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音符カーソル

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2008年11月の32件の記事

11月の終わりに

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東京カテドラル「ルルドの泉」

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護国寺の「仁王像」

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護国寺の「本堂」

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浅草寺の風景

11月も今日で終わり、明日から12月。
たくさんの出会いと自分の世界が広がった11月。
これから年末に向けて慌ただしい日々が続きそうです。
お互いに健康に注意して生活していきましょう!

「越州」で乾杯!

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浅田真央選手の優勝とブログの20000アクセスをお祝いしてbottle
「仮面舞踏会」のコメントにも書きましたが、すごい演技でした。
曲に対してどのように振り付けをするのか・・・。
フィギュアスケートを見る時に私が一番楽しみにしているものです。

音楽から聴き取ったことや感じ取ったことを自分の表現に生かす。

音楽科教育と共通するところが多いです。
選曲する人がいて、それに振り付けをする人がいて・・・。
これらは演技の善し悪しを大きく左右する要素の一つでしょう。
でも、演技する本人が音楽の特徴を聴き取り、自分が感じ取ったことをイメージを持って表現に生かそうとしない限り、よい演技にはならないと思うのです。
音楽への共感、それがあって初めて見ている人に訴えるものになるのではないでしょうか。

そして、このブログの20000アクセス。
10月から一気にアクセス数が増え、、この数字に驚いていますw(゚o゚)w
本当にありがたいことです。
徐々に落ち着いた数字になっていくのでしょう。
現在はパスワードを設定してプロテクトをかけているのですが、外してみようかと考えているところです。
うまくつながらない、というお話を耳にするので・・・。

最後に、写真で紹介した「越州」というお酒。
「久保田」を醸造している朝日山酒造のお酒です。
味わいは淡麗辛口。
スッキリとしていて、口の中に甘みがしつこく残りません。
好きな「久保田 紅寿」とも違う味わいを楽しむことができました。
「久保田」も「越州」も「宝山(焼酎)」も、滝川の「こばやし」で定価で手に入るのがうれしいところです。
滝川と砂川にはいいお酒が定価で手に入るお店が多くて私にとってはうれしいです。
日本酒のおいしい季節。
「鷹勇」「竹鶴」も恋しくなってきました・・・bottle

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その横ではカイがかくれんぼ(○゚ε゚○)

中学校学習指導要領から2

前回の諸要素の定義に続き、各学年「共通事項」のイの用語や記号の中から説明の必要なものを抜き出してみました。


*「拍」とは・・・

音楽を時間の流れの中でとらえる際の基本的な単位である。

・具体的な指導として・・・
小学校の音楽科における「拍の流れ」の学習の上に立ち、拍が一定の時間的間隔をもって刻まれると拍節的なリズムが感じられることや、拍を意識することによってリズムや速度などの特徴を生かして表現を工夫することなどが考えられる。


*「拍子」とは・・・

音楽を時間的なまとまりとしてとらえる際の手がかりとなるものである。

・具体的な指導として・・・
三拍子と六拍子の働きが生み出す特質や雰囲気の違いを感受して、表現や鑑賞の活動を行うことなどが考えられる。
なお、我が国の伝統音楽においては、拍を打つ行為、リズムなど多様な意味を持つことから、曲種や教材によって様々な取り扱いが考えられる。


*「間」とは・・

我が国の伝統音楽におけるリズムや速度に関する特徴的なものの一つである。

・具体的な指導として・・・
間によって醸し出される雰囲気や味わいなどを表現や鑑賞の活動を通して感じ取ることなどが考えられる。


*「序破急」とは・・・

我が国の伝統音楽において、速度が次第に速くなる構成や形式上の三つの区分を表すものとして用いられているものである。

・具体的な指導として・・・
緩急の変化が生み出す音楽の表情などを表現や鑑賞の活動を通して感じ取ることなどが考えられる。


*「フレーズ」とは・・・

音楽の流れの中で、自然に区切られるまとまりである。

・具体的な指導として・・・
フレーズを意識することにより、旋律の特徴を生かして表現を工夫したり、フレーズを手がかりに構造をとらえて鑑賞したりすることなどが考えられる。


*「音階」とは・・・

曲種や楽曲によって多種多様なものがある(これって説明なのかなあ?)。

・具体的な指導として・・・
教材曲の構成音を調べることによって、音階の特徴を生かして表現を工夫することなどが考えられる。


*「調」とは・・・

中心となる音がハ音の長音階で形づくられている音楽をハ長調ということなど、調性音楽においては最も基本的なものである。

・具体的な指導として・・・
生徒が長調と短調を対照して聴いたり転調に気づいたりして、それらが生み出す曲想の変化を感じ取ることなどが考えられる。


*「和音」とは・・・

高さの違う二つ以上の音が同時に響くことによって生まれるものである。

・具体的な指導として・・・
和音の種類に着目して、声部の役割や全体の響きを理解する一助にしたり、旋律をつくる手がかりにしたりすることなどが考えられる。


*「動機」とは・・・

音楽を構成する単位として最も小さなものである。

・具体的な指導として・・・
創作の活動で、ある動機を即興的につくり、それを基に構成を工夫して旋律をつくったり、鑑賞の活動で、楽曲の主たる動機を手がかりにしながら聴き、楽曲の構造を理解したりすることなどが考えられる。

言葉の解釈の仕方が人それぞれで行き違いなどが見られた時期もありました。
共通の定義の上に立って話し合うことがお互いの考えを理解していく上で大切なことですよね。
今回の定義の印象として、ずいぶん「我が国の伝統音楽」という文言が増えたなあと感じます。
意図があってのことなのでしょう。

中学校学習指導要領から1

小学校学習指導要領の諸要素の定義を受けて中学校では次のような大きなくくりで整理しています。
音楽の素材となる音は、長さ、高さ、強さ、音色など様々な性質を持っているという原理からです。

*音(音色など)・・・

音は、一音だけでも音楽と成り得るが、基本的には、音と音との関係の中で意味を持ち音楽となる。
音と音とのかかわり方により、音楽は多様な様相を示す。

・「音色」に関連する学習では・・・
声や楽器の音色、自然音や環境音、曲種に応じた発声及び楽器の奏法による様々な音色、それらの組み合わせや変化などが生み出す響きなどについて指導することが考えられる。


