいとしてあげることができるでしょう。

これらのことを通して、適切な用語や記号などを用いて音楽の内容について解釈や説明をしたり、五線譜のような楽譜を書いて表したりそれを読み解いたりすることは、音楽を他者と共有するための基盤となり、結果として一人ひとりの音楽に対する理解を深めていくことにつながる、と考えているのだと思います。
まだまだいろんな考えがあることとは思いますが。
そして最後に一つ。
「創作」の理念は立派なもので否定するつもりはありません。
でも、実際に指導する時間はあるのでしょうか?
授業時数が増えていないのに教える内容が増え、しかも高度化している。
本当に指導しきれるのでしょうか?
不安を持っているのは私だけでしょうか?

試合での言葉かけ

明日から中体連の全道大会、私は卓球大会の引率です。
中体連の地区大会の最中から全道大会出場は射程内に入っていました。
でも、「浦臼がまさか!」「浦臼がここまでやるとは!」「浦臼は眼中になかったのに・・・」と周りの監督たちから直接であったり、間接であったり、いろいろと言われましたcoldsweats01
そんなにダークホース的な存在だったかなあ・・・。
私としては妥当な結果を出しているだけなので、ダークホース的存在と言われることには???」という気持ちですhappy01
ちゃんと中体連に照準を合わせて、相手チームのデータをとったり、身につけるべき技術の目標を決めて練習したり、それを実際の試合で発揮できるか試させたり、試合での気持ちの持ちようを普段の練習から話したり・・・。
一つひとつの試合を重ねるごとに成長してきていたんだけどなあ。
そんなうちのチームの状態を見抜けない監督って・・・どう?
地区大会では選手たちにこんなことを言ってきました。
「いつも勝っている相手と当たるときには気を引き締めよう。勝てるという気持ちが自分を追い込んでしまい、緊張を高めてしまう。大量リードしても競っている試合だと思うこと。」
「これまで負けてばかりの選手と当たるときはチャンスと思え。相手は勝って当然という気持ちでいるので気のゆるみが出やすい。そう思っている選手に前半に点数をリードされるとイヤなもの。焦りが出てくる。とにかく前半を得意なサーブやレシーブで攻めていこう。」
「勝って泣くな、大喜びするな!負けても泣くな!相手に失礼だから陰で。勝っても負けても必ず相手のよいところをたたえること。奢らないように。」
監督によって言葉かけはいろいろです。
それがどう選手の心に響くのか・・・。
それは普段からの信頼関係と言えるでしょうねshine

明日は開会式と公開練習で、試合そのものは明後日です。
1回戦目からかなりの強敵です(たぶん優勝候補)。
選手にはいつも言っていることを繰り返しています。
自分の言葉を紹介する監督も少ないですよね・・・。
作戦的なものが多いですから。
でも、あえてここに載せます(私が忘れないうちにwink)。

①強いと言っても同じ中学生。
 人間同士の試合です。しかも中体連という中学生同士の試合。ロボットのように正確な選手ばかりではありません。どこかに必ず隙はあるものです。その隙につけ込み、自分のペースにすることができるかどうか。試合という特殊な精神状態の中での闘いですから、何が起こるか全く予想もつきません。最初からあきらめずに全力でやるだけです。

②試合は今まで練習してきたことしか出せない。背伸びをせずに自分のやれることを全部出し切ること。
 試合でいいところを見せようとして、練習してきていないことをやろうとする選手がいるんですよね・・・。でも、練習したことしか出せないのが試合です。もし、試合で練習していないことがやれたならそれはナイスプレーです。ただし、ナイスプレーは1試合に何回も出るものではありません。1回か2回のナイスプレーと8回か9回のいつものプレー。それをやれる選手が強いです。

③苦しいときは相手も同じ。
 自分だけが苦労していると思い込む選手がいるんですよね。でも、相手も同じ人間。自分が苦しいとき、実は相手も苦しい状態であることが多いです。だからこそ1球をおろそかにしない集中力が必要になります。
 また、試合は相手があって初めて成立するものです。相手がいることを忘れてしまい、一人よがりな試合をしてしまうと結果は出せません。ついつい人とのかかわりを忘れてしまう選手が多いんですよね。そして自滅・・・。必ず、相手との駆け引きであることを意識させます。

たくさんのことを選手たちと勉強してこようと思っています。
学んだことは次の代の選手に伝えていかなきゃ!
けっこう忙しい夏季休業です。

年間指導計画表の形式

P1000078

今日もカイ君と仕事中。
仕事部屋で仕事を始めると必ず「カイ君」がやってきますcat
ようやく2ヶ月を過ぎました。
でも。。。雄だからかなあ・・・かなりでかくなりました。
膝の上に飛び乗りゴロゴロ言いながらスヤスヤ・・・sleepy
爪を立てて登るので私の毛だらけの足も傷だらけです。
30度近い暑さでも全く気にしていないようです。
暑くないのかな?
困るのはキーボードを打っている手をかじることcoldsweats01
けっこう歯形がついて痛いんですよね・・・sweat02
あと、プリントもかじるし・・・。
全道音研に向けての仕事中ですが、その合間に撮ってみました。
苦手なエクセルを使っての仕事中だったので、気分転換になりましたjapanesetea

さて、その仕事とは?
年間指導計画と評価一覧を作っていたのです。
もしかしたら罫線がバラバラかもしれません。
でも、直し方を知らないのです・・・sad
得意な方、おかしな所は直してください。


「syou.xls」をダウンロード


「chyu.xls」をダウンロード

移行措置期間の大会となるので、「共通事項」にもふれてみました。
今の段階では、この程度でよいと私は考えているのですがどうでしょうか?
8月6日の研修会に向けて少しずつ準備を進めています。
参考資料も取り寄せてお渡しできるようにしました。
中には、できあがったばかりの資料を送ってくれた方もいます。
ありがたいです。
業者関係ですのでお名前はここに載せることはできませんが。
本当にたくさんの人にお世話になり、感謝しています。
でも、残念ながらお金の関係で全てを印刷してお渡しすることがなかなかできないです。
必要な資料などがありましたらメール等で送信しますので連絡ください。

潮時

昨日は「1分間の深イイ話SP」を見ていました。
実にいろんな話があるものだなあ、なんて笑いながら見ていると・・・。
世界のナベアツと元日ハムの新庄選手のやりとりがありました。
「1・2・・・・」のネタをいつやめるか?
売れているときに引っ込めるのはもったいない。
かと言って、引っ込めるタイミングが遅くなると「それしかできないの?」なんて見向きもされなくなってしまう。
スタジオのお笑い芸人の多くが、「売れているネタを引っ込めるタイミングが難しい」と同調していきます。
そんな中、新庄元選手の一言。

「自分があきたらやめればいいんですよ!」

スッゲー・・・かっこいい。
思わず「その通りだ」と膝をたたいてしまいました。
周りの人間やファンの人たちは期待があるから「まだまだ」ということが多い。
でも、それに惑わされるとタイミングを逸してしまう。
自分のことは自分が一番よく知っている、ということかな。
「もういいな」と自分は思っているのに、無理して周りの期待に応えようとしたり、周りに流されてばかりいてはいい結果も出ないですものね。
そして次の一言にもさらに衝撃を受け・・・。

「好きでもないことを続けられるわけないでしょ!」

おぉ~、パチパチwink
これもまさにその通りで。
私も音楽科教育のことをいろいろやっているけど、好きだからやっているわけで。
これが人から言われたり、自分を押さえて人のためだけに・・・なんてことになったらつらいです。
先にある幸せのためにつらいことを乗り越えて・・・あんまり好きじゃないですcoldsweats01
つらさだけが残るようなものに好んで取り組むほど、人間はできていません。
本当は自分一人のためにやりたいときもあります。
でも、少しでも同じ考えの人やそれ以外の人と音楽や音楽科教育について語り合うことはもっと楽しいのでnotes
いろんな人と出会って語り合うことで考えがまとまったり、知らなかったことがわかるようになるし、自分の世界が広がっていく感じがするのです。
語り合うことによって刺激を受け、自分を高めていけることを知っているから。
そして、一人でも自分の大好きな音楽のことを好きになってくれる子どもがいてくれたらすごくうれしくてnote
それが楽しくて大好きだからいろんなことをやっているような気がします。
どんなに時間をとられても苦痛に感じることがほとんどないのです。
人のために何かをやっているような所もあるけれども、それは結局は自分に返ってくるから。
人のために人のためにとやっていることも、いつかは自分に返ってくるから。
なんだかんだ言って、結局は自分に返ってくることがわかっている。
自分のためにやっているんだなあ、と。
だからこそ、きっと「あきたら」あっさりとこの世界から身を引くことでしょう。
私はけっこうすっぱりとやめるタイプなのでhappy01
ライフワークなんてたいそうなことは考えていません。
あきたらやめますhappy01

そして、「なぜ野球選手を続けたんですか?」の問いには・・・
「奥が深いから。他のスポーツはすぐに1番になれたのに、野球だけはいくら努力してもこれでイイというものが見えなくて。結局は中くらいの選手で終わってしまったけれども、求めても求めてもこれでイイと思えなかったから。」と答えていました。
私にとっての音楽や音楽教育も同じです。
いくら理想を追い続けても先が見えない。
はるか遠くにすばらしい夕焼けがあって・・・。
それは自分にも見えているし、方向だってわかっている。
でも、簡単に手にすることができない。
あっさりと手に入ってしまったら努力しないですよね。

