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2008年8月の23件の記事

恋人の聖地

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朝一番fuji、携帯にメールが届く。
なんだろうと思って読んでみると卒業生から。
「ワインフフェスティバルでカボチャを売るので、よかったら来て下さい」とのこと。
今日は浦臼のワインフェスティバルの日。
これまでの雨とは打って変わって晴天、気温もかなり高い。
家にいても結構暑い。
でもって、ワインではなくカボチャを求めて山へ!
駐車場から会場まで結構な坂道を歩いて登ると「恋人の聖地」の看板が目に入ったのでパチリ。
鐘を鳴らすといいことがあるそうですよ。
坂道を上り、帰りはカボチャ二つを持って下る・・・おかげで汗だくにsweat01

音楽鑑賞との違い

A:にしあつさんがブログで紹介する曲とか演奏者があまり好きじゃないんですけど・・・。
私:いいんじゃない。一人ひとり好みは違うんだから。
A:じゃあ、音楽の授業もそういう考えでやっているんですか?
私:音楽の授業での音楽鑑賞(音楽鑑賞教育)と自分が聞く音楽鑑賞とは違うよ。

わかりますか?
Aさんは音楽鑑賞教育と音楽鑑賞を混同してしまっているのです。
私がブログで紹介している曲とか演奏者は私個人が好きで紹介しているものです。
しかし、一人ひとり好みや価値観、生活体験などが違うので私と同じように気に入ってくれる人ばかりとは限りません。
今回のAさんのように「好きになれない」という方だって当然出てきます。
私の好きな曲を嫌いだからといって「Aさんの耳はおかしい」とか「あんなすばらしいものの価値がわからないなんて」とか「ちゃんと聞けばよさがわかるはずだ」・・・なんて批難したり強制したりすることはできません。
間違ってもやってはいけないことです。
私の好きなものを好きになってくれる人が増えてくれることはうれしいことですが・・・。
音楽鑑賞とは、音楽を聞いたあと、その曲や演奏者などを好きになるかどうかはその人本人に任されているものです。
それは学校の音楽の授業でも一緒です。


でも、好きとか嫌いとかにかかわらず、その音楽の特徴を聞き取ったり感じとったりして共通化することはできるはずです。
聞き取ったり感じとったりした音楽の特徴が、好き嫌いの理由となるからです。

私:Aさんはどうしてその演奏者が嫌いなの?
A:ビブラートをあまりかけない奏法が好きになれないんです。
私:そうか、私もビブラートは好きだけれども、あの部分だけはない方が好きなんだよね。

Aさんと私は、「ビブラートがない」という音楽の特徴を聞き取っています。
どちらも共通の音楽的特徴をとらえているから話題として先に進めることができます。
最終的には、その音楽的特徴を好きになるか、嫌いになるかの違いとなります。
「好きと嫌いは表裏一体」とはよく言ったものですよね!
音楽鑑賞教育とは、音楽的特徴をとらえ、それを伝えあうことにより価値観を広めたり深めたりすることがねらいです。
「好き」「嫌い」を表明しあって終わるのではなく、どうして好きなのか、どうして嫌いなのかをお互いに伝えあい、認めあうことを大切にするものです。
お互いの好みを主張しあうだけでは教育とは言えないでしょう。

さて、音楽鑑賞教育の場合は「何を聞き取らせるか」によって教材を選択することが大切です。
ここでの「教材」とは「楽曲」のことをさすものではありません。
よく「どんな曲を聞かせたらいいですか」と質問されるのですが、教科書の曲でもいいんですよ。
ねらいにあった演奏者を選択することがすばらしい教材研究になるのですから。
新しいものばかりを提示していくことがすばらしい研究とは限りません。
ベートヴェンの交響曲第5番を扱う場合でも、「何を聞き取らせるか」によって演奏者を選択していくことになります。
同じ曲だからといって、同じ演奏をしているとは限らないのです。
どの演奏がその授業にふさわしいのか、授業をする教室で、授業をする時の音量でじっくりと聞いてみる。
それが教材研究です。
自分の好きな演奏者のCDだからといって、その授業に向いているとは言えません。
もしかしたら嫌いな演奏者のCDの方が授業のねらいを達成させるのに向いている時だってあるのです。
指導する者が自分の好みだけで判断することがないよう注意を払わなくてはなりません。
ですから、教材用に市販されているからと一つのCDとかDVDだけを信用してそれだけをかけるということにはよほどの注意が必要でしょう。
「それを視聴させれば全てがわかる」・・・なかなかそんなうまい話はないのです。
ただ、情報を交換するというのは大いに賛成です。
だって、忙しくて教材研究の時間なんてなかなかとれないですよね。
他教科を教えなきゃならないし、分掌はあるし、対外的な仕事はあるしで・・・。

たとえば、交響曲第5番でリズム動機の重なりと発展を聞き取らせようと考えたとします。
カラヤンはレガートで演奏しているために動機の重なりが旋律として聞こえてきます。
チェリビダッケは楽器の音色の変化で動機を明確にしようとしています。
クライバーはカラヤンに近いのですがもっと快速で躍動感があります。
ブーレーズは念を押すように動機を強調するために「ハクション大魔王」のように聞こえてしまいます(からくりがわかりすぎ!)。
アーノンクールはちょっとトランペットが目立ちすぎ。
トスカニーニは動機がはっきりしすぎるのと音の迫力に圧倒されてしまいます。
バーンスタインは動機の音一つひとつの音価を変えて演奏していてリズムがすべっているような感じを受けます。
フルトヴェングラーは情念の固まり、といった感じで速度の変化が目立ちます。
ベームは動機の重なりと旋律のバランスがよくとれていて、速度もやや遅めです。
最近はレイボヴィッツという過去の指揮者の演奏が気になっています。
他にもありますが・・・今の教室で授業をする時には迷うことなくベームのものにします。
チェリビダッケのものにしようとした時もありましたが、やはり楽器の音色に注目がいってしまうのでやめました。
カラヤンは、まとめの時に映像つきで試聴させます。
クルーゾーという映画監督が撮影した白黒のものがいいですよ!
お金もかかることなので、みんなで持ち寄って意見を交わすのもいいですよね。
そんな研究会もやってみたいなあ・・・。

細々と書きましたが、「この演奏いいと思わない?」なんて自分の気に入ったものを丸ごと視聴させる時もありますよ。
でも、そんな時には子どもの発言や意見はちゃんと受け入れます。
丸ごと子どもの判断にまかせたのですから・・・。

マーラー「Adagietto」

1音、2音を付け加えたり、音を変えたりするだけで曲の完成度が高められた例はたくさんあります。
たとえばベートーヴェンのピアノソナタ第29番op.106の第3楽章。
「A-Cis」のたった2音を冒頭に付け足しただけで作品の深みが急激に増しています。
この2音はなかったのですが、出版する際にベートヴェン自身が付け足したものとして有名です。

ある音楽雑誌に金子健志さん(音楽評論家)の「交響曲第5番(マーラー作曲)」に関する記事がありました。
自分の今まで持っていた知識が一気につながって、思わず「ナルホド!」と納得してしまいました。
マーラー作曲の交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」は、マーラーブームが起きる前から映画にも使われるくらい有名な曲です。
妻となるアルマへの音楽のラブレターとしても有名です。
その根拠は、後に「トリスタンとイゾルデ」の主要動機へと発展する「ヴェーゼンドンク歌曲集(ワーグナー作曲)」の第3曲「温室にて」と「トリスタンとイゾルデ」の「愛の動機」と「眼差しの動機」からの引用があるからです。
ヴェーゼンドンク歌曲集自体、ワーグナーが愛した人妻のマティルデの作詞によるものであり、彼女に捧げられた曲でもあります。
愛の結晶といってよい作品です。
マーラーの妻となるアルマはシェーンベルクの師でもあるツェムリンスキーの弟子でもあり、作曲家として通用する音楽的素養を持った女性です。
アルマの音楽的素養の高さを知っていたマーラーは、愛をことばで告白するかわりにメッセージとして引用したのでしょう。
アルマはマーラの期待通りに、引用の意味を見事に見抜いています。
このアルマには自伝があります。
その中で、「交響曲第5番の清書は私がした。私の作曲の力量を知っていたマーラーは時に旋律の前半だけを手渡して私に続きを清書させることもあった。」と書いています。
アルマが作曲した部分もあるってこと?
まあ、メンデルスゾーンの曲の中には姉のファニーが作曲したものも含まれているという例もありますから・・・。
この話の信憑性はともかく、今出回っている交響曲第5番の楽譜はアルマが清書したものが元になっています。
では、マーラー自身の手によるアルマにプレゼントされた第1稿はどうなっていたのか?
第4楽章に限って書きますが、まず、Adagiettoではないのです。
マーラー自身はSehr Langsam(非常にゆっくり)と書き込んでいます。
Adagiettoではかなり速い感じがしますよね。
ただ、第3部の前半、つまり、第5楽章の前章として形式面を強調したくて軽めのAdagiettoという指定にしたのかもしれません。
そして、最初の主題の旋律線(第3小節)が違うのです。
現稿(アルマによる清書スコア)では「C-D-E-E-F-F-Bb(フラット)-A」という旋律です。
でも、マーラーが書いた第1稿では「C-D-E-E-F-F--A」となっています。
ワーグナーからの引用が直接行われているのです。
アルマは、最初マーラーが書いた通りに「G」を記入します。
でも、それをわざわざ消して「Bb(フラット)」に訂正しています。
その消して訂正した楽譜の写真も残っています。
引用したままの旋律でも不自然さはありません。
きっと、直接的すぎる引用を少し遠回しにする意図があったのでしょう。
その方が作曲者としての創造性、独自性を訴えることができるのですから。
しかし、75小節目ではそのままの音型を引用しています。
つまり、曲を聞き進めることによって謎が解けるという仕掛けになっていると言えます。
すごいアイディアですよね!
他にも微妙な音の違いがあるのですが、アルマによる清書版の方が完成度は高い感じを受けます。
マーラーのアイディアなのか、アルマのアイディアなのか、それとも二人で相談した結果なのかそれはわかりません。
アルマは自分のおかげでマーラーが大作曲家になったと主張したいみたいです。
CDは、感情よりも形式面を強調したクーベリック指揮バイエルン交響楽団のLiveが一番気に入っています。
なぜ、5楽章なのに第1部、第2部、第3部としたのかというマーラーの意図がわかるような気がする演奏です。
カラヤン指揮のCDで14歳の少年が吹いているトランペットの柔らかい音色とレガートもいいです(たくさん批判されていますが・・・)。
テンシュテットのLiveも形式と感情が同居する魅力にあふれています。
一番思い入れのあった卒業生を送り出す卒業式の時、証書授与に使ったのもこの曲の第4楽章でした。
私はたった4回しか卒業担任をしていませんが・・・。