*音と音との時間的な関係(リズム、速度など)・・・

音と音との時間的な関係の中でリズムや速度が生じる。
音の長短、強弱、有音と無音などが時間的に配分されたり組織化されたりすることにより、一定のパターンや間などが生まれる。
言葉や息、身体の動きが影響することもある。

・「リズム」に関連する学習では・・・
拍や拍子、リズム・パターンとその反復や変化、拍節的なリズムや拍節的でないリズム、我が国の伝統音楽に見られる様々なリズム、間などについて指導することが考えられる。

・「速度」に関連する学習では・・・
ふさわしい速度の設定、速度を保ったり様々に変化させたりすること、緩急の対比、我が国の伝統音楽に見られる序破急などについて指導することが考えられる。


*連なりや織りなす関係(旋律、テクスチュアなど)・・・

異なる音高や音価などを連ねると旋律になる。
音の連なり方や装飾のされ方により、多様な形の旋律ができる。
旋律の構成音を高さの順に並べると音階が認識される。

音と音とが同じ時間軸上で垂直的にかかわったり、時間の流れで水平的にかかわったりして、織物の縦糸と横糸のような様相で様々な音の織りなす状態が生まれる。
これをテクスチュアという。
従前の「和声を含む音と音とのかかわり合い」と「テクスチュア」は同じ趣旨のものである。
小学校の「音楽の縦と横との関係」の学習の上に立ち、我が国及び、諸外国に見られる様々な音と音とのかかわり合いを意識してとらえることを一層重視している。

・「旋律」に関連する学習では・・・
音のつながり方、旋律線の持つ方向性、フレーズ、旋律装飾、旋律が基づくところの音階、調などについて指導することが考えられる。
なお、旋律装飾は、装飾音、コブシ、ポルタメントまど、また、音階は、我が国や諸外国の音楽に使われている様々な音階を扱うことも考えられる。

・「テクスチュア」に関連する学習では・・・
音や旋律の組み合わせ方、和音や和声、多声的な音楽、我が国の伝統音楽に見られる様々な音と音とのかかわり合いなどについて指導することが考えられる。


*音量の変化(強弱など)・・・

音量の変化は強弱に関係してくる。
強弱は、強さや弱さ、その変化などを相対的に感じさせるものであり、音色ともかかわってくる。
また、音量は小さいけれども強さを感じさせる音もある。

・「強弱」に関連する学習では・・・
ふさわしい強弱の設定、強弱を保ったり様々に変化させたりすること、強弱の変化、音楽の全体や部分における強弱の変化などについて指導することが考えられる。
なお、物理的な音量は小さいけれども強さを感じさせる音などを扱うことも考えられる。


*音楽の組み立て方(形式、構成など)・・・

旋律やリズムが反復、変化したり、あるいは対照的なものと組み合わさったりして、音楽としてのまとまりのある形が生み出される。
楽曲形式は、これが一般化されたものである。
また、反復、変化、対照などの音楽を構成する原理においては、多様な音楽に共通するものや、時代や民族などによって様々な特徴を持つものがある。
音楽はこれらの要素によって形づくられており、それぞれの要素は有機的に関連し合っている。
音楽をとらえるためには、このような音楽の構造の原理に注目することが必要となってくる。

・「形式」に関連する学習では・・・
二部形式、三部形式、ソナタ形式、我が国や諸外国の音楽に見られる様々な楽曲形式などについて指導することが考えられる。
なお、我が国の伝統音楽に見られる序破急、音頭一同形式などを扱うことも考えられる。

・「構成」に関連する学習では・・・
反復、変化、対照などの音楽を構成する原理などについて指導することが考えられる。
なお、我が国の伝統音楽に見られる手などの旋律型を基にした構成などを扱うことも考えられる。
小学校の音楽科における「反復」、「問いと答え」、「変化」などの学習との系統性をはかる観点から要素として「構成」が示された。


読んでわかるとおり、現行の学習指導要領とほとんど書かれていることは同じなのですが・・・。
小学校との系統性を強くしたこととまとめ方が整理されたことが特徴としてあげられると思います。
時間がなくて難しいとは思いますが、小学校の学習指導要領もあわせて読んでおくと諸要素の定義がよくわかり、参考になることでしょう。
次回は、中学校の学習指導要領の諸記号に出ている言葉について書きます。

小学校学習指導要領から

小学校指導要領解説「音楽編」より、共通事項(1)ア(ア)(イ)について抜き出してみます。
音楽を特徴付けている要素と音楽の仕組みについてです。
先日の研究討議でも話題となっていましたが、用語の定義を知っておくことはこれからの提案に生きてくると思うからです。
研究を進めていくと、とかく自分の思いで語り合ってしまい、意見のすれ違いが多くなりがちです。
同じ土俵で語り合うためにも、共通の言葉を持つ必要があります。


音楽を特徴付けている要素について

・「音色」とは・・・
声や楽器などから出すことができる様々な音の表情をさす。
一人の声や一つの楽器から、歌い方や楽器の演奏の仕方を工夫することによって、多様な音色を工夫することができる。

・「強弱」とは・・・
音の大きさ、音量のような絶対的な数値で表されるものだけでなく、楽曲の各部分で相対的に感じられるものである。
音色とかかわって、力強い音、優しい音などの音の質感によって強弱が表されることもある。

・「拍の流れ」とは・・・
音楽の拍が一定の時間的感覚をもって刻まれたり、間隔に伸び縮みが生じたりすることを指す。
こうした拍の流れを感じ取りながら音楽に合わせて歌ったり、演奏したり、拍の流れの伸び縮みによって生まれる音楽の微妙な変化に気づきながら音楽を聴いたりすることが求められる。

・「フレーズ」とは・・・
音楽の流れの中で、自然に区切られるまとまりを指している。

中学年ではさらに次の三つが加わります。

・「音の重なり」とは・・・
複数の高さの音が同時に鳴り響くことによって生まれる縦の関係である。
ここでは、音が重なり合うことによって生まれる響きのよさや美しさを感じ取ることが主なねらいである。

・「音階」とは・・・
ある音楽で用いられる基本的な音をおよそ1オクターブ内で高さの順に並べてものである。

・「調」とは・・・
主に長調と短調の2種類に代表されるものである。
小学校段階では、中学年においてはハ長調を、高学年においてはハ長調及びイ短調を取り扱うこととしている。