なんだか好き勝手なことを書いてしまいました。
でも、この番組を見て気持ちがスッキリしたのです。
かっこつけるのはやめよう、って。
前と考えが矛盾しているから、といわれるかもしれませんが・・・happy02

J.S.Bach

今日から夏季休業。
子どもたちにとっては休みだけれども、私たちは勤務sweat02
世間的には勘違いされることが多いですがね。
でも、いつもに比べると自分の時間のとれる期間です。
初日は除草剤の散布と草取りから開始。
薄い長袖、ぼうし、サングラス、軍手、首にタオル・・・。
日光湿疹が出るために完全武装しての作業。
約1時間30分の作業時間。
それが終わると贈り物のメロンを買いに知り合いの農家へ。
今年は昼と夜との寒暖の差がなく、しかも雨が多いため甘みがのらないのだとか。
人間の思っているようにはいかないものですね。
そして夜は新十津川のビールパーティーへbeer
ビールの消費量が全道でもトップの方だとか・・・。
どれだけ飲んべえが集まってくるのでしょう・・・。
明日は実家でジンギスカン。

そんなことをしながらもバッハの曲を聞いていますnotes
ピエール=ロラン・エマールの演奏する「フーガの技法」が頭から離れず、バッハを中心に。
まずは「音楽の捧げもの」。
王の主題がさまざまな形で出てきますが、その厳格なこと!
どうしたらこんなにも形式的に美しい曲を作曲することができるのでしょう?
世の中にはたくさんの作曲家が存在しており、それぞれによさがあります。
何もバッハだけが飛び抜けてすばらしいと言うつもりはありません。
でも、すごいの一言しかでてきません。
神はいるのだろうな、と思います。
神の存在抜きにはできあがらなかった曲なんだろうな、と。
だからといって信心深いというわけではないです。
しかも、私の祖父、叔父は浄土真宗の僧侶でしたので。
若い頃(?)はあまり聞かなかった曲、遠ざけていた曲が今頃になっておもしろくなってきました。
人間って変わっていくものなんですね。

そして、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」。
5曲目の「シャコンヌ」で有名な曲です。
それをルーシー・ファン・ダールという女性ヴァイオリニストのバロックヴァイオリンで聞きました。
NAXOSというレーベルからでているCDです。
バッハ弓という、重音奏法のしやすい弓で弾かれたCDとどちらにしようか迷って買った覚えのあるものです。
バロックヴァイオリンの音には派手さがありません。
渋くて控えめな感じのする音がします。
だからこそ心にしみてくるような感じがします。
一つひとつがていねいに語りかけてくる言葉のような・・・。

今まであまり音楽を聞く時間がなかったので・・・。
こんな具合に、初日から充実(?)した生活をしています。

ショパン「ピアノ協奏曲第1番」

ショパン「ピアノ協奏曲第1番」のCDを返しに来た子どもとのやりとり。
「先生、ピアノが大活躍の曲なんですね!」
:ピアノ大好き!という人にとってはたまらない曲なんだよ。
「でも、あんまりオーケストラが活躍しないと言うか・・・かっこよくないですよね。」
:まあ、ピアノを第1に考えた曲だからさ。オーケストラが目立っちゃうと困るんだよ。
「それだったら、シュトレーゼマンみたいな指揮者はつまらないんじゃないですか?」

なかなか鋭いところをついてくると思いませんか?
シュトレーゼマンとは、「のだめカンタービレ」という漫画に出てくる巨匠と言われている世界的な指揮者の名前です。
その指揮者と、のだめこと野田恵がショパンのピアノ協奏曲で協演しているらしいのです(私は未確認ですが・・・happy02)。
その子は、前にラフマニノフのピアノ協奏曲も聞いているのでそれと比較しているようです。
ラフマニノフのものに比べると、ショパンのピアノ協奏曲は確かにオーケストラ部分が薄いですものね。
ピアノの魅力が存分に発揮でき、それが伝わるように工夫されてのことなのですが・・・。
オーケストラ部分が習作の域を出ていないという意見があるのも事実です。
でも、オーケストラの曲をたくさん書いている作曲者ならいざ知らず、数曲しか書いていないのですから上出来じゃないですかね?
とは言え、トゥッティ以外の部分では金管楽器が「プー」と音を伸ばしているだけだったり、弦楽器がピチカートで「ボン」とはじいているだけだったり・・・。
こんな部分が多いので、指揮者やオーケストラが目立つとは思えないです。
私が指揮者だったら、若いときにだけ指揮をすると思います。
たぶん、そこら辺のことをその子どもも言っているのだと思います。

その子に貸したCDは・・・。
マルタ・アルゲリッチが27歳の時の演奏です。
のだめの演奏に近いんじゃないかと思ってそれにしたのです。
もう自由奔放という感じで、指揮者のアバドもロンドン交響楽団もたじたじです。
速いパッセージで走り抜けたかと思えば、思い入れたっぷりに旋律を弾いたり、旋律に強弱の起伏をつけたり、強奏したかと思えばぱっと弱奏に切り替える・・・。
オーケストラのことなんかあんまり考えてないんじゃないかなあ。
けっこうオーケストラが振り回されていて、合わせるのに必死になっているから。
さすがのアルゲリッチも50歳代の演奏ではそんなことはしていません。
でも、この27歳の時の演奏の方が私にとっては魅力的に感じるんだよなあ・・・。
第3楽章なんか獲物をねらうチーターが瞬間的に飛び出したような感じで。
第2楽章も情感たっぷり。
静かな夜に物思いにふけっている感じがします。
20とか30歳代じゃないと恥ずかしくてこういう演奏はできないのかもしれません。
自分の世界にとことんのめり込めるというか・・・。

さて、その子は楽譜も見たいというので見せてみました。
「ひゃー、難しい」と言いつつある部分を発見しました。
そう、都はるみの「北の宿」に似ている部分。
第1楽章の副主題の所です。
「私にも弾けるかも!」というのでコピーしてあげました。
たどたどしく弾いていましたが、満足していたようです。

私もその子のおかげで久しぶりにショパンのピアノ協奏曲を聞きました。
久しぶりに聞くと、「こんな所にこんな音があったんだ」と発見することが多かったです。
第1番も第2番も、特に第2楽章を堪能しました。

「音色旋律」

「先生、ショパンのピアノ協奏曲を聞いたことがありますか?」
:うん、あるよ。
「演歌みたいな曲って本当ですか?」
:う~ん、ショパンが20歳そこそこという青春時代に作曲したものだし、初恋の人を思いながら、しかも離れなければならない祖国ポーランドとその恋人とのことを考えながら作曲した曲だからなあ・・・。思いは深いと思うよ。
「のだめが弾いているんですけど、CDを貸してください。」
:何番?
「たぶん1番だったかと・・・。」

どうやら「のだめカンタービレ」でショパンのピアノ協奏曲が扱われているようでhappy01
想像するに、きっと失恋とか失意とかとかわらせてのものかと(違ったらすいません)。
息の長い旋律、独白のようなピアノ、テンポの揺れが泣かせますものね。
曇り空、濃い灰色の雲間にうっすらと陽が差してきたと思ったら、また陽がかげり・・・瞬間瞬間でさまざまに表情を変えていく旋律に魅力を感じます。
第1主題の副主題の旋律が若い頃は大好きでした。
でも、私は2番の方が好きです。
ポゴレリッチの演奏が大好きです。
1番の演奏で演歌のような世界に浸りたいのであれば、若い頃のツィメルマンの演奏がいいかも。
同じツィメルマンでも年とってからのものは違う表現になっていると思いますよ(確か弾き振りをしていたはず)。
私は30歳の時のポリーニの演奏で聞いています。

さて、西洋音楽があまりにも旋律と和声に重きを置きすぎていると批判した作曲家たちがいます。
シェーンベルクをはじめとする「新ウィーン楽派」の作曲家たちです。
こだわったのは「音色」です。
音色の変化とそのプロセスそのものを旋律として扱う作曲技法です。
一つの旋律の中で、一音もしくは数音ずつを複数の楽器で担当し、旋律の途中でも頻繁に楽器を交代して演奏していきます。
一瞬の短い音や動機がさまざまな楽器で瞬間的に奏されては次の楽器へ移り変わる。
これを「音色旋律」と言います。
担当する楽器にもちゃんと規則性があり、作曲するには気が遠くなるようなかなりの労力を要します。
マーカーなどで色分けしていかないと曲のしくみがすぐにはわからないんじゃないかな・・・。
ウェーベルンがこの分野ですばらしい仕事をしています。
バッハ作曲の「音楽の捧げもの」を知っていますか?
もともとすばらしいこの曲の「6声のリチェルカーレ」をウェーベルンは「音色旋律」を用いて編曲しています。

私が高校生の頃、FM放送でこの曲がテーマ曲としてよく流れていました。
曲名は知りませんでした。
その曲が大好きで大好きで、大学にはいって探してみるとバッハの曲であることがわかりました。
さっそくバッハ大好きの先輩にレコードを借りて聞いてみると・・・。
すばらしい曲なのですが、何かが違うのです。
陽炎のような微妙な音の移ろいがなかったのです。
それもそのはず、私がそれまで耳にしていたのはウェーベルン編曲のものだったのですから・・・。
それからは図書館で必死にその謎について調べました。
調べに調べて、ようやくウェーベルンの編曲に出会ったときはすごくうれしかったです。
楽器の音色が瞬間瞬間に変わることによって生じる旋律の表情の変化。
一つでも楽器の順番が違うと崩れてしまいそうなデリケートさがあります。
一つひとつの音色と瞬間瞬間の時間の大切さが存分に伝わってきます。
ウェーベルン、万歳!!