話はちょっと脱線して・・・
学生時代はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」にはまっていましたheart02
寝ても覚めてもトリスタンとイゾルデ(今でも大好きです)。
フランスの原話を読んだりもしました。
リスト編曲の「愛の死」を弾いては恍惚状態にhappy01
CDはフルトヴェングラー指揮のもの。
でも、フルトヴェングラー以上にソプラノ歌手のフラグスタートがすばらしいんです。
高音が出なくて一音だけ親友のシュヴァルツコップフに手伝ってもらったなんてどうでもいい話です。
これ以上のイゾルデを歌った歌手を私は知りません。
というか私の中でのフラグスタートは別格の存在です。
当然、「トリスタンとイゾルデ」の元となった「ヴェーゼンドンク歌曲集」もフラグスタート独唱のものを買いました。
この歌曲集のピアノ伴奏による楽譜も出ていることを知り、研究室の私好みの声質の女性にお願いしたのですが断られてしまいがっくりした記憶がありますcrying
かわりに(?)、「ヴォカリーズ(ラフマニノフ)」を協演してくれました。
ドイツ語が苦手だったのかな・・・?
R・シュトラウスの「4つの最後の歌」もお願いしたけど歌ってくれなかったし・・・。
そうそう、この「4つの最後の歌」はフラグスタートに捧げられている曲です(初演の指揮者はフルトヴェングラー)。
残念ながらフラグスタートは「春」だったかをうまく歌えず、悩んでいたとか、そのせいで曲順が変わったとかという話が残っています(苦手な「春」を第1曲に持ってきた)。
私は心に染みいる独奏ヴァイオリンの旋律が登場する第3曲「夕映え」が大好きです。
R・シュトラウスが自分の死を予感しながら作曲を進めたという逸話が残っています。

透明なメダル

「これが自分色のメダル」shine

オリンピック男子水泳バタフライ銀メダリストの松田選手のことばです。
「金じゃなきゃ意味がない」とか「入賞できなかったので悔しい、残念」とか、選手によってそれぞれ語ることは違います。
賞ほど一番わかりやすい評価はないですから・・・。
思っていた賞が取れなくて悔しがる選手がたくさんいますものね。
でも、松田選手のこのことばからは賞へのこだわりというよりも「全力を出しきった」「やれることはすべてやった」という達成感、満足感みたいなものが伝わってきます。
今回のようにメダルを取ることができても、例えメダルなしだったとしても、きっと松田選手は同じようなことを話したんじゃないかなあ。
結果だけで判断するのではなく、これまでの過程で築きあげてきた自信みたいなものにあふれていることばだと思いました。
いいことばだなあ、と心から思います。
なかなか言えることばではないです。

松田選手の話を聞いて新卒から3年間持った学年のMさんの作文を思い出しました。
題名は「透明なメダル」。
この頃の芦別中学校女子バスケットボール部は、全道でも有数の強豪チームでした。
Mさんは父親の影響もありバスケットボール部に入部します。
身体の小さかったMさん、トレーニングや練習メニューについていくことができずに自らマネージャーを志願します。
大好きなバスケットボールから離れることができなかったのです。
ボールふき、トレーニングの付き添い、用具の準備と後片付け・・・Mさんは一生懸命に選手を支えていきます。
選手の気持ちになって行動し、細かいところまで気配りが行き届いているマネージャーぶりには頭が下がる思いでした。
主力選手が練習をサボってもMさんはサボりません。
主力選手以上に後輩たちの面倒を見、毎日毎日練習に参加していました。
練習中は選手の邪魔になると遠慮していたのでしょう、休憩時間だけ自分のシュート練習に励んでいました。
そして3年生の中体連、所属するバスケットボール部は全道3位となり銅メダルを獲得します。
表彰式では選手の首に次から次へと銅メダルがかけられていきます。
でも、残念ながらMさんの首に銅メダルはかけられることはありません。
選手ではなくマネージャーだったからです。
拍手で選手をたたえるMさんの姿が感動的でした。
そして、国語の作文の時間、Mさんはバスケットボールの思い出を書きました。
「透明なメダル」と題して。
その作文の最後はこのような文章で締めくくられていました。
「選手のみんなの胸には胴色のメダルが輝いていました。選手のみんなが銅メダル以上に輝いて見えました。私の胸に銅メダルはありません。でも、私の胸には透明なメダルが輝いています。みんなと頑張ってきた3年間の思い出が私にとってのメダルです。」
この作文のことを知った顧問と選手は、さっそくバスケットボールを購入してそれに一人ひとりサインをし、Mさんに感謝のことばとお礼を述べて手渡しました。

ついつい選手として活躍している人たちのみに注目が集まりがちですよね。
結果を出すのは選手。
それまでのつらく苦しい練習に耐え、その成果として結果を出した選手はすばらしいです。
だからこそ、選手に注目が集まるのは当然でしょう。
しかし、本当に一人だけの力でそこまでやれたかどうか・・・。
結果を出すまでには、両親やコーチ、仲間などたくさんの数え切れない方々の支えがあったはずです。
自分だけの力と奢るのではなく、周りの方々の気持ちや支えに思いを馳せ、感謝の気持ちを持つことが大切なことだと思います。
私はMさんみたいな人間が認められる社会にならなければといつも思うのですが・・・。

音楽科、何が目的?

ある教育雑誌を読んで疑問に感じたことを書きます。
その記事のタイトルは「新学習指導要領における指導と評価」。
そこに小学校と中学校の音楽科について二人の方がそれぞれ書いていました。
気になるのは中学校の方の記事です。
自分の考えていることを文章で表現することはすごく難しいことです。
また、毎日の実践で積み重ねていることを、制限された字数で表現することはかなりの労力を要します。
伝わりにくいことの方が多いです。
そのことを十分承知した上で書いています(念のため)。

“本校生徒は、音楽の初めての授業の最初に、十分ほどかかる「中学校の音楽の心得」をメモを取らずに聞き取る。話が終わるとノートの最初のページに、話の要点を「自分のことば」で書く。聞いた通りの「語句」「文章」「順序」でなくてよい。次に、自分の書いたことばを読み上げる。これから始まる中学校の音楽の授業で大切にしていくべきことが、初めてのクラスの友達の声で、心に留められ、本当に理解されたそれぞれのことばに生まれ変わって、教室に響く。ことばの選び方にもそれぞれの個性があふれ出て、心に響く「出会い」であり、十分に音楽的な営みである(原文よりそのまま抜粋)。”
音楽の授業の受け方、何を学ぶのか、・・・を話する時間。
そう、これは音楽の最初の授業でよく行われるオリエンテーションですよね。
本当にこれが音楽的な営みと言えるのでしょうか?
「一人ひとりが持っている自分の声という楽器で表現する」「それぞれの持っている声(音色)を大切にする。」と考えることもできますが、かなり苦しいです。
教師の話を聞いて要点をまとめ、それを発表する・・・国語の授業じゃないかな?
紹介されている実践に、音楽的なことば(諸要素に関するもの)や音楽活動との関連は何かあるでしょうか?
音楽的な活動を通することにより、それに対して自分の言葉で表現する、というものとは違いますよね?
音楽の最初の授業の時に、「こんな勉強をするよ」といって「音楽を聞かせて感じたことや気づいたことを自分のことばで書かせる」というのならわかるのですが・・・。

前文の続き・・・
“この時心に刻まれた「教科目標」や「心のあり方」が、三年間の音楽活動を通じて「耳をすましあう習慣」「安心して失敗できる音楽室」「友達のことばから学びあう音楽活動・グループ活動」として、1年・2年・3年と、発達段階に応じて螺旋状に、より高度な内容に発展しつつ、一貫して生徒たちの内面から実践されることが、本校音楽科の「心の教育」の基礎である。道徳性を高める点においては、1年の導入期において、今回の改訂で重視されている「教科の特質に応じた道徳教育」をより明確に打ち出すことも効果的と言えよう(原文をそのまま抜粋)。”
音楽科は音楽的な感性や音楽の基礎的な能力を育むばかりではなく、仲間との心と心のふれあいやコミュニケーション、感動する心など人間らしい心を育てるのに大きな役割を果たすものです。
でも、それは音楽活動を通すことによってごく自然に育まれるものであり、最初から道徳を目的として行われるものではないはずです。
学校で音楽を学習することにより、音楽を生涯にわたって愛する子どもを育て、豊かな情操を育むことが私たちの究極の目的です。
ベートーヴェンの生涯を学習して自分の生き方を考える子どももいるでしょう。
音楽を聞いて崇高なものに対する心を高める子どもも出てくることでしょう。
十分道徳といって良いものがたくさん含まれていることは事実であり、否定しません。
ですが、最初から道徳性を高めるために音楽が使われることが問題なのです。
これでは昔の「徳育主義」「教養主義」と何ら変わりません!
音楽を勉強すれば心が美しくなる。
クラッシック音楽を勉強しておかないと教養人として恥ずかしい。
このような「徳育主義」「教養主義」の反省に立って今の学習指導要領が作られてきているはずです。
道徳教育とのかかわりが強調されているので何とかしなければという気持ちはわかるのですが、ちゃんと見抜いていかないと・・・。
「歌詞の内容は道徳的な内容にしないと・・・」なんて話も出てきてしまいますよ。

“生徒の自主活動を重んじる学校では、多くの場合「自治」の場面が設定されているであろう。本校でも「合唱行事」「リコーダーアンサンブル」「リズム作品づくり」などグループ活動が主となる単元においては、教科活動の中に自治活動を多く取り入れ、仲間同士の学びあいを軸に「生徒の思考力・判断力・表現力」を育む。活動カードには、「自分(自分のパート)の時間目標、達成度、感想、次回への課題」を記入し、毎回回収して教師がコメントを書き添えて返却し、反省会では口頭で発表することで、言語活動の充実を図っている。(原文よりそのまま抜粋)”
う~ん・・・言語活動の充実といっても、学習指導要領にあるのは音楽科における言語活動の充実なんだけどなあ。
音楽を聞いて感じたことや気づいたことを自分のことばで書いたり、「自分はここをこう歌ってみたい」と自分の言葉で表現したり・・・そこには音楽的なことば(音楽の諸要素)との関わりなくてはなりません。
ただ単にことばを磨く、ということではないのです。
音楽の授業の中で、音楽とかかわらせてことばを磨いていくということが大切な視点なのです。
前半の自治活動の部分はわかりますが・・・。

私の読み方が斜めすぎますか?
でも、何かがずれているような印象を受けるのです。
みなさんはどう考えますか?