高学年ではさらに次の一つが加わります。

・「和声の響き」とは・・・
調のある音楽での音の重なりとその響きである。


音楽の仕組みについて

・「反復」とは・・・
リズムや旋律などが連続して繰り返される反復、音楽のいくつかの場所で合間をおいて繰り返される反復、A-B-Aの三部形式に見られる再現による反復などがある。

・「問いと答え」とは・・・
ある音やフレーズ、旋律に対して、一方のフレーズ、旋律が互いに呼応する関係にあるものを指す。
たとえば、Aという問いに対して同じようにAと答えるもの(模倣)、Aに対してBやCといった異なった音やフレーズ、旋律で答えるもの(対照)、長いAに対して短いBを挿入するもの(合いの手)などがある。
また、一人が歌いかけそれに大勢が答えて歌うという形式もある。

中学年ではさらに一つが加わります。

・「変化」とは・・・
音楽を特徴付けている要素及び音楽の仕組みのかかわり合いが変わることによって起こるものである。

高学年ではさらに一つが加わります。

・「和声の響き」とは・・・
調のある音楽での音の重なりとその響きである。

ここで述べられている音楽を特徴付けている要素及び音楽の仕組みは、特定の音楽にかかわるものではなく、世界の様々な国の音楽に共通に含まれるものです。
「音楽を形づくっている要素」とは、「音楽を特徴付けている要素」及び「音楽の仕組み」に加え、かし、歌い方や楽器の演奏の仕方、演奏形態など、音楽というものを形づくっている要素を含むものです。

・「曲想」とは・・・
その楽曲に固有な気分や雰囲気、味わい、表情を醸し出しているものである。
そして、この曲想を生み出しているのは、音楽を特徴付けている要素や音楽の仕組みのかかわりによって生み出される「楽曲の構造」である。


中学校の学習は、これら小学校の既習事項にさらに積み重ねられていくこととなります。
次は中学校について載せていきます。

一玉1000円!

盛岡のリンゴを頂いたのですが・・・
なんと値段が一玉1000円だそうで・・・w(゚o゚)w
でも、二種類入っているんだよなあ・・・両方とも1000円なのかなあ?
聞けばよかったなあ。

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赤い方が「サンふじ」で、黄色い方が「金星」。
そういえば「金星」って昨年の修学旅行の時にガイドさんが紹介していたっけ。
1000円と聞いたとたんになんだか急に高級に見えてしまい食べるのを躊躇する小心者の私(/ー\*)
思い切って切ってみると・・・

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蜜は入っているものの普通のリンゴ・・・
期待しすぎたのかなあ・・・(^-^;
味は甘くておいしかったけど。
特に「金星」の方は、食感も味も梨に似ていました。
梨の大好きな私にとってはうれしかったのですが・・・。
物の値段や価値ってどうやって決まるのでしょうね?
ちょっと考え込んでしまいました。

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カイはカイで靴の空き箱に入ってゆっくり寝ています。
最近、ストーブをつけているせいか一緒に寝てくれません(。>0<。)
寒い時だけ来ます。
猫って気まぐれというか・・・

マーラー「交響曲第7番」

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①クラウス・テンシュテッド指揮 ロンドン・フィルハーモニック 1993 Live
②クラウス・テンシュテッド指揮 ロンドン・フィルハーモニック 1980
③小澤征爾指揮 ボストン交響楽団 1989 Live
④レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1986
⑤レナード・バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー 1974 DVD
⑥ヘルマン・シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1953
⑦オットー・クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1968
⑧リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1994
⑨ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 1976 Live
⑩ハンス・ツェンダー指揮 ザール・ブリュッケン放送管弦楽団 1982 Live
⑪ピエール・ブーレーズ指揮 クリーブランド交響楽団 1994
⑫ワレリー・ゲルギエフ指揮 ロンドン交響楽団 2008 Live

マーラ作曲、交響曲第7番、全部で5楽章からなる交響曲。
1904年から1905年にかけて作曲されました。
第2楽章と第4楽章に「Nactmusik(夜の歌)」と表示のある楽章を含むため、通称「夜の歌」と呼ばれています。
第2楽章と第4楽章に限ってですが、得体の知れないものがうごめく夜、森閑とした中から微かに聞こえてくる彼岸のの響きがします。
なんとなくバルトークの音楽と似たような響き。
ニーチェの哲学的要素が曲に反映されているという説も。
第4楽章にはギターとマンドリンが使用されていて、夜の音楽を一層明確にします。
第1楽章の冒頭の弦楽器のリズムは、ボートで櫂を一掻きした時に思いついたのだとか。
バックに流れる低音の弦楽器をトレモロで演奏するのか、32分音符で演奏するのかで演奏者の解釈がわかれる部分です。
何かが小さい音ながらも存在感をはっきりと示しながら迫ってくるような感じがする32分音符での演奏の方が私は好きです。
それにのってテノール・ホルンが吹く複付点リズムの旋律の不安定さが印象に残ります。
第3楽章は、「影のように」としるされているスケルツオ。
第5楽章は、ティンパニのソロで開始される華やかなロンド・フィナーレ。
ハ長調の和音が途切れたと思ったら変イ長調の和音が顔を出すという変わり身の速さとと居心地の悪さ。

この曲はマーラーの交響曲の中であまり人気のない曲です。
響きが渋めで、内容も晦渋だからでしょうか?
ですが、交響曲史上これほどしなやかで柔軟性や自在さがあり、詩的な叙情をたたえているな曲は存在しないのではないかと私は思っています。
第1楽章の途中に現れるトロンボーンのソロ。
作曲者自身の姿を表現していると言われているこの部分が深い悲しみを表しているようで何度聞いても心を打ちます。