そして最近衝撃的なものにも出会いました。
前にも書きましたが、初音ミクの歌う「6声のリチェルカーレ」です。
なかなか聞かせますよ・・・。
萌系大好きの女の子にこのことを話したら・・・仲間と間違えられて困ってしまいましたが・・・crying
この間、さまざまな曲を初音ミクに歌わせるソフトを発見!
こんなソフトを使って作られているんだろうなあ・・・。
別に、欲しいとは思いませんでしたが。
やせ我慢ではありません。

移行措置資料など

アクセスカウンターを見ると・・・。
なんと5000件を超えているではありませんかsign02
一応5000件というのが夢でした。
自分では1年くらいかけて・・・と思っていたのですが。
なにせ、一般公開ではなく、パスワードをつけているブログですから。
本当にありがたいことです。
とりあえず目標を達成したら書き込みのペースを「週1に」と考えていました。
そうなるかどうか・・・pencil

さて、文部科学省より学習指導要領の解説が提示されました。
すでに見た方もたくさんいることでしょう。
これまでの資料から察すると、批判したい部分もたくさんあるかと思います。
でも、まずは読んでみましょう。
具体的に、どこがよくて、どこが子どもたちの実態を反映していないのかを!
読まずに批判ばかりしていたのでは何も変わりません。

PDFファイルで載せていきます。
ただし、覚悟が必要ですよ!
なにせ小学校で93ページ、中学校で85ページもあるのですから。
そうは言っても全てが新しい内容ではありません。
現行のものの改訂や焦点化が中心となっているので、構えなくてもいいと思います。
おどしてすいませんcoldsweats01

「syou.pdf」をダウンロード


「chyu.pdf」をダウンロード


それから・・・みなさんの学校では移行措置の準備が長期休業中の課題となっていませんか?
教育出版のものが手元に届いているので必要な方はメールか掲示板で連絡下さい。
添付ファイルで送信いたします。
音楽だけではなく、他教科も可です。
ただし、教育出版のものに限ります。
教育出版から取り寄せたものですので、ここに載せるのは遠慮したいと思います。
ご理解くださいthink

Happy Birthday Bernstein!

7月20日、PMFオーケストラと札幌交響楽団によるバーンスタインの生誕90年ガラ・コンサートに行ってきました。
本当はKitaraでの演奏を聞きたかったのだけれども、中体連や音楽連盟関係の仕事の日程がはっきりしなかったため、気づいたら売り切れでした。
仕方なく、「芸術の森」にweep
最初はそんな気持ちでいたのですが、落ち込む必要など一つもなかったです。
というか、落ち込んだら「芸術の森」に失礼ですよねhappy02
他では味わえない、「芸術の森」ならではの雰囲気にあふれ、聞き終えたあとはこちらにしてよかったと思っています。
屋外の演奏施設ならではの開放感がすばらしかったです。
鳥の声が聞こえてきたり、雨の音が聞こえてきたり、雨のにおいがしてきたり・・・耳だけではなく五感すべてで味わった感覚が残りました。
それにしても、一人の人間の意志がここまで受け継がれるなんてすごいことですよね。
しかも、異国の人間の意志ですから・・・。
好き、嫌いを別にしてすばらしいことだと素直に思います。
人との出会いに恵まれていた音楽家だったのですね。

演奏は、「キャンディード」序曲から。
お祭り気分を盛り上げるのには最高の曲。
ミュージカルの内容自体はかなり辛辣な風刺に満ちています・・・だからこそ、お祭り騒ぎのような曲調にしたのでしょう。
なにせ、当時のアメリカなどで行われていた「Red purge(日本語では‘赤狩り’)」をそのまま批判したのでは命が危ないですから。
やはり、喜劇としての隠れ蓑が必要だったのでしょう。
バーンスタインはいつ逮捕されてもおかしくない状況でしたから。
(ちなみに、ブーレーズも「伝統はいらない。全ての歌劇場を破壊せよ!」という発言をしたためにテロリストのリストに今でも載っているのだとか・・・。)
いろいろと不幸な時代もあったわけで(今も同じかもしれないけど)。
昨日の演奏はゆったりとした格調高い雰囲気でした。
序曲ということを意識しているのかな。
作曲者本人の指揮による演奏はけっこう過激なので。

2曲目は交響曲第2番「不安の時代」。
ピアニストの小曽根真さんを聞きたくて聞きたくて買ったチケット。
ステージに現れたときから何かが始まりそうな予感でした。
小曽根さんが演奏すると、とにかく音楽が生き生きとしてくるのです。
その場で音楽が生まれていくと表現した方がいいのかな。
聞いているこちらまで自然に体が動いていくのがわかります。
特に「仮面舞踏会」と「エピローグ」のカデンツァが生命力にあふれていました。
オーケストラとのかけ合いの部分でも相手の演奏をよく聞いて素早く反応するところは「さすが!」とうれしくなりました。
アンコールもよかった!!!!!
でも、小曽根さんの演奏する「ドラえもん」も生で聞きたかった・・・。

休憩を挟んで、「プレリュード、フーガとリフ」。
ベニー・グッドマンとバーンスタインによる伝説的な名演が残されている曲。
「オムニバス」というテレビ番組がDVDとなっているのでそこにしっかりと収められています(誰か持っていませんか?)。
最後に指揮者がちょっと間違えてしまったけれども、それもご愛敬。
シュミードルさんのクラリネットにも熱がこもっていました。
楽しかったなあ・・・。

次は、「ヴァイオリン、弦楽合奏、ハープと打楽器のためのセレナード」。
18世紀後半からは複数楽章の器楽曲を称するものになったけれども、もともとは恋人に贈る夕べの音楽のこと。
バーンスタインのセレナードは、哲学者プラトンの「饗宴」の内容が静的な美と動的な美の織り交ぜによって表現されています。
なんだか夜に物思いにふけっているような深い響きのする音楽。
アン・アキコ・マイヤースさんのヴァイオリンは、この曲の持つ知的な雰囲気を表現するのにぴったり。
「愛」についての内容を音楽化しているので、赤い衣装もぴったり。
昔、TVのCMでサン・サーンス作曲の「序奏とロンド・カプリチオーソ」を演奏していたときのきれいさにさらに磨きがかかったような・・・。
うっとりとして聞いていました。
アンコールはガーシュインの「サマー・タイム」。
選曲もいいし、重奏のすばらしさに感動!

最後は前回に書いた「West Side Story」。
バーンスタインの曲を一晩にこれだけ聞くことができる機会なんて滅多にないこと。
しかも、独奏者が豪華。
楽しい楽しい一日でした。
雨で肌寒い感じがしたけれども、音楽を聞いている最中は全く気になりませんでいた。
演奏会っていいですよね!

「WEST SIDE STORY」

昨日のPMFの演奏会、演奏を聞きながらさまざまな思いにふけっていました。
自分の行きたいと思う演奏会のチケットを前もって買って聞きに出かけるなんてことができるのは今回が最後だと思います。
行きたい演奏会もたくさんあるし、音楽への情熱も失ったわけではありません。
これからの自分の立場上のことや時間のことなどを考えると、そんなことができるのは17年先のことになります。
そう考えると、音楽を聞くということはとても贅沢なことで、ゆとりがないとできないことなんだなあ・・・と考えさせられます。
もし、演奏会に行くことができたら・・・その時は、その幸運に感謝するとともにをじっくりとかみしめながら演奏を楽しむことにします。

そんな思いの中、演奏会は進み最後の曲「‘Symphonic Dance’ from “West Side Story”」となりました。
私の大好きな曲である「Somewhere」では涙が出てきました・・・本当に音楽に身をひたすことのできる幸せな幸せな瞬間でした。

There’s a place for us,
Somewhere a place for us.
Peace and quiet and open air
Wait for us
Somewhere.

There’s a time for us,
Some day a time for us,
Time together with time to spare,
Time to look,time to care
Some day!

Somewhere
We’ll find a new way of living,
We’ll find a way of forgiving
Somewhere.

There’s a place for us,
A time and place for us.
Hold my hand and we’re halfway there.
Hold my hand and I’ll take you there
Somehow,
Some day,
Somewhere!