本当は記事も200本を達成したのでもういいかな、なんて思っていたのですが・・・。
世の中、刺激になることがたくさんあります。
書きたいことが次から次へと出てきますcoldsweats01

研究紀要の思い出

今回が200本目の記事となります。
前回の第44回北海道音楽教育研究大会岩見沢大会、第45回全空知音楽教育研究大会の研究紀要を覚えていますか?
広告と数ページをのぞいた全ての原稿を一人で打ちました。
お金がないということだったので、少しでも役に立てればと考えて。
今考えると自分でもよくやったなあ、と思います。
一太郎で、毎日こつこつと夏休みの時間を使って仕上げました。

それほど思い入れの強い紀要でしたので、使用している写真も自分とかかわりの深いものを揃えました(わがままだと思いつつ・・・)。
浦臼町の写真、沼田町の写真、岩見沢の彩花まつりの写真。
彩花まつりの写真は私に関係ないと思うでしょ?
実は写真の中央あたりに写っている白い日傘を差した女性が父方の祖母の雰囲気にとても似ているのです。
アヤメとキキョウの花の大好きな祖母でした。
残念ながら研究大会の2年前の1月に脳卒中で亡くなってしまいました。
ちょうど北海道音楽教育連盟の2日日程で行われる冬季実技講習の日のことでした。
講師は山本徹淨先生。
1日目が終わり本屋によっていました。
すると、「祖母が倒れて中村記念病院に運ばれた」との連絡。
急いで病院に駆けつけたものの、すでに危篤状態でした。
機械を使っての人工呼吸での延命はすでに限界、医師が自分の手で酸素を送り込んでいる状態でした(人間の手ってすごいですよね!)。
親類はほとんどそろっているのに父の姿がありません。
仕事の関係で、すぐに駆けつけることができない状況にあったのです。
「この手を止めるとご臨終となります。みなさんおそろいでしょうか?」と医師が尋ねます。
「もう一人来ますので何とかなりませんか?」と私がお願いすると、「わかりました。できる限り頑張ります。」と返事をしてくれました。
祖父が亡くなった時、父は急いで駆けつけたのですが、ちょうど病院の玄関に着いた時に祖父は力尽きてしまい、死に目に会えなかったのです。
そのことをずっと悔やんでいた父のことを知っていたので、何とか今回は父に間に合って欲しかったのです。
それから10分ほどして父は到着しました。
医師は必死に酸素を送り続けています。
父が祖母に声をかけ終え、医師に「ありがとうございました」と伝えました。
医師は手を止め、祖母は静かに眠りにつきました。
夜中まで祖母と一緒にいました。
そして次の日、気持ちが落ち着かなくてどうしていいのかわからず、昼まで実技講習会に参加することに決めました。
全道音研のために山本先生の話することを吸収してしまいたかったというのも理由の一つです。
何とか全道音研を成功に導きたかったのです。
その後、実技講習会の会場からまっすぐ式場に入り、祖母とのお別れをしました。
「ちょっとのことでへこたれないぞ!全道音研が成功するように見守ってて。」と心の中で祖母に誓っていました。

全道音研の研究紀要の表紙に使う写真を探して、岩見沢の商工会、市役所、新聞社とアポなしであちこち尋ね歩きました(このことに限らず、本当にあちこち走り回った記憶があります)。
そんな時に市役所でこの1枚の写真を見つけたのです。
「祖母がいる」・・・最初目にした時はビックリでした。
迷うことなく、この写真を表紙に使おうと心の中で決意しました。
私は自分の作成したものに何らかのサインを入れるのが好きです。
自己満足といわれるかもしれませんが・・・。
個人的にも思い出の一杯つまった全道音研でした。
今回はどうなるのかな?

「アリガ十々」

このお盆、95歳になる母方の祖母が脳梗塞で倒れてしまいました。
数年前からアルツハイマーの病状が進行しており、相手が誰であるのかは認識できていません。
お見舞いに行って「篤人だけどわかるかい?」と聞いても顔を横に振ります。
しょっちゅう顔を出していたわけではないので仕方のないことです。
でも、どうしてもっと元気なうちにたくさん会いに来なかったのだろう、どうしてやさしくしてあげなかったのだろう、どうして感謝の言葉を伝えなかったのだろう・・・じっと私を見つめる祖母の顔を見ているうちに様々な思いがこみ上げてきました。
小さい頃にあんなにお世話になった祖母なのに、私の態度のなんと冷たかったことか。
アルツハイマーにかかって記憶もなくなり、しかも脳梗塞で倒れるという状況になってからようやくお見舞い。
祖母のことを忘れていたわけではないのに、表に出して伝えることができていませんでした・・・(そういうことが大の苦手なのです)。
そこが私の「冷たい」といわれるところなのでしょう。
わかっているのになかなか行動に移すことができない。
こんなにあれこれと思うのであれば、行動すればいいことだけなのに・・・。
勝手だけれども思いだけは伝えようと祖母の手を握ると、がっちりと握りかえしてくれました。
しかも、なかなか離してくれないのです。
こんな状況になっていても相手を思いやる気持ちを忘れない・・・こういうところが祖母の優しいところなんだな、と思いました。
元気な頃のいろんな言葉が胸によみがえってきました。
「私から恩をもらったと思っても私に返したりしようとするんじゃないよ。私からもらった恩を今度はお前が周りの人たちに返していくんだよ。そうやって人間はつながっていくのだから。」
たくさんの思い出があるけれど、この言葉が一番心に残っています。
また、僧侶の妻だったのでやるべきことを先にのばそうとすると必ず親鸞聖人の言葉を言われました。
「明日ありと思う心のあだ桜 夜半にあらしの吹かぬものかは」。
いつも相手を思いやる気持ちを忘れず、ありがとうを伝えている頃の祖母の姿が思い出されます。

こんな気持ちの時には、一青窈さんの歌が心にしみます。

隠し事があるのです。
はーぁー ママの方が実のとこ
ちょぴっとばかしと好きなのデス、が
デートするならパパとがいい

忍石が庭に三つ
なんとなく眺めていたら
変わらぬものがあるのに気づく
うたた寝るように傍らに居て・・・いて。

ふたりがもし出会わなきゃ
あたしは生まれなかったの
1千回も1万回も
アリガ十々アリガトウ。

ヴァイオリンのおけいこごと
はーぁー ほんとは嫌々だった。
いい子いい子をして欲しくって
嘘じゃないの、パパが好きよ。

さくさく歩く姿が
すがすがしいと思った春
1千回も1万回も
アリガ十々アリガトウ。

早くみんな気づいてまえ
はーぁー 水はみな頬を伝え
ちゃんと分かるの
「お姉ちゃんとどっち好き?」
返事なくとも・・・パパ、だものね。

ふたりが恋をしたから
ふむふむ、ナルホド、だらけ
1千回も1万回も
アリガ十々アリガトウ

歌詞だけ見るとあまりにも直接的すぎて、なんだかつまんないような感じがします。
ましてやお世話になった祖母のことを語るのにふさわしいものに思えないかもしれません。
でも、曲がついて、歌う前に一青窈さんの語りが入るとこの曲のよさが一気に増してくるのです。
できるならCDではなくて、DVD「Live Tour 2004」をオススメします。
歌詞は両親、特に父への感謝の思いが歌われています。
ですが、誰に対して歌われているか、ということが問題なのではありません。
「ありがとう」を伝えることの大切さ、それも相手に伝わるうちに、そして伝わるように言葉で伝えることの大切さを再確認させてくれるということがこの歌の価値なのです。
一青窈さんの両親に対する歌を通して、私はその価値を胸に刻んでいるのです。
思いだけではなかなか伝わりにくいものです。
ちゃんと言葉に出して伝えていかないと・・・。

「手紙」

明日から授業が始まります。
みなさんの所はどうですか?
今日は前日なので学校祭に向けてのことなどをいろいろと準備をしたり、打ち合わせをしたりしました。

「娘のコンクールがあるので22日、学級をお願いしたいんですけど・・・」と担任の先生。
ああ、そうか・・・NHK学校音楽コンクールの空知地区大会の日ですものね。
私にはずっと縁のないものだったので、ついつい忘れてしまいがちです。
今年、空知地区大会には何校くらい出るのでしょう?
コンクールという性格からすると、ピッチやハーモニー、正確な合わせなどが大切になってくるのでしょう。
そのこととともに、それぞれの学校の練習の成果、そこの子どもたちと先生の思いのこもった演奏となることをお祈りしています。
子どもたちの合唱って大好きです!
ちょっと気になったので、教育音楽の付録を引っ張り出して中学校の課題曲の楽譜を見てみました。
「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」
作詞・作曲 アンジェラ・アキとなっています。
時代も変わるものですね・・・いい意味でwink
第一印象、「昔、UHB少年の船のCMで流れていた曲に似ているなあ・・・」。
古い?知っている方の方が少ないかなcoldsweats01
詩を読んでいくと、15歳の自分から大人の自分へ、そして大人の自分から15歳の自分へ、というそれぞれの年齢での思いが、手紙の内容として表現されています。
子どもの心情をよく表しているなあ、さすが!
学活でよくやったなあ・・・。
将来の自分へ、と将来の自分から今の自分へ、という手紙。
子どもたちって、実はすごく自分を見つめていて。。。
ふざけて書いたり、適当に書いたりするのかなって思っていたら真剣に、しかもその子どもならではの表現で書いてくれるんですよね。
「なんだかんだ言って、わかっているんじゃん!」といつも思ってしまいます。
読んで涙を流す保護者がけっこう出てくるくらい感動的な言葉が書かれています。
表面に出すのが何となく照れくさくて、何となくかっこわるく思えてしまうからついついつっけんどんな態度を取っているだけなんでしょうね。
そんなことを思い出させてくれるいい曲だと思います。
あともう少ししか音楽の授業に携われないけれども、子どもたちに紹介したいなあ。
できれば、自分の学校でやってみたい。
響きから想像して、混声合唱の似合う曲だと思いますが、どうなのでしょう?
私は、一番最後の歌詞が大好きです。
なんだかすごくやさしにあふれているような感じがするのです。
曲の山場がわかりやすいし、言葉をはっきり歌って欲しいところに休符を挟んだりしてすごく配慮されていますね。
それを表現に生かすにはかなりの練習が必要なのかもしれませんが・・・。
まあ、コンクールとは違うので、「今の自分の思いをぶつけてみよう!一番届けたい人のことを考えて歌ってみよう!」と心情面の指導を中心にしていきたいです。
思いをのせて歌うことのできる、子どもたちにぴったりの曲だと思います。
いい曲に出会うことができましたlovely


http://www.dailymotion.com/video/x5luy2_アンジェラ-アキ-手紙_music

「創造性」の一考察

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カイ君の写真をこれまであれこれと載せてきていますが、闇雲にシャッターを切っているわけではありません。
自分の心の中に「こんな情景を写したい」というものがあって、それと合致したときにシャッターを切っています。
偶然にそのような場面に出会って慌ててデジカメを取りに行くこともあるし、その瞬間をねらって待っているときもあります。
また、そういう光景に巡り会えるように探す場合もあります。
「これだ!!」と思ってシャッターを切るものの、やっぱり気に入らなくて削除してしまうものもかなりの枚数に。
自分の心にある情景を探し求めている結果なのだと思います。
それは何もカイ君の写真を撮るときばかりではありません。
どの写真を撮るときにも同じことが言えます。
きっと絵を描くときも同じような感じなのかもしれませんね。
自分の心の中に何か表現したいものがすでに存在していて、その自分の内なるものと対話、対峙することによってそれらを取り出し、表現していく。
そして、「これだ!!」と思えるものを表現できるまで何回も何回も試行錯誤を繰り返していく。