⑧は私の大好きなロイヤル・コンセルトヘボウの演奏。
メンゲルベルクという指揮者が使っていたティンパニがいい音をさせているんだなあ。
⑥と⑩は作曲家でもある指揮者の演奏。
シェルヘンはマーラーの曲を演奏する時には自分が作曲したものと思い込むぐらい感情移入していたとのこと。
ツェンダーの指揮は、昔パルス21という札幌のCD店でかかっていてそのあまりにも見通しのよい演奏にビックリしたもの。
かなりいい指揮者だと思いますよ!
①②のテンシュテッドの演奏は狂気をはらんだ演奏。
この間の研究大会の最後に紹介した交響曲第8番(マーラー作曲)の映像は、このテンシュテッドの指揮です。
⑨のクーベリックの演奏は、情熱と曲の構造とのバランスが最高。
改めてこの曲が交響曲であるということを認識させてくれます。
⑦のクレンペラーのものは、非常に速度が遅いのだけれども、そこから引き出される情報量の多さに驚かされます。
⑫のゲルギエフの演奏は、かなり推進力のある演奏。
ロンドン交響楽団の音が引き締まったいい響きをしています。
Live特有のスリリングさも魅力です。
ブーレーズの演奏に次いで、最近はけっこうこのCDを聞いています。
③の小澤征爾の第5楽章の変わり身の速さと居心地の悪さの表現は最高。
④⑤のバーンスタインはこの曲からも熱い感情を引き出しています。
私が大好きな演奏は⑪のブーレーズ指揮のもの。
それまでも好きな曲だったのだけれども、ブーレーズの演奏を聞いて曲が何を言わんとしているのかがわかったような気がしました。
このCDを聞いてさらに第7番が好きになったのです。
叶わない夢だけれども、ブーレーズ指揮のロンドン交響楽団で演奏を聞いてみたかったです。
もしくは、ハイティンク指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。

「響感」の意図するところ

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本格的な冬といった感じですね~snow
屋根にできたつららが太陽の光に照らされてキラキラしていましたshine

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

「響感」についてふれておきます。

前回の岩見沢大会では、
「わかる」・・・音楽の諸要素や特徴を聴き取ったり感じ取ったりする。
「できる」・・・感じ取ったり聴き取ったりしたことをもとに表現を工夫する。
「わかちあう」・・・お互いに伝え合うことにより、自己の表現や感じ方や聴き方を深めたり広げたりする。
この三つのサイクルによる学習を通して、一人ひとりの感動を「共感~共に感動」というより一層深められ、高められたものにするというのが大会主題の意図するところでした。
このテーマのもと、研究と実践を積み重ねてきたのですが次のような指摘を受けました。

①「わかる」の次に「できる」、「できる」の次に「わかちあう」というように「わかる・できる・わかちあう」は段階的につながるものなのか?
「できる」ことによって「わかる」こともあるだろうし、「わかちあう」ことによって「わかる」こともあるのではないか?
段階的に発展するのではなく、授業の中で3つのサイクルが常にくるくると回り続けているのではないか?

②「感動」は学習の最終的な段階で初めて生じるものなのか?
音や音楽と出会った時のほんのちょっとの心の動きは「感動」と言えないのか?
音や音楽と出会っても全く心が動かない場合だってある。そこから授業がスタートすることもあるのではないか?
音や音楽以外のつながりも授業には存在するのではないか?たとえば、教師と子ども、子どもと子ども、教科書と子ども、インターネットと子ども・・・など。それらの響きあいによって「感動」は生まれるのではないか?

①の指摘を受けて、今回の大会では「わかる・できる・わかちあう」を段階的にとらえるのではなく、サイクルとしてとらえることとしました。
仲間と伝えあうことによって、音楽の特徴がわかるときってありますよね。
自分だけでは気づかなかったことが、他の仲間と交流することによって自分の書きたかったことが明確になる場合もあります。
「わかる」「できる」「わかちあう」のどこからでも学習はスタートするということです。

②の指摘を受けて今回は「響感」という言葉を使いました。
「響感」とは感動の最終的に深まった状態のみを指すものではありません。
今回の授業を例にとって説明すると・・・
「小フーガト短調」やパイプオルガンを一度も耳にしたことがない子ども。
この子どもは「小フーガト短調」やパイプオルガンとのつながりが全くない状態と言えます。
また、「ハゲの歌」という曲を通して「小フーガト短調」の旋律とつながりのある子ども、パイプオルガンの音を耳にしたことがあるという子ども。
これらの子どもは「小フーガト短調」やパイプオルガンと細い細いつながりがあると言えます。
授業を通して、「小フーガト短調」という曲やパイプオルガンという楽器に出会い、響きあうことにより全くなかったつながりを生じさせたり、細かったつながりを太くしたり・・・。
このように曲や楽器と子どもとが響きあっていることを「響感」と表現しています。
授業の中で、子どもと私とのやりとりによってさらに曲や楽器とのつながりが太くなる。
子どもと私とが響きあっているのですから、これも「響感」です。
つまり、「響感」とは教室のどこにでも存在しており、どの段階にも存在していると言うことです。
そして、「わかる・できる・わかちあう」ということを大切にした授業により、「響感」はさらに深まった状態となります。
パイプオルガンの音の出る仕組みがわかったり、音色を変化させる仕組みがわかったり、「小フーガト短調」の仕組みを聴き取ることができたり・・・。
学習を通して、全くなかった心の動きやほんの少しの感動をより大きな感動へとつなげることをめざしているのです。

今回の指導案では・・・
第1次の第1時は「小フーガト短調」という曲とパイプオルガンという楽器との「響感」です。
第1次の第2時は「フーガ形式」との「響感」です。
第1次の第3時は作曲者J.S.Bachや仲間との「響感」です。
第2次の第1時は「魔法のフルーツバスケット」という曲との「響感」です。
第2次の第2時は仲間の演奏、仲間との「響感」です。

思いを一つに

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雪景色の外を見るカイsnow
一度雪の中にボサッとおいたのですが大慌てで家の中に駆け込んでしまいましたsweat01
それ以来、外に行くのはだっこの時だけ・・・。
屋根雪の落ちる音に驚いては家の中を走りまわっているカイでしたhappy01
「きっと溶けるんだろうなあ」と思ってはいたものの、あまりにもたくさんの量の雪が積もったために今年初めての除雪。
いや~、いい汗をかきました。
カロリーはどのくらい消費したのかな。
今晩のお酒bottleがおいしそう・・・w(゚o゚)w・・・これじゃなんにもならないか。

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18日の研究授業のことについてたくさんの方からメールや電話を頂いています。

今回の学級は、昨年度の5月に公開した時と同じ生徒を使っています。
中学校に入学したばっかりの、しかも初めての鑑賞の授業。
ちょっと怪しげな絵を描いたり、思いつきで発言していた子どもたち。
その子どもたちが1年半の学習でどのように変容しているのか・・・。
それを見てもらうためにも、今回は2年生で授業を公開してみました。
追跡調査的な公開授業って滅多にないですよね。
ある意味で私の挑戦だったのですが・・・。
こんな私の意図をちゃんとわかってくれていて、しかも子どもの変容も的確に見抜き、メールで伝えてくれた仲間もいます。
うれしかったですshine