「West Side Story」の名前を知ったのは子どもの頃。
母が青春時代に映画を見に行ったらしく・・・何度も話を聞かされました。
そして高校時代、付き合っていた彼女が大好きな曲だったのですが、何度聞かされても私は好きになれず・・・(そういうところが天の邪鬼ですよねcoldsweats01)。
1990年にバーンスタインが亡くなってから、「West Side Story ~The  Making of The Recording」をテレビでたまたま目にしました。
その時からはまってしまい、CDやらDVDやらを買うようにまでなりました。
中でも大好きだったのが「Somewhere」です。
確か、このミュージカルの中心となる曲で、この曲の動機が変形されてすべての曲ができているはずです。
そして、この「Somewhere」のもとになった曲は・・・ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番の第2楽章であると作曲者自身が述べていたのを記憶しています。

PMFオーケストラの演奏は若さあふれるもので、とても楽しめました。
そして、そのオーケストラをしっかり引っ張る指揮者の尾高さん。
好演だったと思います。
屋外の会場というのも気持ちが開放的になって、一層そんな気持ちが高まったのかもしれません。
ずっとずっと思い出に残る演奏会になりそうです。
他に私は「Cha-Cha」も好きです。
CDでよく聞くのは作曲者自身の自作自演です。
ガーシュインのラプソディー・イン・ブルー(ピアノはバーンスタイン)と前奏曲第2番(これもバーンスタインのピアノ)が入っています。
前奏曲第2番が非常に魅力ある演奏です。
私も弾いてみたことがあるのですが、なかなかこの演奏のような雰囲気は出せません。
あと、バーンスタインの曲で好きなのは「バレエ《ファンシー・フリー》」です。
 

まっ、いいか・・・

PMFのコンサートから帰ってきたところですnotes
それにしても芸術の森までの道のりは遠かった・・・。
真駒内から芸術の森まで約1時間30分。
渋滞すること渋滞すること。
ちょっと進んでは止まり、ちょっと進んではまた止まりbomb
かなり余裕を持って出発したはずなのに着いたのは演奏会10分前。
帰りも似たようなもの。
演奏会自体も3時間を大きく超えるほどの時間だったため、予定していた列車にも乗ることができず・・・。
しかもようやく乗ることのできた列車も、その前の列車が故障だとかで遅れるし。
でも、演奏会がものすごく楽しかったので「まっ、いいか」。
演奏会のことはまたこの次に。

そして、昨日。
お金が入ったのでお酒bottleを買いに。
じっくりじっくり銘柄を見て「純米吟醸酒」を買い求める。
夜になり、ウキウキしながらさっそく味わってみると・・・。
「なんだかお米の味が薄い。キレもよすぎる・・・」
おそるおそるラベルを確認すると・・・「醸造アルコール」の文字がsign03
「吟醸酒」を買ってしまったのか・・・crying
でも、醸造アルコールが入っているお酒ならではのすっきり感、そして「吟醸酒」。
けっこうおいしかったので腹立ちも収まり、「まっ、いいか」。
楽しかった演奏会を思い出しながら今日も飲もうっとnote

そして、そして・・・演奏会の前に購入した本。
「最近、カラヤンに関する本ばかり買っているしなあ・・・」と悩みつつ、じっくり立ち読みして買った本。
ところが、たった今家に帰ってきて袋から出してみると・・・「カリスマ教師の心づくり塾」。
が~んdown
私が買ったのは確かに「カラヤンと日本人」のはず・・・。
よ~く思い出してみると、積み上げられている下の方からとったんだよね。。。
混ざっていたんだろうなあ・・・。
確認しなかった自分の責任もあるし。
札幌まで交換しに行くとガソリン代の方が高くつくしgasstation
それに、もしかしたらかかわりのあることが書いてあるかもしれないし。
これも何かの出会い。
ということで、これも「まっ、いいか」。
ただ単に楽天主義なだけなのかもしれませんがね。

それにしても、こういうことが続くということはやはり自分の集中力や注意力が落ちてきているのだと思います。
変な誤字も多くなってきているし、思い込みや投げやりなところや冷たさなどが最近とくに強くなってきているような気が・・・。
このままではいけないと思いつつ・・・。
歳のせいにだけはしたくないし・・・。
ここいらで今までの自分をもう一度見直す必要がありそうです。
いろいろと言ってくれる人の存在がますますありがたくなってきました。
こんな性格なので、言い返したり、イヤな顔をしてしまいます。
でも、後で考えてみるとその通りだと納得することだらけです。
察するということも非常に苦手です(KY?)。
言葉で伝えてくれるとありがたいです。

知らないところで・・・

ガソリン価格の上昇でこんなことがニュースになっていましたgasstation
百の位に「1」しか表示できない看板が全体の1割を占めている。
みなさん知っていましたか?
つまり、給油所の多くが200円を突破することはないだろうと考えていたことになります。
その常識を覆し、レギュラーガソリンはどんどん上がり続け・・・。
1リットル180円を突破したあたりから価格表示板の付け替えを検討しているお店が増えてるとか。
というより、ほぼすべての店頭で付け替えの必要性に迫られているということです。
近所の価格表示板はどうでしょう?
聞いてしまうと、気になりますよね。
これから価格表示板の工事に取りかかるお店が増えるのかな?
ちなみに、ある1社が所持している300の価格表示板を付け替えるのに必要な費用は約2億6千万円dollar
日本全国のものとなるといったいいくらかかるのでしょう。
ずいぶんと高いですよね。

そして、もうひとつビックリのニュース。
カレーライスを食べるときにレンゲを使用してもよいことになった、とのこと。
大阪医療刑務所の受刑者の話です。
それまでは、箸で食べていたとか。
改善されたのは1ヶ月前の話です。
ぽろぽろと落ちて食べにくかったことでしょう。
使用を認めていなかった理由は・・・
スプーンで壁をたたけばうるさいし、自傷行為に使われる恐れがあったからだそうで。
でも、箸とスプーンではどちらが危険なのでしょう?
その他にも、男性受刑者の浴室にしかなかった体重計を女性受刑者の浴室にも置くようになったとありました。
女性受刑者に体重を量らせないのは拒食症対策だったとか。
手紙で便箋一枚に書ける字数を400字から600字にする。
これは「検閲」をしやすくするため。
置き時計を持ち込めるようになった、というものもありました。
外から見えにくい刑務所や拘置所。
弁護士や医師、地域の人がチェックするシステムができて今年で2年になります。
その成果が至るところででていているようです。
いくら法で裁かれた人だからと言って、あれこれとへりくつをつけて規制をかけていくのは違いますよね。
それにしても、私たちの知らないところでいろんな取り決めがあるものですね。

「HQ」とは?

私たちがよく目にするものに「IQ~Intelligence Quotient(知能指数)」というものがあります。
知能を表す客観的指数として昔ほどでないにせよ、けっこう多く使われています。
知能指数とは、論理的な思考ができるかどうか、記憶が得意か、図形の認識に長けているかなど、記憶力、空間認識力、論理数学的知性といった一部の知性を計数化したものです。
あくまで一部の知性、ただそれだけにしか過ぎません。
IQでその人のすべてがわかるかというとそんなことはありません。
IQが高いからといって、その人間が万能である、なんてことはないのです。

人の能力はIQで測ることができるのか?
そこに疑問を持ち、研究を進めた心理学博士がいます。
名前をダニエル・ゴールマンと言います。
その方が「EQ~Emotional intelligence/Quotient(心の知能指数、感情的知性)」というものを提唱しました。
EQとは、知能テストで測定されるIQとは質の異なる頭のよさであるとその著書で述べています。
EQとは?
・心から納得できる決断を下す能力。
・衝動を自制し、不安や怒りのようなストレスのもとになる感情を制御する能力。
・目標の追求に挫折したときでも楽観を捨てず、自分自身を励ます能力。
・集団の中で調和を保ち、協力し合う社会的能力。 
このような、自分自身の感情や他人との関係をうまく処理する能力といった、人生を最終的に左右する知性のことを指します。

IQは人間として最も大切なものとは言えない。
EQはそこそこ重要であるが、この知性も人間にとってごく部分的なものでしかない。
では人間にとって最も大切な知性とは何か?
それが1999年に北海道大学の澤口教授が提唱した「PQ~Prefrontal Quotient(前頭前知性)」です。
アメリカの著名な認知心理学者ハワード・ガードナーは「我々の知性は一つではなく、多数の並列した知性からなっている」という多重知性理論を提唱しました。
①言語的知性
②絵画的知性
③空間的知性
④論理数学的知性
⑤音楽的知性
⑥身体運動的知性
⑦社会的知性
⑧感情的知性・・・おおむね「EQ」に対応
そして、これらを総括しコントロールする知性が「自我」であるとしています。
この「自我」こそがPQであり、このPQを育てる教育が大切であると澤口教授は著書で述べています。

このPQですが、いろいろな意味に使われ始めたために混乱を招く恐れが出てきました。
そのために2005年、澤口教授は発展的に改称し「HQ~Hyper/Humanity Quotient(人間性知性)」としました。
このHQとは、人間性をつくり、社会でうまく生きていくために必要な前頭連合野のもたらす知性を指します。
また、前連前野がもたらす人を人たらしめる意識、知性、知能、感情抑制、社会性をもたらす機能の総称でもあります。
①将来への計画、夢、展望
②高い思考力 IQg
③主体性、独創性
④集中力、探求心
⑤幸福感、達成感
⑥感情の抑制や理性、社会性
⑦心の理論(相手の気持ちを知る)など
PQはこれらを含み、次のような役割を担っています。
*知性(一般知性、判断力、注意力、集中力、理性、言語、将来への計画、展望)など。
*感情のコントロール(自己抑制など)、危険の察知。
*社会的知性(対人関係、コミュニケーション、感情表現など)。

私たちは、音楽にも知性が関係していることに驚きました。
だって、音楽というと感性、感性、感性・・・とばかり叫ばれていたのですから。
でも、知性と感性ってわけて考えることなんてできないんですよね。
そして研究を進めていくうちに音楽は感性だけではなく、知性をも伸ばすものであると言うことがわかってきたのです。
というよりも、感性を豊かにすることにより知性が伸び、知性を伸ばすことにより感性が豊かになる、と。
だからこそ、音楽科は人間性を育てるために必要なものであり、学校教育になくてはならないものであると主張してきました。
でも、その論文は「おんかん」の論文の部で次点となりました。
ただ、眠らせておくのはあまりにももったいのであちこちに送って意見をもらっていたのです。
8ページ前後ということでしたので、考えていることのエッセンスのみで構成されています。
図はすべてオリジナルのものです。
実践例はまだまだ増やせたのですが・・・。
どうでしょうか?
失敗作ですかね?
それとも時代を先取りしたものですかね?
ここに論文を載せておきます(PDF形式です)。