そう考えると音楽も同じかな?
同じ曲でも、演奏者の違う曲をあれこれと聞くのもこの心理から来るのかもしれません。
ある演奏を聞いて、自分の心の中にある音楽と照らし合わせる。
「自分の好きな演奏だな」「こんな演奏には初めてであったな」「この部分の演奏は自分の好みとちょっと違うな」・・・。
そして、自分の心の中にある音楽とぴったりと合う音楽を探し求めていく。
演奏する時も同じで、楽譜を見て、楽譜を音に変えていくときに自分の心の中にある音楽と対話し、対峙し、自分の心にある音楽とぴったりあうものを探し求めていく。。
楽譜を通じて自分の聞きたい音楽、自分の表現というものを一生懸命探している。
作曲もきっと同じで、自分の心にある音楽に耳をすまし、自分の心にある音楽とぴったり合う音楽を探し求めて音符にしていく。
そう考えると、作曲みたいに何かを創り出すことだけが「創造性」とは言えなくなるんじゃないかな?
聞くことだって、演奏することだって立派な創造性。
自分の心の中にある音楽を探し求めている行動なのだから。
曲作りに取り組めば「創造性」が即身につくというものではないと思います。
また、「音楽鑑賞って受け身ですよね」という質問も的外れであることがわかります。
聞こうとしなければ自分の心の中にある音楽なんて聞くことはできません。
探し求めているということからすると、積極的に聞いている証拠だと思います。
ちょっと荒削りで、私論になってしまいましたがどうでしょうか?

今、私が撮りたい写真は、カイ君が獲物をねらっているときのものですcat

交響曲第5番「朝ごはん」

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「授業に使いたいのですが、“交響曲第5番朝ごはん”のCDを持っていますか?」
との問い合わせ。
実は持っているんだなあ・・・これがgood
数年前に許光俊さんというクラッシック音楽の評論家が大絶賛していたので、どんなものかと買っておいたのです。
すでに手に入らない幻のCDになっているとか・・・。

ベートーヴェンが作曲した交響曲第5番の第1楽章に歌詞をつけ、ア・カペラで歌ったもの。
歌詞の内容は・・・定食屋で食べる朝ごはんを白ご飯にしようか混ぜご飯にしようか悩みに悩み抜くというもの。
家族やら店員やら自分の心の声との対話が、交響曲第5番の音符の通りに再現されていきます。
かなり笑える内容なんだけど、高度な歌い方の技術を身につけていないと歌うのは無理です。
動機の発展もちゃんと押さえてあるし。
替え歌なんだけれども、ただそれだけで終わっていない。
玄人好みする作り方です。
でも、そのギャップがまた楽しくて・・・happy01
昔、「おれたちひょうきん族」という番組でも似たようなことをやっていました。
交響曲第5番台1楽章の動機を「菅井金」「前田吟」という言葉で表現し、それだけで演奏していくというもの。
まあ、価値を感じなければただのギャグで終わってしまいますがね。
動機の発展などが一発でわかってあれもすごいと思いました。
今回の「朝ごはん」も動機の発展を捉えることができて、なかなかいいですよ!
最近はクラッシックの曲が替え歌で歌われていたりするので・・・。
曲をかけると、「○○の歌だflair!」なんてそちらの方の曲名を答える子どもが増えてきています。
笑ってしまって、授業に集中させるのに時間のかかるときもありますが。
でも、いったんおさまると知っている曲だけあって、すんなりと特徴なんかを聴き取ってくれます。
「原曲はこうなんだ・・・」と妙に感動してくれたり。
「朝ごはん」は、最初の部分をみんなで歌うなどして動機を意識づけさせるには最高です。
おもしろいことを通して、自然と学習内容を達成できるなんて最高ですよね。

2曲目には、ベートーヴェンの交響曲第9番の「歓喜の歌」の替え歌まで入っています。
曲名は「風呂屋で」coldsweats02
「Freude(フロイデ)」と「風呂屋で」をかけているんですがね・・・。
大阪弁で歌われているのに、確かにドイツ語に聞こえるんですよね~、これが。

3曲目には、フランス・ブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラによる交響曲第5番の第1楽章。
落ち着いたいい演奏ですよ。
ピッチが低いので驚かないようにear

みんなで紹介しあうと、けっこういろんなものが集まると思います。
気軽に「あれ持ってないですか」と交流できたらいいですよね。

カイ君、まるで指揮者みたいでしょ?

HILARY HAHN

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噂のヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンのCDを聞きました。
曲目がシェーンベルクとシベリウスのヴァイオリン協奏曲というカップリングなのとジャケットが好みだったのでhappy01
まず、シェーンベルクを聞いてびっくり!
この難しい協奏曲をよくここまで自分のものにしているなあ、と。
シェーンベルクのこの曲に対する愛さえ感じる演奏。
知的なだけじゃないんだなあ・・・これが。
ピアノのグレン・グールド以来かなあ。
しかし。。。一体どれだけ練習を重ねてここまで仕上げたんだろ?
オーケストラと独奏の受け渡しがすごく上手で、「音色旋律」のよさが十分に発揮されています。
オーケストラと独奏の細かい部分の奏法も統一されているし。
指揮者のサロネンがまたうまいんだなあ・・・。
リズムにキレがあって身体が自然に動いてくる感じ。
シベリウスも躍動感のあるすばらしい演奏。
甘くなるような部分でレガートを少し控えめにし、歌があるのに叙情に流されない引き締まった演奏。
それでいて、呼吸も大きくゆったりしており、強弱や速度の振幅もある。
クレシェンドとデクレシェンドをうまく使うので聞いていると心が揺さぶられます。
パッセージの中のアタックも切れ味がいいので音楽が生き生きとしてるし。
長いパッセージの中でもどの音を生かしていくのかなど、一つひとつの表現が実に考え抜かれているんだなあ。
すっかりお気に入りになってしまいましたheart04
ハーンの演奏も、サロネンの演奏も生で聞いてみたいなあ。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲はいつもムローヴァという人の演奏で聞いていました。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の演奏を聞き、繊細さと高音の美しさに心奪われ、それ以来のファンだったからです。
あくまで主観ですが、甘ったるくなくていい演奏ですよ。
特に第1楽章再現部での独奏ヴァイオリンの高音の美しさ!
安藤美姫選手がこれで踊ったらすばらしいんじゃないかな。
さて、ムローヴァのシベリウスも歌にあふれていて、しかも高音とレガートに魅力があります。
小澤征爾、ボストン響の抑え気味の演奏がもったいないけど・・・。
ムローヴァは細かいパッセージの軽やかさと、何か一本ピーンと張り詰めているような緊張感のある演奏。
「氷の情熱」と表現したいような、冷静さの中に情熱がこめられた演奏です。
相反するものが両立しているんですよ!
でも、しばらくはハーンの演奏ばかり聞くような気がします。

そして最後に珍しい版の紹介。
シベリウスのヴァイオリン協奏曲の初版(1903年版)。
シベリウスが遺言で封印したはずの楽譜なんだけれども、特別の許可を得て演奏されています。
この楽譜で初演までしたのにね・・・。
今後、二度と演奏されることはないでしょう。
聞いてみると・・・これが同じ曲??????
1905年に改訂されていると言っても、ほとんど別な曲といった感じです。
ゆったりとした田園風景がのんびりと流れていく、そんな感じです。
心揺さぶる緊張感がちょっと少なめなのです。
でも、初版の方が独奏の時間が長くてヴァイオリンという楽器に対する愛情の深さが伝わってきます。
シベリウス自身ヴァイオリンの名手でしたから。
ただ、あがり症で人前でうまく演奏できなかったために演奏家の道はあきらめたそうですが・・・。
ごっつい顔をしているのに・・・顔は関係ないかcoldsweats01
だからこそ、ヴァイオリンに愛着が深かったのかもしれませんね。
これはこれでいい曲だと思うのですが、決定稿を聞いている耳からすると物足りなさが残るといった感じかな。
オーケストラの響きや音が薄く感じられるので、後のシベリウスの目からするとやはり改訂したかったのでしょう。
演奏はカヴァコスのヴァイオリン、ヴァンスカの指揮によるラハティ交響楽団。
BISという海外のレーベルから出ています。

祖父のこと

8月15日、今日は終戦を迎えた日。
直接戦争を知らない世代ですが、様々な思いが胸をよぎります。
祖父、祖母、父、母からいろんな話を聞かされているからです。
あの戦争に翻弄された時代と言えるでしょう。

父方の祖父は身長180㎝。
彫りの深い顔立ちでユル・ブリンナーのようでした(ちょっと日本人離れした顔だったのです)。
頭は29歳でツルツルに禿げたものの、おしゃれで祖母よりも化粧品をもっていたほどです。
私は頭だけ似たようです・・・crying
そんな祖父は終戦の時に兵隊として樺太にいました。
しかし、終戦を迎えているはずの樺太にソビエト軍が攻めてきました。
そのまま捕虜となってしまった祖父。
昼は機械の調整の仕事をやらされたり、夜は貴族(?)のご婦人の相手をさせられたり、と屈辱の毎日だったそうです。
ただ、ご婦人の相手をしている時はご飯があたるので飢えだけはしのげたと。
ところがある日、飛行機の調整をしている時にプロペラを落としてしまったそうです。
寒さのために手がかじかんだのが原因です。
でも、ソビエトの将校は「俺たちを飛行機事故に遭わせるためにわざとやった」と難癖をつけてきます。
その結果、祖父はシベリア送りに・・・。
労働もきつく、食べるものもろくにあたらない。
飢えのあまり、そこら辺に生えていた草を食べると腹痛と嘔吐。
がっしりとした身体もガリガリに。
祖父はシベリア時代のことを多く語りませんでした。
想像を絶するような「過酷」な毎日だったのでしょう。
お酒を飲んでは「生きて還れたのが奇跡」としか言いませんでした。
栄養失調で、もう長くはないと判断された祖父は解放されます。
歩くのもやっとという中で「なんとしてでも日本に帰りたい」の思いに支えられ、日本に帰る船に何とか乗ることができました。
あとできくと、この船が最終便であり、これに乗れなかったら日本に帰ってくることはできなかったそうです。
これも運命だったのでしょう。
沼田町の炭坑街、昭和に戻ってきた時、あまりの変わりように家族みんなは誰かわからなかったようで・・・。
棒を杖変わりに歩く祖父を見て、かける言葉もなかったそうです。
貧しいくらしの中、中国から逃げ帰った妹家族やその他の親類の面倒も含め、祖母が一人で家庭を支えていたようです。
いまだに祖母へのその時の感謝の言葉を親戚から聞かされる時があります。
世代が変わっているのに・・・それくらいつらくて強烈な体験だったのだと思います。
父たちもろくにご飯があたらなかったと言います。