また、研究討議での「音色」の話題になった時のこと。
前回の北海道音楽教育研究大会岩見沢大会では、この「音色」の解釈についてみんなでかなり頭を悩ませました。
「奏法によって音色は変わるのか」・・・。
私たちは考えた末に、「音色は奏法によっても変わる」と一つの結論を導き出し、定義づけて提案しました。
その結果、今回の学習指導要領解説では「音色」について次のように定義されることとなりました。

「音色」に関する学習では、声や楽器の音色、自然音や環境音、曲種に応じた発声及び楽器の奏法による様々な音色、それらの組み合わせや変化などが生み出す響きなどについて指導すること・・・

前回の私たちの苦労が報われました。
ちょうど、この「音色」について私が質問に答えている時に、前回の大会の時に「奏法による音色」にこだわって勉強していた先生の顔が思い出されました。
あとになってメールのやりとりで知ったのですが、その先生もちょうどあの時のことを考えていたというのです。
別に顔を見合わせたわけでもないのに、思いってつながるものなんですね。

また、一人ひとり考え方、感じ方も生き方も違う人間が、それぞれ思いを一つにすることによって創りあげられる「響き」を味わってほしくて最後に視聴してもらったマーラーの交響曲第8番の第2楽章。
通称、「千人の交響曲」とも言われている曲です。
この曲に、私は来年度の北海道音楽研究大会に向けてのメッセージをこめてみました。
空知の音楽科教員が、それぞれの持っているものを出し合うことによって生まれる空知ならではの「響き」。
考え方や感じ方、生き方は違うかもしれないけれども、思いを一つにすることはできるはず。
子どもたち一人ひとりが音楽とであった時の感動を大切にし、子どもたちのための音楽科教育をめざすこと。
ちゃんとその意味をわかってくれた方の存在に胸が熱くなりました。
この先、いろんなことがあると思いますがみんなでのりきっていきましょう!

怒濤の一週間

バタバタと慌ただしい一週間も昨日の夜の宴で一段落。
砂川の日本酒道場「橋(きょう)」というお店のおでんと日本酒bottleで締めくくりました。
最後に飲ませてもらった「十四代」という山形のお酒はうまかったなあ・・・。
300本しか造らないお酒で、そのうちの11本目がそこのお店にありました。
北海道では2店しかおいていないとか。
違うお酒を注文しようとしたら「それは次に来た時に。今日はこれを飲んでみないかい?」。
なんだかお店の主人に気に入られたようで・・・(*^.^*)
その後はおでんだしのうどん。
飲み始めは二人だったのですが、昔の同僚を電話で呼び出し、3人で楽しい一時となりました。
人と話をするのって最高です!
それがなくなったら・・・つまらないです。

今日は予定通りに欠礼のはがきを作成。
なんとか25日に出せることになりました。
次は、調理実習の計画と教育課程研の資料を作ります。
年度末反省もあるし、卒業式の曲も編曲しなきゃならないし、計画的に日々を生活していかなきゃ!

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しっぽがふさふさのカイ。
まるで「犬夜叉」のようヾ(´ε`*)ゝ
おまじないをかけているようでしょ?

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ダンゴムシ猫、カイ。
時々自分のしっぽをかじって遊んでいます・・・。

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テレビゲーム「動物の森」のカーソルを追いかけるカイ。
テレビに飛びついたりするので、時々怒られます(;ω;)

いきなり銀世界!

朝起きてビックリ!!(゚ロ゚屮)屮
約30センチはあろうかと思われる積雪。
しかも吹雪気味。
人事協議があるのに奈井江まで行けるのか???

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いきなりの積雪で通勤途中にバスが電柱にぶつかっていたり、トラックが落ちていたりといった光景が見られたそうです。
みなさん気をつけましょう!
私も吹雪の中、奈井江まで往復してきました・・・。
吹雪はその後もやむことはなく、部活動が中止となってしまいました。

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夕方の冬の景色。
雑草も雪に埋まり、さすがに寒そうsnow
子どもたちは下校前に雪合戦をして遊んでいましたが・・・。

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昔、雪を写したら真っ黒な玉になってしまったので、今回はフラッシュをたいてみました。
空から降ってきた雪が見えますか?

研究授業の終わった日はベートーヴェンの交響曲第9番を聞いていました。
なんとなく興奮冷めやらず、そんなハイな時にはやっぱり第9かな、と。
特に第4楽章はそんな時にしか聞けません。
指揮者はシェーンベルクの弟子、レイボヴィッツ。
所々に違う音が聞こえてきたり、あるはずの音がなかったり・・・。
自分の考えている音楽を響かせるための手段なのでしょう。
でも、どのパートも生き生きと表現していて、しかも快速の魅力ある演奏です。

あたたかい授業を!

昨日の授業というか私の子どもとの接し方について、問い合わせのメールと電話が数多く寄せられたので考えていることを書きます。
自分の過去をさらけ出すようで昔は話をするのはイヤでした。
でも、今は過去の自分と向き合うことができる自分になったので・・・。

以前、このブログにも書いたのですが私と音楽との出会いは決して幸せに満ちたものではありません。
小学校2年生の時、音楽専科の先生の一言で学校に行けなくなってしまったからです。
その一言は今でも忘れることができません。
「あんたは音痴だから歌わないで!」
ショックでした・・・。
音楽の授業がある日は近くの広場にある土管に隠れる日々。
そうするうちに親に見つかってしまい、ひどく怒られました。
それからは大変。
音楽のある日は学校に行きたくない、行きたくないけれども親に怒られる。
自然とおなかが痛くなったり、頭が痛くなったり・・・。
人間の身体ってちゃんと正直にできているものですよね。
そして、小学校6年生まで私は歌うことを放棄しました・・・。