「ronbun.pdf」をダウンロード

もしかして・・・

P1000314

「すばらしい景色がある」と聞くと自分の目で確かめてみたくてじっとしていられなくなります。
仕事の合間をぬってはちょこちょこと出かけて、その美しさを堪能するのが楽しみなのです。
ストレス解消の一つなのかな・・・。
その場所にじっとしているだけで疲れも吹き飛んでしまう気がします。
「夢街」にも写真をアップしました。

家に帰ってきてメールを確認していると、書籍の案内が目につきました。
ある事件のために一度北海道大学を去られていた澤口先生の本です。
「脳教育2.0 子どもに最も必要な能力HQ」
講談社より7月18日に発売となります。
1,680円です。
本の紹介を読むと「読み書きそろばん+音楽で・・・」とあります。
この「+音楽」が気になるところです。
実は、「〈音楽的知性〉を伸ばす授業の創造~音楽を語り合う活動を通して」という論文を澤口先生にも届けてあるからです。
ちょうど事件の時期と重なったため直接お話を伺うことはできなかったのですが・・・。
もしかしたら、私たちの論文の内容が取り入れられているのかも、なんて。
川島隆太教授(東北大学)、山本文茂教授(当時東京芸術大学)、金本正武教授(千葉大学)、小島律子教授(大阪教育大学)、高須一教科調査官といった方々に評判のよかった論文です。
それぞれの方々にメールやら電話やらで激励をいただき、どれだけ勇気づけられたことか。
仲間とともに作り上げたこの論文、かなりいいところまでいっていると自負しています。
なにせ、その当時に仮説として書いたことがいろんな分野の書物で実証されつつあるからです。
今回の本にはどうかな?
取り寄せて読んでみたいです。

「勝ち組」「負け組」

「勝ち組」負け組」という言葉がとても流行した時期がありました。
受験に成功すれば「勝ち組」、失敗すれば「負け組」。
就職に成功すれば「勝ち組」、失敗すれば「負け組」。
お金を稼ぐことができれば「勝ち組」、できなければ「負け組」。
異性と交際できると「勝ち組」、できなければ「負け組」。
などなど、いろんな場面で「勝ち組」「負け組」という言葉を耳にしました。
いったん「負け組」のレッテルを貼られると、本人や周囲も落胆して前向きの発想ができにくくなる。
自尊心を低められ、自分にすべての責任を感じて自己否定してしまう。
そんな実態があるかと思いきや、「負け組」を自負することが流行の最先端とばかりに喜んで受けとめ、それを自ら誇る若者なども出現。
「勝ち組」は優越感に浸り、「負け組」とレッテルを貼られた人たちはさらに自分よりも下の「負け組」を探し、蔑む。
広い世界のほんの一部の出来事で偏った判断をしているに過ぎないのに・・・。
次から次へと生まれる負の連鎖。
すごく不安になったことを思い出します。

本当に、世の中この二つだけですべてを判断することなどできるのでしょうか?
勝ちっ放しの人生なんてあり得ないですよね?
生きている中のどこかで、困難や周囲の無理解、理不尽なことに直面したりすることが必ずあるはずです。
それを克服するために、人と人とのつながりや出会いを大切にしながら苦境をはねのけようと必死に生きていく。
そこにこそ生きていく価値があるのではないでしょうか?

また、価値観は人によってさまざまなはずです。
学問の知識の量に価値を持つ人もいれば、考える力に価値を持つ人だっている。
お金の量に価値を見いだす人もいれば、お金よりも人間とのかかわりに価値を持つ人だっている。
音楽に価値を見いだす人がいるかと思えば、運動に価値を見いだす人もいる。
失敗だと思って落ち込んでいたことが、後になって振り返ってみると成功の原因となっていたりする。
成功だと思ってその時に喜んでいたら、後で違う道の可能性を思い知らされることだってある。
人の数だけ生き方はあって当然だし、価値観だってさまざまなはずです。
一つの価値観ですべてをくくることなんてできないはずです。
一人ひとりが持っている価値観を、それぞれが認め合うことこそが大切ですよね。

そんな中、「苦境に負けないためのコツ」なるものを目にしました。
①進む道を一つに限らず、複数用意して対応する。
②「勝ち負け二分法」の単純さに批判の目を。
③自分が楽しみ誇れる「パッとした世界」をもつ。
④安心できる場を確保し、楽しい体験で回復力を。
⑤小説や映画などを通して多様な価値観にふれる。
⑥独学で道を開いた事例などを参考に、目標に挑む。
⑦すべて自分の責任と抱え込まず、人に相談する。

どうですか?
なんだか当たり前のことのような・・・。
それぐらい社会全体に余裕や大目に見る気風がなくなってきているということなのかもしれません。

PMF

7月12日、札幌の夏恒例のPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)に行ってきましたnotes
ビックカメラの9階で購入したカイ(うちの猫cat)の猫じゃらしと首輪を持ってkitaraに。
前の日が楽しい飲み会だったので、飲み過ぎて行けないかもしれないという不安もありましたが・・・。
今回も岩見沢の「三船」で飲んだのです。
モツにビールbeerに最後は〆の蕎麦。
モツを残しておいて蕎麦に入れるのですが、一層おいしくなるんですよ!
前の日に一緒に飲んでいた方とPMFで一緒になるという出来事もありました。
まあ、飲み会の話は置いておいて・・・coldsweats01

一曲目の細川俊夫さんの「雲と光(笙とオーケストラのために)」での雲の流れる様子や笙の音色にも心ひかれました。
笙という楽器は、オーケストラの音の間を縫っていくというか、埋めていくというか・・・。
それでいて主張がしっかりあって。
そこがゆらゆらとした「光」を表していたのかな。
笙の独奏は、宮田まゆみさんでした。

2曲目はなんと!メシアン作曲の「トゥーランガリラ交響曲」。
札幌初演にあたるとか。
初めて実際の音を聞く「オンド・マルトノ」という電子楽器。
いくつかのスピーカーとテルミンのようなぴよよよ~んという音が独特でした。
オンド・マルトノ独奏は原田節さん。
そして、指揮者は準・メルクル。
実にさわやかな指揮で、実際に出てくる音もさわやか。
もっと音の洪水になると思っていたのですが・・・すごく整理されていました。
それにしてもあんなに複雑な曲を100人以上で合わせられるなあ、と感心してしまいました。
全部で10楽章あるので、最後はある意味のトランス状態に。
そういう効果もねらっているのかなあ・・・happy01
メシアンは、「アーメンの幻影」とか「」幼児イエスに注ぐ20のまなざし」とか「鳥のカタログ」といったピアノ曲がけっこう好きで聞いていました。
オーケストラ曲になると、また違うよさがあるのだなと思いました。
そして、ピアノ独奏のピエール=ロラン・エマールがすごかったです。
すべて暗譜にまず驚き・・・。
音のきれいさと、完全に自分のものになっているという自在な演奏に驚きでした。
さすがはメシアンから直接指導されたピアニスト、といった感じです。
まさか、エマールのピアノを生で聞けるとは思っていなかったので・・・(実は、演奏者の確認をしないでチケットを買ったのですsweat01)。
NHKでエマールが「フーガの技法(バッハ作曲)」をピアノで演奏していているのを聞き、ますます好きになっていました。
(録画するのを忘れてしまい、けっこう落ち込んでいます。再放送にならないかなあ・・・tv。CDは見つけたのですが、今はお金yenが苦しいのでthink。)
PMFに出発する前にエマールの演奏がNHKBSーHI出入るのを知り、今回は録画しておきました。
帰ってきてお風呂に入るとちょうど放映が始まり・・・。
徹底して音色にこだわる姿勢に心が揺さぶられました。
はずんだ音を出したくて、ピアノのハンマーの下に厚紙を入れてみたりするんですよ!
そのこだわりは、やっぱりただ者ではないです。

ところで、エマールの弾く「フーガの技法」が耳に残っていたので、MUSICA ANTIQUA KÖLNの演奏によるCDを出して聞こうとしたところ・・・。
ケースの中に入っているスポンジがCDに張り付いてしまっています。
しかも、それをはがすとCDにブツブツとへこんだ部分ができていて。
スポンジが劣化して悪さをしたのでしょう。
おそるおそるかけてみると音には異常ありませんでしたが・・・。
いろんなアクシデントが起こるものです。

自然豊かな土地で

 

P1000307_2

先日、新聞でも紹介された浦臼の「神内ファーム」のラヴェンダーです。
雨の中の写真なので、晴れた日にもう一度チャレンジしてみます。
人工的に植えたものなので、自然と言えるかどうか・・・。
白いラヴェンダーは初めて見ましたが、白だけだと全く変化がないのでしょうね。
青紫のラヴェンダーがあって、初めてその存在を主張しているような・・・。
対比の見事さなんでしょうね。
富良野に行くのはちょっと、という方、空知にもこんな所がありますよ!
お土産は道の駅かな?
東京の有名ホテルで一杯1500円という「キャロット」という品種を使ったトマトジュースがあります。
ものすごく甘いです・・・東京ではグラス一杯分の値段でも浦臼では1リットル買えます。
それから、メロンが15日頃から出回ります。
ちょっと奥にあるおいしい農家も知っています。
必要な方は問い合わせてください。
蕎麦は、珍しいボタン蕎麦を使っています。
甘みがありますよ!
豆乳で作ったアイスやソフトもあります。
豆腐もワインwineもおいしいです。