戦争から戻ってきて、沼田町昭和にある明治炭坑に復職した祖父。
仕事は以前と同じ労務官です。
労務官とは、今でいう警察のような仕事です。
炭坑というところには気性の荒い者や前科をもった者、人に言うことのできない事情を持った者などが流れてきます。
そういう人たちが入り込まないように監視したり、労働に耐えきれなくなって逃げないように監視したり、山に入る順番を調整したりするのが主な仕事です。
結構慕われる存在だったようで、いまだに祖父のおかげで人のつながりができることもあります。
音楽鑑賞教育振興会はその一つです。
でも、労務官という仕事は給料が安く、父も行きたい学校に行けないという状況でした。
苦しい生活を目の当たりにし、「ここに行きたい」とは言えなかったそうです。
さらに、昭和30年代後半から40年代に入り国のエネルギー政策転換の影響をもろに被ってしまいます。
仕事が突然なくなり、給料が支払われなくなりました。
紙切れ一枚の現物支給です。
そして、5000人以上いた街もあっという間に人影がなくなります。
国の何という非情さ!
この経験があるために、夕張のことは私にとって人ごとではないのです。
政策転換したあとの処置を何もしなかったのですから。
いまだにその後遺症に苦しんでいる街が日本にはかなりあります。
そして、最近の国の地方いじめ。
街が一つなくなると言うことがどういうことなのか、そこで生きる人たちにどれほど残酷でみじめな思いをさせるのかが少しもわかっていません。
働く場のなくなった祖父たちは、結局私の父の所に来て一緒に住むことになりました。
わずか3部屋の公営住宅に7人です。
その後、祖父は青函トンネルなどで働いていましたが・・・。

そんな様々な思いがわき起こってくる日なのです。
みなさんもきっと同じなのでしょうが・・・。

「OP.110」

ベートヴェン作曲の「ピアノソナタ第31番変イ長調」の作品番号です。
そう、「のだめカンタービレ21巻」で野田恵が弾いているソナタです。
失意のどん底にある野田恵が指揮者シュトレーゼマンに請われて演奏するものの、第3楽章の第2フーガを演奏せずに終わらせてしまいます。
このピアノソナタの成立を考えると、野田恵とベートヴェンの心境がぴったりあてはまることがわかります。
それにしてもすごい取材力だな、と感心させられます。

以前にも「OP.111」の記事に書きましたが、ベートヴェンは39歳(40歳?)の時にアントニエ・ブレンターノという30歳(31歳?)の既婚女性と出会います。
様々な研究の成果から、このアントニエ・ブレンターノこそが長年謎であった「不滅の恋人」であるとほぼ決定づけられました。
それも最近のことです。
ベートーヴェン自身も慎重に慎重に隠していた節があるので、わかりにくかったのでしょう。
この女性と、もう一人のかつての恋人ヨゼフィーネ・ブルンスヴィック(後にダイム)との間に子どももできています。
しかも、ほぼ同時期に!
もしかしたら結婚できるかもしれない、自分の子どもも生まれるし・・・その喜びが第7と第8交響曲に結びつきます。
ただし、アントニエは既婚者ですからこのことをきっかけにベートーヴェンとは会えなくなってしまいます。
もう一人の恋人との間にも子どもができたということも耳にした形跡があるので、そのことも原因だったのかもしれません。
ベートーヴェンは失意から2年間のスランプに陥ります。
復活するのは、歌曲集「遙かなる恋人に寄せて」を作曲し、アントニエに献呈してからです。
この時の心情とともに、「遙かなる恋人に寄せて」の響きや主題などが、後期の作品に大きく反映されることとなります。
というよりも、全てが「遙かなる恋人に寄せて」から生まれていっていると言っても過言ではありません!

ベートーヴェンのピアノ曲は、作曲の動機として献呈されている女性に対する憧憬や情熱、その人の内面的性格がこめられていることが多いのです。
今回の「OP.110」を含む「OP.109」と「OP.111」の三つのソナタはアントニエ・ブレンターノに捧げられる予定で作曲されています。
ロマン・ロランは「ブレンターノ・ソナタ」と言ってもよいといっています。
OP.111はルドルフ大公が横取りしていってしまったので、代わりに「ディアベッリ変奏曲」をアントニエに献呈しています。
このことから「ディアベッリ変奏曲」もこのソナタと同じ動機で書かれていることがわかります(特にOP.111の第2楽章とのつながり)。
ただし、どうしてOP.110が誰にも献呈されていないのか、その理由ははっきりわかりません(OP.109は屈折した献呈だと思います)。
OP.109は「幸福の追憶」として(結果としてアントニエの娘に献呈)。
OP.110は「喪失の苦悩」として(結果として献呈なし)。
OP.111は「自己克服と浄化」として(結果としてルドルフ大公に献呈)。
つまり、ベートヴェンの個人的、人間的な体験を無視しては深いレベルでの楽曲理解は不可能ということになります。

ここからは、「OP.110」のことのみについて書いていきます。
第1楽章の第1主題「C-Es-As-As-G・・・」の旋律はグルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」のアリアからの引用です。
「われエウリディーチェを失えり」というアリアで、失った妻エウリディーチェを嘆くオルフェウスのアリアです。
竪琴風の伴奏で歌われるのですが、第1楽章の左手分散和音がそれを模しています。
この第1主題の変形が第3楽章の「嘆きの歌」や「フーガ主題」にもつながっていきます。
このことから、このOP.110のテーマは失った最愛の女性に対する嘆きの歌ということがわかります。
だからこそ、第1楽章は速く弾きすぎてはいけないのです。
そして、今回の「のだめ~」で中心的に扱われている第3楽章。
微妙な心の移ろいを音で表現した序奏(「遙かなる恋人」の響きもあり、また、指使いが特殊な部分です)の後、「嘆きの歌(Klagender Gesang)}が始まります。
この「嘆きの歌」は、それを克服しようとする第1フーガの後で再現することとなります。
その時は音型が変わり、まさに慟哭といって言い響きとなります。
エピソードを知らなくても、旋律が細かい休符で途切れ途切れになる部分を見たり聞いたりすれば、ことの深刻さが伝わってくる部分です。
2回目の「嘆きの歌」には「力尽き、嘆きつつ(ernattet,klagend)」と指示があり、一層苦悩が深められます。
野田恵は、この部分で演奏をやめたことになるのです。
ちなみに、この「嘆きの歌」は「ディアベッリ変奏曲の第31変奏」にも使われています。
しかも、OP.110がこの2回目の「嘆きの歌」のあと第2フーガに入るのと同様、ディアベッリ変奏曲第31変奏のあとの第32変奏は輝かしいフーガとなっています。
おそらく意図的に共通性を持たせたのでしょう。
野田恵の弾かなかったOP.110の第2フーガはト長調で始まります。
第9交響曲と同様、アントニエとのつながりを彼岸に求め、神に委ねる心境と言えます。
光が差し込んでくるその響きには救いと許し、かすかな希望が見えてきます。
心にわき起こる様々な思いを問いと答えの音型で表現したあと、さらに輝かしく、信じる気持ちの一層強まった変イ長調の部分へとつながっていきます。
なかなか納得のいかない心の葛藤が、この問いと答えの部分に表現されています。
変イ長調の部分も、無理くり明るく振る舞おうとしているようなそんな感じも受けます。
野田恵は、この第2フーガの部分を拒んだんですね。
つまり、今の自分に救いはないと・・・。

アントニエは、こういう事情を楽曲の中から全て読み取ることができた女性なのでしょう。
「アントニエは、私の曲の表面上の形にとらわれず、音楽に表現されている私の精神そのものを理解してくれる」というようなことをベートーヴェン自身が述べているからです。
自分のことを「理解してくれた」と心の底から思える相手だったのではにでしょうか。
アントニエの曲や思想、生き方に対する一言一言の的確さが、ベートーヴェンにとって、いなくてはならないかけがえのない存在となったのでしょう。
十数年間会うことがなくても、お互いの心の中に愛は燃え続けていたということかな。
そうでなければ、自分の傑作に彼女の思いを様々に込めることなんてできませんよね。

さてさて、野田恵の今後はいかに?
シュトレーゼマンをメフィストに見た立ているのもすごいですね。
のだめはファウスト?
全てを知り尽くしたいという情念に駆られていくことになるのでしょうか?
抜け出すことのできない深淵に。
音楽とはそれほど魔力があり、奥が深い世界ですから。
バックに流れているアリアはグノーの「ファウスト」なのかボーイトの「メフィストフェレ」なのか・・・。
私の願望としては、ボーイとのものであって欲しいのですが・・・。

「フーガの技法」

さっそく聞いてみました・・・「フーガの技法」。
作曲者であるJ.S。バッハ自身による楽器の指定がないということで、「楽器をも超えて音楽のみを追究した」という解説なども目にしたことがあります。
でも、今回のピエール=ロラン・エマールのピアノによる演奏を聞くと、ピアノのために書かれたのではないかと思えてくるような演奏です。
バッハの時代にピアノはなかったんですけどねcoldsweats01
ただ、曲を聞き進めていくと、「この曲は合唱を想定しているのかな」とか「弦楽器を想定しているのかな」とか「オルガンを想定しているのかな」、「明らかにチェンバロを意識しているな」・・・と思えるものも出てきます。
やはり、一つの概念におさまりきらない、いろんな可能性のある曲なのでしょう。
エマールもそこら辺のことを押さえているようで、弾き方で音色や響きをあれこれと変えています。
明らかに調律で変化させていると思えるものもあります。
以前、衛星放送で厚紙を弦の下に挟んだりするなどして音色に徹底的にこだわるエマールの姿が放映されていました。
おそらくは曲にぴったりとあう音色と響きを求めて、かなりの時間をかけて試行錯誤を繰り返し、時には調律師と話しあいをしたのではないでしょうか。
それほどの工夫をしているからこそ、「ピアノで演奏されるために作曲された」なんて思ってしまうのでしょう。
中には、受難曲を思わせるような深い深い音楽が鳴り響いたりもします。