その苦しみから解放されたのは中学校に入学してから。
中学校の音楽の先生がすばらしい人格者だったのです。
また、音楽好きの母が心配して無理矢理習わせたピアノの先生も優しく包み込んでくれる方でした。
そして、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番OP.111第2楽章との出会い。
それが今の私を支えています。
それでも私が将来なりたかったものは福祉関係の職業。
教師は考えていませんでした。
希望する大学に入学することができず、浪人してようやく合格した教育大学釧路。
点数が低かったので音楽で入ってみようと考えたのが今につながっています。
本当に不純な動機だったのです。
ただ、音楽は大好きになっていたので入学できたら必死に努力しようという覚悟はできていました。
朝の5時6時から、夜の9時10時まで毎日ピアノと歌の練習。
そして教育実習。
全道でも3本の指に入ると言われた荒れた学校でした・・・。
そこの子どもたちと接するうちに、荒れている子どもたちが自分に似ていることに気づきました。
その子どもたちとの出会いがあって、教師になろうと強く決意しました。
体育館で囲まれたり、大変な思いをしたのに・・・。
「小学校時代の自分と同じ思いをする子どもを作らない」
「子どもを音楽嫌いにさせない」
「自分のやれることで子どもを救いたい」
それが私の決意です。

私には音楽の才能がありません。
初見での歌やピアノ演奏はまるでダメです。
歌に関しては音程がかなり不安定で怪しいです。
耳も悪いです。
旋律を覚えるのにもかなりの時間がかかります。
人一倍時間をかけて練習することでカバーしてきました。
うらやんでばかり、嘆いてばかりいても仕方ないからです。
だからいまだに人前で演奏するのがイヤでイヤで・・・劣等感があるのです。

その分、私には子どもがどこでつまずくのかがわかります。
どこの音程がうまく歌えないのか、音楽を聞いて何を言わんとしているのか・・・。
それは私が苦労してきた部分だからです。
私と同じ思いをさせないためにも何とかしてあげたい。
私自身がそのための実験台です。
私自身の力量を高めていかないと目の前の子どもたちを救うことなんてできません。
だからこそ、いまだに機会をつくって勉強している状態です。

あたたかい目で、やさしさをもって見てあげて下さい。
音程を外しても、とんちんかんな答えをしても粘り強く接してあげて下さい。
受けとめ、認めてあげて下さい。
ほんのちょっとの成長をほめてあげて下さい。
それは過去の私の声です。

そうは言っても私は厳しいですよ!
授業を乱す子どもたちは許しませんから!
とめどもない話ですいません。
なぜ子どもの発言や思いを受けとめ、認めようと必死なのか・・・それにはこんな自分の過去があるからなのです。

楽しかった~!

どの音源をどの場面で使おうか?
この映像はいつ見せようか?
具体的に授業の流れを最終決定したのが前日の夜。

今朝は今朝で、ピアノ運搬の準備中に手を切ってしまい結構な出血・・・( ̄Д ̄;;

授業中は「音が出ない!」と思ったら音量を上げてないだけ・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

やっぱりB型の私でした・・・。
肝心な時に何かしらやらかしてしまいます(*^.^*)

昨日の晩から今朝にかけてたくさんの電話やメールでの応援。
授業が終わった頃のお疲れ様メール。
暖かいことばに励まされて授業を公開することができました。
本当にうれしかったです。
仲間のつながりを実感することができました。

そしてたくさんの方々の参加。
60部印刷した研究資料が3部しか残りませんでした。
たくさんの方々に参加してもらうことができてとてもありがたかったです。

音楽室で準備していると教育大学の尾藤教授が来ました。
「記録としてビデオに録画させて下さい」
「マイクをつけてMDへの録音に挑戦してみませんか?」
その言葉にびびる私。゜゜(´□`。)°゜。
人一倍の恥ずかしがり屋で、授業を一期一会と考えている私。
記録されるのが大嫌いなのです(@Д@;
「授業が始まってしまえば気になりませんから」
「どの発問で子どもの考えを引き出していったのか、他の方々にとっての貴重な研究資料になるんですから」
と笑って話する尾藤教授に説得され結局はつけることに。
でも、本当に授業をするうちに気にならなくなりました。
このように記録も取ってありますので、見たい方は連絡ください。

授業はやっていてこんなに楽しかったことはありませんでした。
次から次へと子どもたちが感じ取ったり気づいたりして発言してくれるのです。
しかも答えてほしい、気づいてほしい、感じ取ってほしいと思っていることが次々と・・・。
いつもの授業を当たり前に公開できたのですが、これまでの経験や研究に支えられた柔軟性のある授業といったらいいのでしょうか・・・。
現在の段階でこれ以上の授業は私にはできません。
自己満足といわれますね・・・ε-( ̄ヘ ̄)┌ 。

今日のような授業ができたのもこれまでであった様々な方々のおかげです。
本当に本当に感謝しています。
ありがとうございました。

最後に「小学校と中学校では指導に違いがあると思っていたのに実は同じだったんですね。先生の授業を見てそう感じました。」という一言がとてもうれしかったです。
小学校の先生方のようなていねいな授業というのが私の理想でした。
その意味で私にとっての最高のほめことばです。

詳しい研究のことについては次回以降書きます。

「仮面舞踏会」

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護国寺の風景です。
境内から町の方を写してみました。

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柿がなっているなんて・・・
やっぱり北海道とは違いますね(◎´∀`)ノ

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

研究大会の準備をして、東京に行った時の写真を編集しようとしているとフィギュアスケートが始まりました。
浅田真央選手のフリーが始まります。
昨日は飲みに出かけていたのでショートプログラムを見ることができませんでした(ρ_;)
フリーの前に昨日の映像が流れたのでうれしかったです。
ショートプログラムはドビュッシーの「月の光」。
いい選曲だなあ、と思ってたらオーケストラ編曲版。
オーケストラ編曲はストコフスキーですかね?
う~ん・・・昨年の幻想即興曲のようにピアノの原曲をベースにした方が繊細さと可憐さといった浅田選手のよさが出たのではないかと思いました。
細やかな表現のできる選手ですから。

そして、フリーの曲は・・・
「仮面舞踏会」。
ヴェルディ?と思ったら・・・
ハチャトウリアンの「仮面舞踏会」からワルツでした(≧m≦)
あのテンポが変わらず、重々しい音で繰り返しの多い曲をどう踊るのか?
興味津々で演技を見ていました。
あの音楽にはやはりあの黒い衣装しかないですよね。
表現するには難しいあの曲をよくまとめたなあ。
失敗は多かったけど、挑戦していかないとまとめの試合には使えないし。
子どもたちにもよく言うのですが、練習してきたことを試合で試してみることが大切なのです。
勝ちという目の前のことにとらわれすぎて安全策ばかりだと長い目で見た時の成長は望めない。
それをやらないで逃げてばかりいては、結局はその技術は身についていかない。
どの場面で何を試していくのか、一番大切な中体連でそれをやってしまっては元も子もありませんから。
中体連は最終の仕上げですから、その前の試合で徐々に試していくことが大切なのです。
一戦目から試していく浅田選手のやり方に私は賛成です。
きっと次の大会までに修正して自信のあるもので勝負をかけていくのでしょう。
目標としているのは次ののオリンピックなのではないでしょうか?