そして、7月17日の早朝4時には「シカ狩り」が行われます。
けっこうシカが増えているようで、浦臼でもちょくちょく見かけることが多くなりました。
国道を渡るときもあるので、浦臼を通るときには少し気をつけてください。
他の町では、集団で見かけることもあるそうです。
天敵がいなくなったこと、ハンターも高齢化などで少なくなってきているようで駆除が大変なようです。
農作物が荒らされてしまうのですから。
シカの他にアライグマも出没しては畑を荒らすようで・・・。
「ラスカル」などと言っていられません。
けっこう凶暴のようですし。
熊も新十津川方面に歩いていくときもあります。
そのために樺戸山が山開きされません。
町にあるすばらしい山なのに・・・。

シカにまつわるちょっとした話も。
ある市で、すべての学校から連絡網が回ったそうです。
「警察がシカを取り逃がした。シカが出没しているので登校には注意してください」、と。
シカが群れをなして出没したのか?
シカが凶暴化したのか?
人間に対する恨みか?
環境汚染の影響か?
警察が取り逃がすくらいだから、かなり危険なシカにちがいない。
子どもより大きいからやっぱり気をつけなくちゃ!
いろんな反応があったようです。
でも、しばらくすると訂正の連絡が・・・。
「シカではなくて、痴漢でした」、と。
機転を利かせて「痴漢」に訂正して回した家庭もあったようですが、再度連絡網を回す慌ただしい朝となったようで。
子どもの安全のためですから怠ることはできません。
担当の方も、きっと早朝だったし、慌てていたのでしょうね。
すべての学校で同じ内容が回ったようなので、発信元の聞き間違いなのでしょう。
痴漢はシカ以上に気をつけなければならないことですよね。

教材研究の一つとして・・・

前に「You Tube」の話を書きましたが、教材研究に使えるものがけっこう豊富にあるようです。
ただ、一回一回ネットにつなぐのが面倒、という声も聞こえてきます。
私は何回も使うものについてはUSBに保存するようにしています。
その方法にも、いろいろあるようで・・・。
私の場合は、保存する時に「TAGIRIツールバー」、見る時に「GOM PLAYER」というソフトを使っています。
どちらもフリーソフトです。
二つのソフトとも、私は次のようにダウンロードしました。
ちなみに私はトップページに「goo」を使っています。

TAGIRIツールバー
このソフトのよいところは、ツールバーの所に常駐させることができるのと、けっこう簡単に操作できることです。
①検索の欄に「ユーチューブ」と入力して検索をクリックします。
②すると、その中に「ユーチューブ 日本語案内」というものが出てきますのでダブルクリックします。
③ユーチューブ日本語案内のページの下の方に青い文字で「ユーチューブをファイルに保存する」というコーナーが出てきます。
④そこをクリックしてページを開くと、オレンジの文字で「フリーソフト」というものがあるのでそこをクリックします。
⑤「TAGIRIツールバー」のダウンロードサイトを開いて方法を確認してください。

TAGIRIツールバーを使うと「FLVファイル」として保存されます。
このままでは家庭用のDVDプレイヤーやパソコンで見ることはできません。
そのような時には、「FLVファイル」を「AVIファイル」や「MPEG」などに変換する必要があります。
変換するソフトもありますが、ちょっと操作が面倒です。
私は、パソコンで見ることができればよいし、画面に映す必要が出てきたときにはパソコンとTVを接続すればよい、と考えています。

GOM PLAYER
どんな形式のファイルでもほぼ読み込んで再生してくれるソフトです。
ちょっと破損しているものでも大丈夫です。
画像もきれいです。
昔のCDーRも自動再生にはなりませんがバッチリです。
捨てようと考えていた歌舞伎や民族音楽のものを見ることができてホッとしています。
私はだいぶ助かっています。
①検索の欄に「ゴンプレーヤー」と入力して検索をクリックします。
②6つぐらい下の所に「GOM PLAYER」と出てきます。
③「完全無料、ダウンロード」をクリックしてください。

それにしても、次から次へといろんな方法が出てきますね。
便利になる反面、情報に出会わないと知らないままになってしまいます。
知っている人と交流していくことが一番ですよね。


   

顔合わせ

昨日は来年度に行われる北海道音楽教育研究大会空知大会の「授業者」と「研究部」の研修会でした。
研修会と言っても第1回目なので顔合わせがメインです。
それぞれの方から自己紹介がありました。
授業者の方々の前向きな考えや発言に勇気づけられました。
周りでしっかり支えて行かなきゃ!

それにしても、最近の学校はとにかく忙しいsweat01
前回が忙しくなかった、というわけではありません。
前回だって結構な忙しさでした。
でも、それ以上に確実に仕事の量が増えているといった感じがします。
そんな状況の中でも遠いところから時間を割いて集まってくれるメンバーに感謝です。
仲間とのつながりを感じます。
一回一回の会議のねらいをはっきりさせ、やることや決めることをその場で解決していかないととんでもないことになりそうです。
計画的な取り組みが必要です(私の一番苦手なことです・・・いつも行き当たりばったりなので・・・bearing)。
全員がそろうということはかなり難しい状況ですが、連絡を取り合いながら乗り越えていきましょうhappy01
気になるところ、気づいたところは昨日のように遠慮なく指摘してください。

今回の会議では指導案の形式を提案しました。
小学校の指導案を集めたり、各地区や全国の音楽科指導案を取り寄せたり、資料にあたったりしてみました。
全国的な傾向に従いながらも、そこに空知の視点を入れてみようと考えました。
これから実際に指導案を作っていく中で、「これでは書きにくい」「これが足りない」・・・と言ったことが出てくると思います。
出てきた意見を参考にしながらよりよいものにしていこうと考えていますのでみなさんのご意見をお聞かせください。
PDFファイルで載せておきます。

「sidouann.pdf」をダウンロード

さて、その話し合いの中で「年間指導計画」を空知のみんなで作ってみようということになりました。
来年度どの学年で授業を行うのかという授業者の考えがすでにあります。
それを見通した上で、授業者の学校の年間計画をもとに、みんなの知恵を寄せ合って来年度の研究紀要に載せるものを作成しようと考えています。
授業者一人の力で年間指導計画をつくるにはかなりの無理があります。
また、今回みんなで作った年間指導計画をそれぞれ持ち帰ってもらうことにより、自分の学校に合う形に作り替えることもできます。
8月6日(水)10:00~15:00 岩見沢市内の学校でと予定しています。
現在校舎を貸してくれる学校を探しているところですので、決定次第、学校に案内文書を送信します。
みなさんの協力が必要なことですので、ぜひ助けてください。
あとになってから慌てないように、やれるところや取り組めるところから仕上げていきましょう。

骨伝導ヘッドホン

今日、新聞を読んでいてふと目にとまったもの。

デザインファクトリーの伝導スピーカー
その名も・・・

「どこでもスピーカー」。

なんだか「どこでもドアdoor」みたいな名前でしょ?
でも、これがなかなかおもしろそうなんです。
(名前ばかりではなくて。)
写真を載せることができるといいのですが、画像が悪くて・・・。
文章を読んでイメージをふくらませてみてください。

このスピーカーにはイヤホンと同じ大きさの振動発生装置なるものがついています。
これを菓子箱やペットッボトルなど、中が空洞になっているものに粘着シートで貼り付けます。
すると、振動発生装置が物に振動を与え、周囲に向けて音が発生するしくみになっているのです。
重量が58グラムなので手軽に持ち運べるスピーカーといった感じです。
(貼り付け方は写真からではよくわかりません。)

しかも、振動発生装置の使い方はこれだけにとどまりません。
携帯音楽プレイヤーに接続してヘッドホンとしても使えるのです。
そのしくみは・・・
振動発生装置をこめかみに当てることにより、骨伝導によって音楽を聞くことができるというものです。
耳をふさぐことがないので周囲の音や会話を聞きながら音楽を楽しめるという長所があります。
(周囲の音が聞こえない方が長所という話もありますが・・・。)

骨伝導という発想がすごいですよね。
ミュージカルでは、頭にマイクkaraokeを貼り付けて骨伝導で音を拾うという方法があります。
その時も「本当にそんなことができるのか?」と思ったりしました。
でも、実際やってみるとできるんですよね~。
その時には感動ものでした。
今回の「どこでもスピーカー」にも非常に興味があります。
ちょっと調べてみたのですが、骨伝導を利用したヘッドホンは今までにもたくさんあるようです。
しかし、その値段の高いこと・・・dollar
今回のデザインファクトリーのものは5229円です。
今まででているものの約10分の一から8分の一の値段です。
手頃な値段というところがますます気になっているところです。
一週間後から売り出すようです。
その頃にはホームページでも宣伝されることでしょう。
でも、現物を見てみたい!
どこかの電気屋さんに展示されないかなあ・・・。

洞爺湖サミット

現在、北海道の洞爺湖で主要国首脳会議が行われています。
この「主要」というのが何を基準に決められているのが大いに疑問です。
誰が決めた「主要」なのか?
誰にとっての「主要」なのか?
世界中にはたくさんの国があるのに、本当にその国々の主張を取り入れた話し合いがなされるのか?
そんなことが抗議デモなどにつながっているのでしょう。
さて、7月7日の北海道新聞に1992年6月11日にブラジルのリオデジャネイロで開かれた国際環境サミットでの演説が載っていました。
その当時12歳のセバン・スズキさんの演説です。
新聞に載っているのは要約ですが非常に訴える力の強いものです。