さて、CDのジャケットには「DIE KUNST DER FUGE」とあります。
これはドイツ語。
「KUNST」って「芸術」意味じゃなかったっけ?
そこで、ジャケットの中を見ると英語の表記が出ていました。
そこには「The Art of Fugue」。
「Art」って・・・やっぱり「芸術」じゃん!
と単純に考えてしまったのですが、念のため辞書で調べみました。
英和辞書、独話辞書のどちらにも「芸術」という意味と「わざ、技巧」という意味が出ていました。
私の知識が浅かっただけです。。。crying
今度は国語辞典(小学館)で「芸術」を調べてみました。
「特別の材料・様式・技巧などを使って美をつくりだし、表現する、人間の精神的・身体的活動、また、その産物」とありました。
なるほど!!
バッハのこの作品はフーガの技巧の限りを尽くして、まさに美を創り出していますよね。
技法を超えた所にある美です。
「やはりKUNDSTなんだ」と妙に一人で納得してしまいましたthink
だって、主題は最初単純に聞こえるんですよ。
それが後になればなるほど完璧に計算されてつくられたものであることがわかってくるのです。
聞き進めば聞き進むほど、しっかりとした建築物のように感じられる主題の堅固な構築性に驚かされます。
それはもう美しさと言っていいと思うのです。
後になって、逆から進行させたり、反対の動きをさせたり、音の長さを長くしたり短くしたり・・・ありとあらゆる対位法に耐えられるのですから。
いろんな形に変化させてもよくここまで主題としての要素が保たれるなあ、と感動してしまいます。
全てを見通した上で選んだ主題なんですよね、きっと。。。

もうひとつ、この曲の中でバッハはフーガのことを「コントラプンクトゥス(Contrapunctus)」と表現しています。
訳すると「対位法的」ということになるのでしょうか?
このタイトルの付け方一つを取ってみても、「対位法」の限りを尽くして作曲するという意気込みが伝わってくるような気がします。
これもあくまで独断ですが・・・。
最後の曲は4つの主題によるフーガになる予定だったとか。
未完に終わっているので「4つの主題で曲を構成することの不可能に気付いたのではないか」という説も一時あったそうです。
ところが、最初の主題の変形から可能であることを1880年にベートーヴェン研究家のグスタフ・ノッテボームという方が立証したそうで・・・。
完成していたら・・・一体どんな曲になっていたのでしょうね。

ところで・・・
バッハの曲もすばらしいのですが、最近届いたヘンデルの「チェンバロ組曲」も豪華でなかなかいいですよ!

人が人を創る

孟子の言葉に次のようなものがあります。

「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」

直訳すると、「天の時よりも地の利の方が有利だが、地の利を得ていても人の和には及ばない」となります。
戦国時代によく使われた言葉で、例えとして次のように使われてきました。

城攻めの時、チャンス(天の時)を捉えて行動を起こしても、良い場所に築かれた城(地の利)を落とすことはできない。
しかし、どんなに難攻不落の城でも内部の人の気持ちが一つにまとまっていなければ(人の和)、簡単に落とされてしまう。

結局、物事を成功させるときに最も大切なものは“人の和”であるということを言っている言葉です。

今、私たちは北海道音楽教育大会空知大会に向けて様々な取り組みを始めたところです。
前回の全道音研から7年、経験者もそろっています。
前回の研究大会の成果もあり、「空知」はけっこう注目されています。
機は熟していると言えるでしょう。
さて、肝心の「人の和」の方はどうでしょうか?

一部の人のがんばりだけになっていないでしょうか?
人とのつながりは広まっていっているでしょうか?
やりたい人、一生懸命な人にだけやらせておけばいいや、という雰囲気はないでしょうか?
誰かが引っ張っていってくれる、あの人に任せておけば何とかなると人任せになってはいないでしょうか?
私には力がないから・・・と閉じこもっている人はいないでしょうか?
何をやればいいか見えてこないから協力しない、なんて気持ちの人はいないでしょうか?

空知という土地の同じ音楽科の教師とはいえ、一人ひとり考えや意見、主張が違うのは当たり前のことです。
でも、全道音研をよりよいものにしていこうという熱意は共通化できるはずです。
ただし、その熱意を一つにまとめるにはかなりの労力が必要です。
全空知音楽教育連盟に所属する一人ひとりの支えがなければ無理です。
連盟会員の一人ひとりが、人と人とのつながりを大切にし、支え合っていくからこそ組織が一つにまとまっていくのです。
役員の方たちだけが頑張っていたのでは何も生まれてきません。
また、全てを期待して全てを任されても、任された方たちが苦しくなるだけです。
学校現場はとても忙しいです。
自分のことをこなしていくのが精一杯で、とてもじゃないけど周りの人を支えている時間や余裕なんてないのかもしれません。
自分のことを擲って周りのためにやりましょう!なんてことは言いません。
できるところ、参加できる範囲でいいのです。
ほんのちょっとの気持ちと行動がつながっていけば、来年度の研究大会の成功を支える原動力となるのです。
研究大会が終わったその時に、お互いが方を抱き合い「やって良かった」と喜び合える研究大会を目指しましょう!

さて、この「人の和」というものを創りあげるのは「人との出会い」によってです。
人との出会いがあり、出会いとつながりを大切にした結果、人の和が生まれます。
この全道大会の取り組みを通して新たな出会いが必ず出てきます。
その出会いを実りあるものとして自分のものにできるかどうかは、その人の心がけ次第です。
せっかくの良き出会いもかかわらず、自らが心を閉ざしてしまったためにつながりへと発展しなかった、ということはよくあるものです。
特に運のない時は、自分からせっかくの出会いを切ってしまったり、見逃してしまったりしてしまうことがあります。
どの出会いがこれからの自分により良いものになっていくかなんてその時には全くわかりません。
でも、まずは出会いを大切にし、「この人は」と感じた人とのつながりを深め、自分の生き方に反映させていくしかないと思います。
待っているばかりでなく、自分で動くことも必要でしょう。
信頼できる誰か一人を通して人間関係を築いていくというのも一つの手だと思います。
まずは一歩を!

私はたくさんの人に支えられています。
「出会いとつながり」の苦手な人間なのに、周りの方々がしっかりと支えてくれています。
本当にありがたいことで、感謝しています。
その方たちの支えとがんばりを見るにつけ、来年度の全道音研は実りあるものになると強く信じています。
研究大会自体は失敗しても別にかまいません。
その研究大会を創りあげる過程を通して築きあげられる研究の内容や実践、人とのつながりを私は大切にしたいのです。
全道音研の取り組みを通してのさまざまな出会いを大切にしていきましょう!
人との出会いによって人は創られるのですから。

久しぶりの休日

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ようやくこの土曜日と日曜日に自分の時間を持つことができました。
まずは土曜日に以前に紹介した江別の「麺工房高砂」でラーメンnoodleを。
前回は白湯鶏スープのラーメンを食べたのですが、今回は麺自体をもっと味わいたくてつけ麺にしました。
「そばのつゆで食べるラーメン」とメニューには書いてあったのですが、ラーメンにぴったりと合うつゆでした。
あれをそばつゆって言うのかなあ???
そばつゆという響きから想像するとだまされますよ!
まあ、最後に麺をゆでたお湯(そば湯?)でつゆをのばして飲むこともできます。
ちょっと濃いめです。
さてさて、ラーメン自体の味は・・・
やっぱり、あれだけ麺のおいしい店を私は知りません。
あまりにもおいしかったので「替え玉」を注文しました。
麺を追加できるんですよ!
もうやみつきになりそうですheart02
江別のポスフール、高砂駅の近くです。

そして北京オリンピックの開会式をもう一度見てみました。
最初に響きわたった「缶」という太鼓、すごかったですね!
あの大人数で一糸乱れずよくあわせるものだと。
あの迫力と言ったら!
あの響きには心を躍動させる何かがあります。
演出も凝っていました。
中国で生活している56の民族の方々が、それぞれ民族衣装を着て参加する。
いろんな民族問題がある中、何かメッセージを伝えたかったのでしょう。
花火を含めて、一体どれだけのお金と労力と技術をかけて作り上げられたのでしょう。
人の力のすごさをまざまざと見せつけられました。
まあ、「やりすぎ」という意見もあるようですが・・・。

今日は、芦別方面へ。
20年前から4年間、生活した街です。
なんだかすごく懐かしく思えました。
住んでいる時にはわからなかったよさをたくさん味わってきました。
「夢街」に写真もアップしたのでよかったら見てください。
住んでいるときにもっともっと芦別の魅力を味わっておけばよかったと後悔しています。
食事は「Polo」というお店で。
パンもパスタも昔と変わらずおいしくて、懐かしかったです。
その人の食べる時間に合わせて料理が出てくるので、待たされることもなく、テーブルに皿が一杯ということもなく、本当に食事を楽しむことができます。
オススメです。

あちこちに出かけたために留守番の多かったカイ君。
どうやらストレスがたまったようで・・・。
この2日間、かなり凶暴になっていました。
飛びつくわ、かじりつくわ、その攻撃の過激なこと!
いつも以上に夜中に起こされました・・・。
満足するまで遊んであげないと大変なことになりますbearing
写真の顔つきもちょっと悪そうな顔をしているでしょ?

小曽根真さん

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ジャズピアニストの小曽根真さんを知っていますか?
以前ブログにも紹介しましたが、最近PMFにもソロピアニストとして参加していました。
曲目はバーンスタイン作曲の交響曲「不安の時代」。
交響曲と言いながらもピアノが大活躍する曲です。
しかも、ジャズの語法で書かれているのでまさに小曽根さんにうってつけの曲。
最後に長大なピアノ独奏のカデンツァ(独奏者の腕の見せ所)もあるし。
初版ではそのカデンツァはなかったんです。
バーンスタインが改訂してくれてよかったです。
そうでないと今回の小曽根さんのカデンツァを聞けなかったですから・・・。
演奏会当日も楽しい楽しい時間でした。

6日の研修会の時に聞いた話です。
私が聴いたコンサートの前日のkitaraでの演奏会でのこと。
このカデンツァの、しかも静かな部分で携帯電話mobilephoneかアラームの音が鳴ったそうです。
しっかりとメロディーとして・・・。
その瞬間、会場の雰囲気がかなり凍りついたものに。
私もそのような場に居合わせてことがありますが、体がこわばりますよね!
そのようなときに、ショルティという指揮者は演奏中の指揮台から観客に向かってかなり過激に怒鳴ったと言うし、井上道義は最初からやり直したと言うし(マーラーの第1交響曲の冒頭のフラジオレットで重なったそうです)・・・。
カラヤンは聴衆の出す雑音が気になるので目をつぶって指揮していた、なんて話も残っています。
集中力が途切れてしまいますから。
演奏が止まってしまうこともあるし・・・。
演奏者にとってはそれくらい気になるものです。
でも、そこはさすが小曽根さん!
なんと、カデンツァの最後の方に携帯電話かアラームが発したメロディーを即興で加えて演奏したそうです。
やっぱり聞こえていたんですね。
よく覚えていたとも思います。
それで会場が和やかに、しかも盛り上がったとか。
一瞬の技、すごいですよね。
あまりお目にかかれない光景なので、その場にいたかったような・・・。
ライブならではのものですから。
現代作曲家のペンデレッツキが指揮をしたとき(ベートーヴェンの第7交響曲)にもリハーサルの途中で携帯の着信音が鳴ったときがありました。
ペンデレッツキはユーモアたっぷりに「Hello!」と電話を取るそぶりまで見せる余裕を見せていました。
小曽根さんやペンデレツキのように対処できるにはかなりの気持ちの余裕がないと無理でしょうが・・・。
本当は二人とも頭に来ていたのかもしれません。
でも、他の聞いている人を不愉快にさせない気の配り方、自分の気持ちを乱さない冷静な対処、見事だと思いますshine
ますますファンになってしまいました。
このエピソードを聞かせてもらえてうれしかったです。