それにしても音楽を表現する才能のなんとすばらしいことか。
音楽を聴き取ったり感じ取ったりして自分のものにしていないとあそこまでの表現はできないと思うのです。
浅田選手の表現を見ていると音楽が聞こえてくる感じがします。
個人の意見ですが、どの選手にもないすばらしさだと私は思っています。
失敗しても泣き言を言わないし、試合の前に大きなことも言わないし。
今年の楽しみがまたまた増えました。

「マエストロ」

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さそうあきらさんの「マエストロ」というコミックを知っていますか?
最初は「あ~、指揮者の物語か・・・」。
くらいにしか思っていなくて買う気にもならなかったのですが・・・。
でも、やっぱり気になりだして買って読み始めたところ、これがすごくおもしろい。
たかが漫画と侮る無かれ!
何で今まで読まなかったんだろう、と後悔しています。
話の内容は・・・

財政難で解散させられた中央交響楽団。
そのオーケストラを自費で雇った指揮者天道徹三郎。
演奏するのは「交響曲第5番(ベートーヴェン作曲)」と「交響曲第8番(シューベルト)」。
本番のステージで演奏されるまでの練習の風景、そしてそこにあるオーケストラ団員の様々な人間模様。
まるで「コーラスライン」のオーケストラ版。
オーケストラの奏者はただ曲を演奏しているのではなく、一つの音を出すために身体を張り、音に魂をこめていく。
奏でられている音楽にはその奏者の生き様が反映されているもの、ということに改めて気づかされます。
ついついオーケストラとしてひとまとまりに見てしまうのだけれども・・・。
一人が全体に埋没しているのではなく、一人ひとりの人間としての生き方が生かされて一つの響きとなっていく。
曲の進行や響きに合わせてそれぞれの楽器のことも語られており、一つの音楽が完成されていくドラマが見事に表現されています。
そして、棒を振ることにより自分の頭に思い描いている音楽をオーケストラから引き出す指揮者。
指揮者の一挙一動が同じオーケストラとは思えない響きを生み出していく。
決して上手な絵ではないのだけれども、音楽が伝わってくるんだなあ・・・。
曲の解釈もしっかりと押さえてあり、それを説明する言葉と絵が絶妙。
シューベルトの交響曲第8番の深遠さをここまで見つめていることに驚きました。
なぜ、なんのために自費でオーケストラを雇い演奏するのか?
二つの意味があるのだけれども、興味のある方はぜひコミックを買って下さい。
最後には静かな感動が心に残りますから・・・。
私は読み終わったあとシューベルトの交響曲第8番が頭から離れませんでいた。

さてさて、この「マエストロ」を読んで思い出したのは指揮者の宇宿允人(うすきまさと)さん。
自分の理想の音楽を奏でるためにオーケストラを自費で雇い、コンサートを開いていく実在の人物です。
昔、NHKで特集をやっていたのでご覧になった方もいるのではないでしょうか?
非常に厳しい練習で、奏者を罵倒するわ、泣かすわ、できるまで何度でもやらせるわ・・・でよく団員もついていくなあ、と思って見ていました。
でも、指揮台から降りた時は非常に心優しく・・・。
団員のことをちゃんと考え、音楽の基礎的なものを教えていこうとする真摯な姿勢。
まるで「マエストロ」の天道徹三郎そのものです。
取り上げている曲も「交響曲第5番(ベートーヴェン)」と「交響曲第8番(シューベルト)」というのも共通するところ。
きっと参考にしたんじゃないかなあ。
宇宿さんも大阪出身だし。
練習の厳しさからオーケストラに理解されなくなって、自ら去っていったところも似ているし。

そして、ベートーヴェンの交響曲第5番。
「運命」とも言われている曲。
この曲の冒頭は弦楽器とクラリネットで書かれています。
でも、クラリネットの響きがなかなかわからないんだなあ・・・。
「マエストロ」ではそこに焦点を当てて、「クラリネットを重ねることによってベートーヴェンがどんな響きを生み出そうとしていたのか」ということを描き出す場面があります。
このクラリネットが加わることによるきしみが表現されている演奏を私は一つ知っています。
ヘルベルト・ケーゲル指揮のドレスデンフィルハーモニーの演奏です。
まさに「マエストロ」で表現されている絵がオーケストラの響きとして再現されています。

もう一つ、ルネ・レイボヴィッツ指揮のニューシンフォニーオーケストラによるベートーヴェンの交響曲全集が届いたので聴いてみました。
これがまたすごいんだなあ・・・。
1960年代の演奏とは思えないくらいの透明感あふれる演奏です。
音の一つひとつが生き生きとしています。
それぞれのパートが意志を持って生きているみたい。
五枚で2000円のCD。
非常に得をした気分でいますnotes

早口ことば

11月18日の研究大会が迫ってきました。
今までのように研究の経過を書く余裕がなかったので、ブログに書いたものから関連するものを印刷することにしました。
このブログを読みたくても読めない方がいることを知ったからです。
結構な枚数になるんだよなあ・・・。
当日帳合いのお手伝いを頼めるのかなあ・・・。

仕事の合間に子どもたちが読んでいた早口ことばを紹介します。
これがなかなか難しい・・・Σ(;・∀・)