 私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。
 動植物が毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらはもう永遠に戻ってこないんです。こんな大変なことが、ものすごい勢いで起きているのに、人間はのんきな顔をしています。
 子どもの私には、この危機を救うために何をしたらいいのか、はっきりわかりません。でも、大人にも知ってほしいんです。あなた方もよい解決方法なんて持っていないことを。
 オゾン層にあいた穴をどうふさぐのか、絶滅した動物をどう生き返らせるのか、あなた方は知らないでしょう。どうやって直すのかわからないものを壊し続けるのは、もうやめてください。
 あなた方は政府や企業などの代表ですが、だれかの母親であり、父親でもあります。そして、あなた方のだれもが、だれかの子どもなんです。
 私はまだ子どもですが、私たち全員が同じ大きな家族の一員であることを知っています。五十億以上の人間からなる大家族。みんなが家族の一員であり、一つの目標に向けて心を一つにして行動しなければならないことを知っています。
 なぜあなた方がこうした会議に出席して知るのか、忘れないでください。あなた方はこうした会議で、私たち子どもがどんな世界に育ち、生きていくのかを決めているんです。
 私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。
 あなた方はいつも、私たちを愛していると言います。もしその言葉が本当なら、どうか行動で示してください。


どうですか?
すばらしい文章だとは思いませんか?
とても力強い文章で、心に訴えるものが大きいです。
1992年と言いますから、私が27歳の時の文章です。
記憶に残ってはいました。
もし自分が学級担任であったなら、すぐに学級通信にのせて子どもたちと語り合います。
この文章には、サミットの出席メンバーに対するお願いが書かれています。
でも、世界を動かしていくのはその方たちだけではありません。
私たち一人ひとりです。
だれかに任せるのではなく、自分たちにできることにも取り組んでいく。
そのことによって世界は動いていくのだと思います。
一人ひとりのほんのちょっとの勇気、それを出し合うことで変わることってたくさんあると思うのですが・・・。
「どうせ無理」なんてあきらめてはいけないのだと思います。
動いているうちにきっと賛同者が出てきます。
それを信じて一歩を踏み出すことが大切なのです。
そんなことを子どもたちと語り合いたいなあ・・・と。

21歳になる卒業生からもらったトウキビを食べながらそんなことを考えていますpen

成果主義?年功序列?

「職場がギスギスしてきている」・・・けっこう多くの人が感じている問題です。
その原因について質問してみると、終身雇用制から成果主義的な人事制度に移行したことを多くの人が理由としてあげるようです。

専門性の深化や成果主義による組織のたこつぼ化により、職場の人間関係が希薄化してきている。
そのことによって職場での協力関係がなくなり、社員のモチベーションや品質低下に影響を及ぼし、不機嫌な職場を生み出している。
「不機嫌な職場(講談社現代新書)」にそんなことが書かれていました。

これは日本だけの問題かというと、成果主義や個人主義が比較的日本より進んでいるアメリカでも同じようです。
職場の中の「クソッタレ」が職場を壊していると・・・。
この「クソッタレ」とは、成果を上げていることを背景に仲間を侮辱したり、悪意を振りまいたり、職場で一人わがままに振る舞う人のことを指します。
(こういう人、まわりにけっこういますよね。)
そんなことが「あなたの職場のイヤな奴(講談社)」に書かれていました。

成果主義の導入により、このような「クソッタレ」を生み出す土壌が築かれていることは事実のようです。
では、本当に成果主義だけが悪いのでしょうか?
もとの年功序列に戻すと、問題がすべて解決するのでしょうか?
「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか(ちくま新書)」では、年功序列的人事制度に象徴される旧来の日本的な労働観(昭和的価値観))とその価値観のために苦しみ、それを乗り越えようとする新しい労働観の人々の姿が描かれています。
このことから、年功序列的人事制度もまた職場を苦しめているとうことが明らかです。

こうなると、単に旧来の年功序列的な考えと新しい成果主義的な考えの相違によって生じている問題とは言えなくなります。
成果主義の考えに沿って自分の仕事だけをやればよいと考える過剰に個人主義的な人と旧来の年功序列的な考え方、個人主義的な考え方に懐古的に固執する人の両極端が起こしている問題と言えそうです。
多くの人は、自分らしく生きたいし、仲間とも仲良くやっていきたい、そして働きがいのある職場で働きたいという願いを持っていることと思います。
この両方をそれなりに満たしながら日々の仕事生活を送ろうと考えているのではないでしょうか。
つまり、自律的に自分のやりがいや生き甲斐を求めて働くことと、組織の中で職場のメンバーと協調して働くことは決して矛盾するものではないということです。
これを勘違いし、両極端に物事をとらえ、対立的に考えることが問題なのでしょう。
女性の社会進出や高齢者や外国人労働者の雇用の増加、派遣社員や非派遣社員の増加など、職場では働く人々の価値観が多様化しています。
そのような中で大切なのは、どちらの価値観が正しいのかを考えるとか、新しい価値観を生み出すということではありません。
自分の価値観を押しつけあうのではなく、お互いの価値観を理解しようとし、お互いを知ろうとする試みが重要なのだと考えます。

ここまでくると、なんだか音楽科教育にもつながりますよね?
何事もバランスが大切ということなのでしょう。

「情動」と「感情」

*情動とは?
(1)広辞苑で調べると次のように説明されています。
〔心〕(emotion)怒り・恐れ・喜び・悲しみなどのように、比較的急速にひき起こされた一時   的で急激な感情の動き。身体的・生理的、また行動上の変化を伴う。
(2)「感じる情動・学ぶ感情(福田正治著)」では、「快、不快といった原始情動」と「喜び、受容、愛情、怒り、恐れ、嫌悪といった基本情動」からなると説明しています。

*感情とは?
(1)広辞苑で調べると次のように説明されています。
①喜怒哀楽や好悪など、物事に感じて起こる気持。
②〔心〕精神の働きを知・情・意に分けた時の情的過程全般を指す。情動・気分・情操などが含まれる。「快い」「美しい」「感じが悪い」などというような、主体が状況や対象に対する態度あるいは価値づけをする心的過程。
(2)「感じる情動・学ぶ感情(福田正治著)」では、「愛情、憎しみ、嫉妬、内気、笑みなどといった社会的感情」と「愛、罪、恥、甘え、ユーモアなどといった知的感情」からなると説明しています。

広義の感情は、「情動(原始情動、基本情動)」と「感情(社会的感情、知的感情」)」の両方を含めたものを指します。
狭義の感情は、「社会的感情」と「知的感情」のみを指します。
私たちは「感情」という言葉をよく使いますが、その感情にもいろんな意味が含まれていることがわかります。

ラットは原始情動と基本情動を、チンパンジーは原始情動、基本情動、社会的感情を持っているとされています。
社会的感情は、個体が群れや集団の中で生存していくために発生してきた知性の一種であると言われています。
人とのかかわりやふれあいを通して群れや組織との一体感を育むために、支持、共感、協同、分配などといった組織意識を高める社会的知性が必要だからです。
社会的知性とは、個体が複雑な集団の中でその存在を認めさせ、自己の価値を通す社会的操作のことを指します。
人間の感情は基本情動から、社会的感情の獲得を経て知的感情へつながったと考えられます。
この社会的感情は知性に対応したものであり、人間のみが持っている感情です。
この知的感情を持っているからこそ、人間は人間として存在できると言えます。
知的感情は文化に関連した感情で、宗教、思想、信念、科学、美意識などに依存しています。
文化は地域や歴史に大きく影響を受けているため、さまざまな違いが出ています。
私たちは、その差異をしっかりと理解して受けとめることができます。
社会や教育、家庭などを通して学ぶことによってそれを獲得してきたからです。
このことから知的感情は、自分らしさを強調し、自己実現するために「学び・考える感情」と言われているのでしょう。

これまでの研究の中で、私たちは共感を知性としてとらえてきました。
その方向は間違っていなかったのだと思います(あくまで仮説なので断定はできません)。
「感性」と「知性」は密接にかかわりがあり、わけて考えることはできないということなのでしょう。
その点もまとめて述べたのですが、まだまだ周りに理解されない部分が多かったです。
研究しているときには全くの予想でしかなかったのですが、同じような考えに出会うと何となく自信が持てます。
この先、研究が進むにつれてもっともっと解明されていくことでしょう。
それが楽しみです。


傷には・・・

中体連から帰ってきた後、不注意からファイルで中指を切ってしまいましたimpact
深かったのかけっこう血が出てきてビックリ。
慌てて学校の救急箱を探しましたが絆創膏が見あたりません。
一応消毒液で消毒していると救急箱の横に「BAND-AID キズパワーパッド」なるものを発見hospital
形が一般的なバンドエイドと同じだったので使うことに決め、袋から出してみました。
すると、どう見てもガーゼがついていないように見えます。
疑問に思い説明書を読むと・・・。

・はるだけで自然治癒力を高め、痛みを和らげながら傷を早く治します。
・傷の痛みを和らげる~はりかえるときも、痛みが少ない!
・わずらわしい貼り替えがいらない~最大5日間張ったままでOK!
・高い粘着力と優れた防水性・防菌性でお風呂やシャワーの時にもつけたままで!
・しなやかな貼り心地、しかも肌色半透明で目立たない!