さてさて、ここで私の大のお気に入りのCDを紹介します。
カイ君が抱いているCDです。
「DORAEMON no uta」が入っているんですよ!
存分に楽しめるCDです。
他にも聞いてみたいのですが・・・なにせお金が続かなくて。
誰か持っていたら連絡を!
それと、奈井江の音の玉手箱に出演する予定なんてないですかね?
メッセージを書いてみましたcoldsweats01

「千の風になって」

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8月4日は「あいちゃんcat」の49日でした。
今のペット霊園は至れり尽くせりで、ちゃんと49日法要の案内が来るんですよ!
家族と同様に暮らしてきたペットのことを思う飼い主の気持ちを理解してくれています。
ちょっとした心遣いが、すごくありがたいです。
あいちゃんは合同慰霊碑に眠っています。
駐車場に着き、合同慰霊碑を目にすると何とも言えない気持ちがこみ上げてきました。
それまで一緒にあいちゃんと暮らしてきた日々のこと、亡くなったときのこと・・・いろんな思い出がよみがえってきました。
合同慰霊碑の前でなくても思い出すときはあったのに、実際に合同慰霊碑の前に立つと感情が次々とわき起こってくるのです。
ろうそくに火をともし、線香を半分に折って(ペットを弔うときの方法だそうです)火をつけ、お参りしてきました。
どこに転勤しても「ねむのんの森」に来ればあいちゃんの眠っているお墓があります。
あいちゃんに感謝の言葉をかけ、お祈りを捧げることができます。
私にとって、あいちゃんのお墓は必要です。
私の心の中で生き続けているあいちゃんだけれども、花や山などを見てそばにいてくれることを確認できるあいちゃんだけれども、やはり、そこにあいちゃんが眠っているからです。

でも、私の悲しんでいる姿を見てあいちゃんは「お墓の前で泣かないでください」と言うと思います。
そして、「風になったり、花になったり・・・いつもあなたのまわりで見守っています。あなたか生きている限り、あなたの心の中で私は生き続けます。」とも言うと思います。
私があいちゃんの立場だったら同じ声かけをするからです。
相手に届くかどうかはわかりませんが・・・。
お墓の前で泣くのを否定しているとかどうとか、そういうことではないですよね。
自分のために泣いている人の姿を見て、それを慰めるための声かけなんじゃないかと。
亡くなっても自分の心の中に生きている。
自分のまわりの様々なものに形を変えて、見守ってくれている。
自分のまわりの様々なものを見る度に、生きていたことを、たくさんの貴重な思い出を思い出すことができる。
残された者がその後の人生を必死に生きていくための心の支えとなり、充実した人生を送ってくれることを願ってのものだと思います。
覚えている人がいなくなったら、その存在はなかったことになるのですから。
よっぽどの偉人でない限り。

あいちゃんに限らず、祖先や私と深いかかわりのあった人たちのためにお祈りをするときはお墓の前で泣くことでしょう。
死に対して納得なんてできるものではありません。
やっぱり悲しいです。
でも、お墓でお参りをして亡くなった方たちに思いを馳せることにより、次に生きるための勇気をもらうことでしょう。
感謝の気持ちを述べ、思い出を伝えることでしょう。
そして、これからの生き方についての決意を新たにすることでしょう。

いい歌だなあ、と思いつつも何か釈然としなかった「千の風になって」。
今の私はここに書いたような気持ちで聞いています。
上金剛山から見た芦別市街の風景。
左の山の方にあいちゃんが眠っています。
これからお盆が始まります。

63回目の夏

8月6日の朝、「テレビをつけてくれないかなあ・・・」と校長。
私が多目的室のテレビをつけてあげると、「ありがとう。実は・・・妻の両親が広島で被爆していてね。この日の黙祷だけは欠かせないんだよ」。
テレビの前で静かに静かに黙祷を捧げていました。
私も一緒に黙祷を捧げました。
朝の打ち合わせの時間は当然延期です。
朝の打ち合わせよりも大切なことだってあるのですから。
校長はあと2年で退職の年を迎えます。
アメリカが広島と長崎に原子爆弾を落としてから今年で63年です。
校長とのかかわりで、この数字の意味するところは説明しなくてもわかってもらえますよね。
63年も昔の惨劇の影響をいまだに大きく受けながら生活している人がいる。
しかも北海道という遠く離れた土地。
しかし、私と同じ職場ではたらいている校長と深いつながりがあるという身近さで。
過去ではなく、現在も、もしかしたら未来にも・・・。
広島と長崎の悲惨な歴史はまだ終わってなんかいません。
時間がたつにつれて、事実が薄れているだけです。
本当はそれではいけないのに・・・。
オリンピックも大切ですが、63年前の広島と長崎に何が起こったのか。
そして、その苦しみからいまだに救われていない人たちがいることに思いをはせることをもっともっと大切にしたいです。
忘れてはいけないこの二つの日を!

夏季休業前、「夕凪の街 桜の国」のDVDを生徒に見せました。
給食前の時間だったのですが、見た子どもたちは大きなショックを受けてしまい、結局、給食を食べることができない子どもまで出てきてしまいました。
その何日か前には「火垂るの墓」や「ヒロシマ」という映画を見た子どもたちです。
その時もショックは受けたもののそこまでではなかったと子どもたちは言います。
なぜか?
「戦争」や「被爆」の悲惨さ、残虐さは想像できると。
でも、その当時、当日のことを話されても過去の出来事で終わってしまう、と。
ところが、過去で終わっていたと思われる出来事がいまだに様々な問題を引き起こしている。
その惨劇の影響を身体的にも精神的にもいまだに受け続けている人たちがいる。
自分たちが過去のものだと思っていたことが、実はまだ過去になんかなっていない。
未来にも大きな影を落とすであろうこの惨劇。
自分たちが過去のこととしてとらえていたことが、なんと安易なことだったか。
そして、どうして今までその方々の立場で物事を考えてこなかったのか。
想像をしてこなかったのか・・・。
子どもたちは強烈なメッセージを受け取ったと言います。
ご覧になった方もいるでしょうが、静かな静かな映画です。
叫んだり、強烈に訴えたりという場面も出てきません。
当時の写真なども出てきません。
ひたすら被爆後の生活を浮き彫りにしていきます。
そして、63年たった今でもその影響が大きく残されていることが静かに静かに伝わってきます。
そして、未来にも大きな影響を及ぼしていくであろうことも。
見終わった後に残るのは怒りではありません。
深い深い悲しみだけです。
しかも、じんわりと心にしみているためなかなか立ち上がれなくなってしまいます。

広島の惨劇を音で表現したと言われるペンデレツキ作曲の「広島へのレクイエム」。
でも、どれだけ強烈な音で表現したとしても、惨劇を表現し尽くすことはできないと思います。
バーバーの「弦楽のアダージョ」ような静かな音楽の方が心に染み渡ってくるのかもしれません。
数年前、ある会議に出かけたときのこと。
壁一面に児童の絵が飾られていました。
全て「平和を祈る」という観点で戦争のおどろおどろしさが表現されていました。
でも、見ているうちに「こんなに直接的に表現しなくても・・・」という気持ちになったのを覚えています。
ところが、そのおどろおどろしい絵の中にたった1枚だけ一輪の美しい花を描いた児童の作品がありました。
その子の思いにふれたような感じがして、じ~んと感動してしまったのです。
惨劇を絵で表現したからといって本当に平和に対する取り組みになるのだろうか?
花一輪の中に「その子なりの平和に対する思い」がこめられていることの方が大切なのではないだろうか。
このことは共同研究者として招かれたときもあちこちで話してきたものです。
あくまでも、私の考えですが・・・。

私の祖父はシベリア抑留者です。
毎年この時期になると複雑な思いに駆られます。

音楽実技講習会

今日は北海道音楽教育連盟主催の音楽実技講習会に参加してきました。
奈井江駅からJRにのったのですが、そこで卒業生にばったり。
現在高校3年生で美術関係の大学に進学を考えているとのこと。
今日は美術大学進学のための勉強で、美術館巡りをするのだとか。
懐かしい話と夢にあふれる未来の話をたくさんしました。
幸先のよいスタートに感謝!
それにしても、私とつきあいのある卒業生たちの輝いていることshine
やっぱり私は幸せな教師です。
頭も光り輝き始めていますがねflair

その後、会場である資生館小学校に着きました。
いや~、建物の立派なこと立派なこと。
本当に小学校?という感じです。
しかも警備の厳しさと言ったら・・・。
やっぱり、街の真ん中、繁華街の近くにあるからですかね?
ネームプレートをつけていないと外に出ることもできません。

研修の方は小学校と中学校と両方を行ったり来たりしました。
午前と午後と1階と5階を行きupwardrightdownwardrightしたのでかなり足が鍛えられましたよ。
小学校での話は・・・。
音楽鑑賞と音楽鑑賞教育との違いについて。
「教材」とは何か?・・・教材と楽曲を混同していないか?
ねらいによって演奏者を決めること、そのために使用する音楽ソフトを指導する教室で、使う視聴覚機器を使って教師自身が聞くこと。
鳴り響いた音そのもので勝負!
ねらいは一つに絞る。
あれあれ?
今まで空知の中で話してきた内容のものばかりでした。
まあ、話をする講師の方が違うと真剣さも変わってくるので・・・。
でも、小学校が中学校化してきているなあ、という印象を強く受けました。
何を身につけさせるのかを明確にすることはその通りだと思います。
しかし、それを評価することばかりに目が行ってしまい、評価ありきになることが心配なのです。
担任の先生が低学年の音楽を担当していることが多いのできっとその点からするといらぬ心配かもしれません。
何を身につけさせるのかを明確にするにしても、やはり子どもから出発したいものです。
発達段階を考えると、小学校では体験や活動を重視してよいと私は考えます。
「音楽って楽しいな」という心情が中学校で、そしてその後の一生の中で生きてくると思うので。
ただし、遊びばかりの授業とは違いますよ!
音楽活動そのものの楽しさです。
その点で、何を身につけさせたいのかを明確にすることには賛成なのです。
音や音楽に一番敏感なときなのですから、それを生かさない手はありません。
「音楽を嫌いにさせない指導」が小学校では一番大切なのだと。
それは、中学校の音楽科教師の視点なのかもしれません。
だからこそ、中学校を経験した方が小学校で指導にあたる意義がここにあると思うのです。
そして、私が小学校の先生にアドヴァイスする「毎時間の積み重ね」や「1時間にいくつかの活動や学習内容を準備すること」といったことも紹介されていました。
講師の方は「常時活動」という言葉で説明していましたね。
中学生になると1時間に一つの学習内容で大丈夫なのですが、小学生となるとなかなかそうはいきません。
やはり、いくつかの学習内容を組み合わせていくことが必要になってくるのでしょうね。

今回の研修会では理論面のことがかなりていねいに説明されました。
では、これをどう実践に生かしていけばよいのか?
また、そこまでいかない段階で日々の授業を悩んでいる方々をどうするのか?
理論はわかっているけど、日々の授業の流れをどうしたらいいのか?
恥を忍んで、頭を下げて、自分から知っている先生の授業を片っ端から見せてもらい教えを請う・・・でも、なかなかできないものですよね。
空知でもここら辺のことを何とかしたいと思うのですが・・・。
私の最も信頼する小学校の先生方に授業を公開してもらうという手もあるのですが、3人とも担任を持っているし・・・。
う~ん、いろいろ考えが出てきます。
理論面の話でおもしろくなさそう、今回は欠席!
という方もいたと思います。
でも、一つでももうけものの話があったらラッキーです。
今日だって実際に指導している風景のビデオは参考になりました。
悩んでいるときには、まずはいろいろと参加して、見てみることをオススメします。
そして、仲間や知り合いの先生に何とか時間を作って実際の授業を見せてもらったらいいのでは?
自分が悩んでいて解決したいと思っているのですから、まず動いてみないと。
私の所にも、今まで何人もの方々が授業を見に来ました。
また、何人かの方を紹介してきたこともあります。
紹介して実際に行動に移す人とそうでない人とではやはり差が出てきます。
実は、私もそういうことが苦手です。
自分から進んで飛び込んでいけないのです。
そして、かかわりを持っておかなければならない人との出会いを逃してしまうことがたくさんありました。
いつか誰かが見せてくれるのを待つという姿勢でいても、自分で何とか乗り越えようと努力しなくては何も見えてこないと思うのです。
私の経験から、この点は強調しておきます。
私がここに書いていることは理想なのかもしれません。
やろうとしていてもいろんな事情や日々の仕事の忙しさがあって一歩を踏み出せない方がたくさんいるのが現状ですから。
それを押さえつつ、あえて厳しいことをここに書きました。

帰りは、大丸の地下にある「きのとや」で念願のプリンパイを購入。
五番館の山野楽器にいくとローラン・エマールの弾くバッハの「フーガの技法」があり、これまた購入。
幸せ一杯の日でした。
さすがに冷房のない場所での研修だったので、先日に続いて熱中症気味。
でも、これまた岩見沢駅を降りて「三船」で一杯wine
元気回復です。
こんなに文章を書いたのも酔いのせいかもしれませんが・・・。

年間指導計画案

昨日もかなりの暑さでしたsun
私はけっこう熱中症というか脱水症状というか・・・そんな症状が出たのですがみなさんは大丈夫でしたか?
今日はさらに暑くなりましたspa
仕事をしている我が家のコンピュータが大きなうなり声をあげています。
いつ落ちるのかわからない恐怖心と闘いながら昨日の年間指導計画案を手直ししていますsweat01
鉄は熱いうちに打てと言いますから、忘れないうちにやってしまおうかと。
苦手なExcelもほんの少しだけスキheart04になりました。
やはり慣れですね。
カイ君は相変わらず私の膝で寝ていますcat
本当に暑くないのかな?
3時間くらいコロコロとしていて、時には体の毛繕いなどをしています。

さて、途中経過のものですが年間指導計画案を載せておきます。
まずは小学校の2年生と4年生のものから。

「syou2.xls」をダウンロード


「syou4.xls」をダウンロード


次に中学校1年生と3年生のものを。

「chyu1.xls」をダウンロード


「chyu3.xls」をダウンロード

まだまだ空欄があったり、言葉が整理されていなかったり、様式に統一感がなかったりしています。
でも、「あわてず、いそがず、ていねいに」を心がけましょう!
昨晩は、暑さと全道音研のこととカイ君のいたずらのおかげであまり眠ることができませんでした。
全道音研に向けてのこれからをあれこれと考えていたのですが・・・。
先の見えないことばかりで、考えれば考えるほど不安になってくるのです。
恐ろしさばかりが思い浮かんでくるというか・・・。
しかし、朝起きて太陽の光を見たとたんそんな考えは吹っ飛んでしまいました。
やるしかないんですよね!
失敗しようが成功しようがやらなければ何も進みません。
気持ちを新たにみなさんで乗り越えていきましょう!

ブログパーツ

8月に入ってから久々の投稿です。
実は、ブログを管理するところまで手が回らなかったのです・・・。
なんだか長期休業でない方が時間にゆとりがあるみたいです。

さて、いたずら心で二つのブログパーツを設置してみました。
一つはブログを訪問してくれた方に感謝の言葉を述べるもの。
というか「褒めちぎる」そうです。
もうひとつはブログの記事が音楽に変わるというもの。
どんな音がするのでしょうか?
まだ設定がうまくいかないのですが・・・。
「おばけのことだま」もよろしく!

年間指導計画づくり

夏季休業中の大変貴重な時間、そして30度を超す気温の中、研究会に参加してくださり本当にありがとうございますthink
「年間指導計画」というと、担当している学年や教科について一人で考え、冬季休業中あたりから時間をかけて作成していくといったスタイルが多いのではないでしょうか?
周りの方たちも忙しそうに作っているので、書き方なんかを相談するのも悪いように思えたり、分担して作ると言っても同じ教科の方が他にいなかったり・・・。
Faxやメールでやりとりすることはあっても、長時間話し合いながら交流を深める機会なんてなかなかないですよね。
疑問に思っていたけど自分一人では解決できなかったこと、自分以外の方の指導法の一部にふれること・・・。
同じ教科や学年を持つ違う学校の仲間が、みんなで知恵を出し合って一つのものを作り上げていくという機会は私は初めてでした。
大変な作業の連続でしたが、みなさんにとって貴重な時間と体験になったでしょうか?
それとも・・・大変さばかりが印象に残ってしまったでしょうかsad
私自身日々の忙しさに流されてしまい、なかなか腰を据えての準備というわけにはいきませんでした。
やりながら試行錯誤しているといった感じで不安感を与えたと思います。
みなさんにかなりご迷惑をおかけしました。
でも、今回の研修会を体験したおかげでいろんなものが見えてきました。

一つのものを作り上げるにはそれなりの労力と時間がかかります。
今回作成した年間指導計画案は、これからのグループ研修での一つの大切な資料となります。
その案をみんなで力を合わせて作り上げたことは些細な一歩かもしれませんが前進と言えるでしょう。
もう少し話しながらの作業となれば楽しさも感じられたと思うのですが、それができなかったことは主催者である私の見通しの甘さです。。。

また、私が大変苦手とするExcelを使っての打ち込みとなりました。
慣れてしまえば・・・とは思うのですが、ソフトを使いこなすだけで大変だったような時もありました。
手書きであればすぐに終わるものが、パソコンに打ち込むという作業があることによって作業量が大幅に増えてしまう。
仕事を楽にするはずのものが、反対にわずらわしい作業を増やす原因になってしまっているようです。
意見を出し合って朱書きしたものを、得意な方が後で打ち込むという方法の方がよかったかなあ・・・とも感じています。
次回には話し合いが中心となるように工夫していきます。

もうひとつは校種の違いというものを体験できました。
同じ音楽科という教科であるはずなのに、やっぱり違うのです。
「○」を記入するだけなのですが、学習指導要領の内容と題材の関連が小学校は非常に細かいのです。
中学校であればいくつかの教材曲を一つにまとめて表されるものが、小学校では一つひとつの教材曲について「○」をつけていかなければなりません。
楽曲構成の要素が強い印象を受けました。
誤解のないように断っておきますが、小学校と中学校を単純に比較してどちらがよいか、などということではありません。
小学校には小学校の、そして中学校には中学校の方法というものがあるんだなあ、と。
発達段階を踏まえてのものだと思うのですが、実際に自分で打ってみてそこら辺のことがわかってきました。
そして、中学校では一人で全校の授業を持っている方が多いので、割合スムーズに話し合いが共通化できます。
しかし、小学校の先生は担当していない学年が多かったり、専科でないと音楽の授業を持たなかったりで、話し合いを共通化するのに時間がかかるような気がしました。
小学校の先生は全ての教科をつくるのですからその苦労も伝わってきました。
お互いにそのことを理解し合いながら研究を進めていくことが大切ですよね。
それが空知の音楽教育連盟のよさだと思うのです。
自分の校種の視点からだけで意見を言っていたのでは視野が狭くなりがちです。
それぞれの苦労やよさを認め合いながら子どもを育てていく視点が大切だと思うのです。
それこそが小学校と中学校の連携につながるのではないでしょうか?

さて、これから少し整理をしますができあがった年間指導計画はここに紹介したいと思います。
飲みに行く日をのぞいてwine、休日もなく、自分の好きなことを犠牲にしながら仕事を片付けている状況です。
時間は誰にでも平等に与えられていて、その与えられた時間をどう使うかは全て自分に任されています。
私以上に忙しくて大変な思いをしている方もおり、そういう方を支えていくのが私の役割だと強く思いました。
授業者が必死に取り組んでいる状況を見て刺激を受けました。
どこまで支えていけるのかはわかりません。
でも、「やってよかった。一緒に勉強してためになった。」と言ってもらえるよう精一杯努力していきます。
今回の「年間指導計画案」はあくまでも素案です。
これから1年かけてそれぞれのグループで練りあい、仕上げをしていくことになります。
その話し合いの前に一読しておくと、スムーズに話し合いが進むと思います。
また、使えるところはそれぞれの学校でぜひ使ってください。

私は、「感謝の言葉を言っているときも目が笑っていない」、「口では感謝の言葉を言いつつも、心の中ではもっと仕事をしろと思っている」、「厳しくて冷たい」、「いつも怒り口調」「やさしさがない」、「思い込みが激しい」、「大きいことをすぐに言う」、「0か100」・・・と言われていますcoldsweats01
こんな奴ですが今後もよろしく!

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    それぞれの街にはそれぞれの魅力があります。 通りかかったときに目に飛び込んでくる風景。 心に残る瞬間瞬間を写真に残してみました。

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