まあ、最後の文章は別にして効果が期待できそうでした。
ガーゼがついていなくても、傷口から出てくる液体(滲出液)を吸収・保持してくれるのだそうで。
かさぶたの役割を果たすそうです。
そして、使用上の注意を読むと、「消毒液を使用した場合は水で洗い流すように」と。
体内から出てくる傷を治す成分とのかかわりなのでしょうか?
説明書にある通りに、消毒液を水で洗い流してから貼ってみました。
4日間ぴったりとくっついたままでした。
キズパワーパッドが自然にはがれたので、傷を見てみると・・・。
傷がすっかり治っていたのですshine
絆創膏をつけているとふやけた感じになるのに、それも一切見られません。
傷口もきれいです。
驚きでした・・・。

ちょっと値段も高いのですが、いいですよ!
消毒液を使わない、というのが自分の今までの常識を覆すものでした。
製品も、治し方も、どんどんと進歩しているのですね。

ところで、絆創膏の呼び方にも地方色がでるのだとか。
北海道は「カットバン」。
九州の方に行くと「サビオ」。
「OQバン」と呼ぶところも。
全部商品名なんですがね・・・

雨の日には・・・

「雨の日には雨の中を 風の日には風の中を」  相田みつを

暖かい春の陽ざしを
ポカポカと背中に受けて
平らな道をのんびりと歩いてゆく ー
そんな調子のいいときばかりではないんだな
あっちへぶつかり
こッちへぶつかり
やることなすこと
みんな失敗の連続で
どうにもこうにも
動きのとれぬことだってあるさ、
当てにしていた
友達や仲間にまで
そッぽをむかれてさ
文字通りの八方ふさがり ー
四面楚歌ッてやつだな
それでも
わたしは自分の道を自分の足で
歩いてゆこう
自分で選んだ道だもの ー

雨の日には雨の中を
風の日には風の中を


涙を流すときは
涙を流しながら
恥をさらすときには
恥をさらしながら
口惜しいときには
「こんちくしょう!!」と
ひとり歯ぎしりを咬んでさ
黙って自分の道を歩きつづけよう
愚痴や弁解なんて
いくら言ったッて
何の役にも立たないもの ー
そしてその時こそ
目に見えないいのちの根が
太く深く育つ時だから
何をやっても思うようにならない時
上にのびられない時に
根は育つんだから ー

雨の日には雨の中を
風の日には風の中を


前回の全道音研岩見沢大会の時に出会った詩です。
何かに取り組もうとする時、取り組んでいる時、様々なことが起こります。
言われて仕方なく・・・そんな気持ちでいるといつまでたっても苦しいばかりです。
人のせいにしたくなるし、人をうらやんだりしてしまうし・・・。
頼まれたり、お願いされたりしたことが取り組みのきっかけだったかもしれません。
でも、それを引き受けたからには自分で選んだ道と言えるでしょう。
苦しくても、つらくても。。。いろんなできごとが自分を成長させてくれます。
自分のためになるからやっていること、ただそれだけです。

続×5感動とは?

「感じる情動・学ぶ情動(福田正治著)」からです。
この著者のすごいところは、「感情の研究はまだまだ解明されていないことが多く、自分の説もあくまで仮説にしか過ぎない。今後研究が進むにつれて、よりすばらしい説が出てくる。」と言い切るところです。
押しつけがましくなく、しかも自分の位置をしっかりおさえているところにすごみを感じるし、信頼できると思うのです。

前にも紹介しましたが、この本の中では情動・感情を4つの階層(感情分析器)にわけてとらえることを提案しています。
音楽では音や音楽を耳や体で感じるところから始まります。

①原始情動は体性感覚を通した振動、動きなどにより起こります。
体に何かが触れたりしたときといった直接的な体性感覚もあれば、音や振動など空気の振動を通す間接的な体性感覚もあります。
太鼓の音のように大気を揺るがせるような空気の振動を感じとることによって起こる情動がこれにあたります。

②基本情動とは、強弱、変化、テンポなどによって引き起こされるものです。
音楽の諸要素によってさまざまな感情が引き起こされますが、そのことを指しているものです。

感性とは、「ものやことに対する感受性。とりわけ、対象の内包する多義的で曖昧な情報に対する直感的な能力」と定義されています。
このことから、①と②の原始情動と基本情動の働きをさしていると言えます。
この部分は、私たちの「知性と感性」の論文と一致しているところです。
次の述べていく③と④を私たちは「知性」ととらえて研究したのですから。

③社会的情動とは、共感、コミュニケーションなどによって引き起こされます。
私たちは他者の心(感情を含めた)を読む能力を身につけていますが、それは相手と対面しての表情やジェスチャーだけから読み取っているのではありません。
人間が表現した芸術からも間接的に読み取っているといえます。
制作者がそこにいなくても作品を通して、何を表現したかっtの科、何を語りたかったかを感じとることができます。
音楽の感動は演奏者を通して再現されます。
社会的感情を共有し、理解するためには言葉はいらないとも言われています。
制作過程においては鑑賞するものはその場にはいません。ですから、制作者はその場にいない鑑賞者に次の能力を求めていることになります。「自分の作品に対してどのように感じるかの相互感情コミュニケーションを想像できる能力」です。

①②③の3つの感情は生物としての人間が有している共通の機能です。
この3つの要素が含まれている芸術であれば、その芸術はすべての人と共有できる感情を持っていることになります。「芸術は世界の共通言語」と言われる由縁です。

④知的感情はメロディーなどの文法、技法、独創、時代の道具などによって引き起こされるもので、文化に関連した感情で、宗教、思想、信念、科学などに依存しているものです。このことから、その文化の歴史的背景や技能的背景を真に理解することによって初めて伝わるものです。地域や歴史、時代などによって感じる感情が違うことから、「考える感情、学ぶ感情」と言われるものです。
知的感情はそれぞれの芸術における特殊な言語、音楽における諸要素や作曲家の個性、時代的背景、技法的完成度などを知ることによってより深い感動につなげることができます。
それらの理解を共有することによって次の段階の高度な感情のコミュニケーションが可能となります。

①②③の感情は人類共通に有している能力であり、この部分を感じとることによって相互コミュニケーションや感動の共有化が図られます。
これらは人種や民族を問わずに感じられるものであり、だからこそ言葉の意味がわからなくても何となく他の国の歌を楽しむことができます。
そこに④の文化という要素が加わり、より複雑な感動表現を可能にします。
だからこそ、それぞれの人種や民族に固有の音楽に存在する言葉や規則を知ることが大切なのです。

私のメモとして書いているような文章なので、わかりにくかったらごめんなさい。
自分のものとなってしまえばわかりやすい説明も可能となります。
今は必要な知識を蓄えている段階と思って許してやってください。
たくわえている理論が来年度の実践に結びついていくのです。

コンピュータに打ち込んでいて感じていること・・・それは、手で書いてまとめていく方が確実に自分のものになって、しかも整理して頭にしまっておくことができるのではないかということです。
これも私自身の仮説にしか過ぎませんが・・・。

全力を出し尽くして・・・

P1000306 中体連中空知大会の第1日目が終わりました。
私は卓球部の顧問をしています。
今日は卓球大会の団体戦の日です。
暑い暑い中での試合となりました。
私でさえ頭がボーッとしてきたのですから、選手は大変です。
そんな状況の中、選手たちはよく健闘しました。

顧問をしていると「今年のチームはだいたいこのくらいの所まで行けるかな」とだいたいの予想がつきます。
その予想以上のことを達成できると「上出来」と考えることができます。
この予想があるので、負けても実は悔しくないのです。
子どもたちにはそのことは話しませんが・・・。
今日は最高の試合を子どもたちが見せてくれました。
上出来以上の試合内容です。
少年団の活動が活発な中、中学校で初めてラケットを握った子どもたちが大健闘です。
ここに中体連の醍醐味があると思うのです。
土曜日、日曜日のどちらかは必ず休み。
冬時間になると活動時間は16時30分まで。
予算の関係でなかなか練習試合を組むことなどできず・・・。
決して恵まれている練習環境ではないのです。
でも、それを嘆いてばかりいても仕方ありません。
限られた時間だからこそ集中できます。
一日一日のねらいを一つに定め、一日の目標を決め、長いスパンで達成できるように工夫して練習に取り組むこともできます。
勝ち負けだけで子どものできを判断せずに、何が身についたのか、これから何を身につけていかなければならないのか、という一つひとつの試合で達成すべき目標を明確にすることができます。
そうすることによって、たとえ勝ったとしても課題が必ずでき、それぞれの子どもにあった目標を立てることができるようになりました
与えられた環境の中でよりよいものを求めていこうとする姿勢が大切なのだと考えさせられました。
学校だからこそできる部活動って大切ですよね。
目的は勝ち負けだけではないのですから・・・。

今日は試合を重ねるごとにうまくなっていくのがわかりました。
自分たちで気持ちを高めていく方法もすばらしく、充実した試合展開でした。
今まで課題として取り組んできたことをちゃんと今日一日で仕上げていたのにはビックリ。
今日という日に照準を合わせて頑張ってきたのが伝わってきました。
明日一日を残しているのですが、今日のような試合を見たらもう何も言うことはありません。
あともう少しで勝てたかも、と言う試合もあったけど、勝負以上に子どもたちの成長がうれしい一日でした。
必死に自分たちの持てる力を出し切ろうとするその姿を見て胸が熱くなりました。
最高の選手たちです。
こんなにも健闘してくれるとは思ってもみませんでした。
後一歩、力及ばず負けてしまった部分は顧問の責任です。
練習で教えていないことは試合でできないですから。
対応できるように育ててこなかった私の責任です。

家に帰ってくると子どもたちの健闘をたたえるように「カイ君」がバンザイをしていました。
そこで写真をパチリ!
子猫っていろんな格好をするものですね。
気持ちを切り替えて明日の試合を頑張ります!

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    それぞれの街にはそれぞれの魅力があります。 通りかかったときに目に飛び込んでくる風景。 心に残る瞬間瞬間を写真に残してみました。

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