カエルピョコピョコ三ピョコピョコ
合わせてピョコピョコ六ピョコピョコと書かれた
赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ茶パジャマを持っている
東京特許許可局局長の客はよく柿食う客で
生麦生米生卵も好きだったが、
諸首相詐称祖訴訟勝訴記念に地図帳でチェジュ島を探しながら
404泊405日かけて
新春シャンソンショーを見に行く予定だった疑似自殺を目論む
ガス撒くバス待つ僕がバスガス爆発で吹っ飛んで
裏庭には二羽庭には二羽鶏を飼っている坊主が丈夫な屏風に上手に丈夫な坊主の絵を描くと、
高くくった鷹狩ったカッター買った肩硬かった方が高かった肩叩き機買った。
しかし、釘が気になるので引き抜こうとしたら、
「この釘引き抜きにくい」と言い、
高かった肩叩き機を
「すももも桃も桃のうち」というメーカーの超高速増殖少食長足緑色草食恐竜型の車種三種類と交換した。
ところがその車で有料路走行中、変な人が現れ、
御者座を見ながらすぐそこの竹垣に竹立てかけた。
向こうの竹垣にも竹立てかけた。
すると、またさらに変な人が現れ、
「この竹垣になぜ竹立てかけた?」
「竹立てかけたさに竹立てかけた」
「じゃあ、あの女の縫う布の名は何?」
「あの布は名のない布なの」
「ところでどこに行くの?中枢抽出手術技術の輸出入中でしょ?」
「2ミリのミニ耳見に行くの」
「それならお綾や、母親にお謝りなさい」
という会話がなされた。

どうです?
つっかからずに読めました?
打つのにもかなり頭を使っていい気分転換となりました( ̄ー+ ̄)

「小フーガト短調」⑤

18日の授業に向けて、いろんな方々から励ましやら質問やらが来ています。
本当にありがたいことです。
こんな中で授業を公開できるということは本当に幸せなことです。
地味な地味な実践です。
目新しいことは何もありません。
派手なものもありません。
ごくごく日常にあふれている授業です。
そんな授業ですが精一杯子どものために準備しています。

今日は授業の組み立てを考えてみました。

①「小フーガト短調」全曲を音のみで聴く。・・・4分
最初に雰囲気を和らげる話はすると思います。
でも、授業はまず「小フーガト短調」を聴くことから始めたいと考えています。
しかも、部分ではなく全曲を。
丸ごと子どもたちに聴かせて一人ひとりが何に注目するのかを問うてみたいのです。
「ハゲの歌」の影響で笑いが起きてしまうかもしれません。
その時は一度止めて曲を知っているかどうか質問してみようと思います。

②「気づいたこと」と「感じたこと」をワークシートに記入・・・7分
第1次の聴き取りになります。
最後の授業になった時にこの印象がどう変化しているか楽しみです。
自分の聴き方をどこまで成長させることができるのでしょう?
小さめに曲を流しながら書かせようと考えています。
書いたことの交流も。

③パイプオルガンという楽器を想像してみる・・・16分
「なんていう楽器で演奏されていると思う?」と質問すると「パイプオルガン」と答えることでしょう。
すかさず、「パイプオルガンってどんな形をしていると思う?」と絵などで表現させたあと、交流します。
ここでも曲を小さく流しておきます。
その後、パイプオルガンを映像で確認し、ワークシートにコンソールとパイプのことを記入します。
この時には「小フーガト短調」を全曲視聴します。

④パイプオルガンの楽器の構造を確認・・・13分
コンソールとパイプなどについて説明した映像を見せます。
おんかんで作成したDVDにしようか、東京カテドラルのDVDを使用しようかまだ迷っています。
ただし、足鍵盤については「パガニーニの主題による変奏曲」よりを視聴させ、関心・意欲を高めます。
ワークシートに、音の出る仕組みについて記入します。

⑤まとめとして「小フーガト短調」を視聴します。・・・10分
ワークシートに楽器の音色と響きについて感じたことを書きます。
時間があれば書いたことの交流を考えています。

このような流れを考えています。
今はすっかり東京カテドラルのパイプオルガンの響きにのめり込んでいますlovely

霜の朝

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出勤しようとドアを開けると辺り一面の霜。
昨日に続いての光景に冬の足音を聞く思いでしたw(゚o゚)w
写真ではわからないかもしれませんが、朝日に照らされて光輝いていましたflair

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霜の朝は草も寒そう。。。
雪の華、といったところですかね。

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樺戸山の麓にはまだまだ紅葉がmaple
黄色の落葉松林がとても美しいです。
葉っぱが全部落ちないうちに写真を撮りに行きたいなあ。。。

そうそう、東京の街を歩いていてギンナンのにおいがけっこう気になりました。
都会にも自然のにおいが豊富にあるんだな、って。

ここ何日間かは200から300というアクセス数が続いています。
ありがたいことです。
写真が楽しみですという声もあり、うれしい気分で一杯ですm(_ _)m。

悲しみの表し方

教員になったばかりの頃、次のようなできごとがありました。

ある子どもの弟が病気で突然亡くなったのです。
何日間か入院していたのですが、「あいつ、もう死ぬんだ」なんて軽く口に出していたようです。
亡くなった当日も「何かあったの?」と尋ねる級友に「あ~、死んだ」の一言だけ。
そのやりとりをずっと見ていた担任は「どうしてあんなこと軽々しく言うのかな?やさしさがないんだよね」と職員室でその子どものことを評価していました。
でも、私にはそうは見えませんでした。
弟が亡くなったという事実を受け入れたくないだけなんじゃないかと・・・。
私には、悲しみのあまり、強がっているようにしか見えなかったのです。
その担任としては、弟が亡くなった時、嘆き悲しむ姿がほしかったのでしょうか?
大声で泣く姿を見たかったのでしょうか?
悲しそうにうちひしがれる顔が見たかったのでしょうか?

話はこれだけではありません。
その子を励まそうとたくさんの子どもや保護者が葬儀に参列しました。
その葬儀が終わった次の日のこと。
「お前ビービーと泣いていたよな」
「俺の母さん大きな声で泣くから恥ずかしかったよ」
と教室で大きな声で話する子どもがいたそうです。
しかも葬儀の時にも大きな態度で参列していたとか・・・。
担任は「あの子は非常識で冷たい人間だ」とまたまた職員室で評価していました。
確かに態度が悪いことは注意すべきでしょう。
その場にあった行動の仕方というものがありますから。
でも、本当に冷たくて非常識な人間なのでしょうか?
中学生という多感な時期、自分の弱さを人に見せるのが恥ずかしかったり、親を批判的に見てしまったりすることはよくあることです。
本当は自分も同じ気持ちでいるのに、人前で悲しみを見せることが自分の弱さをさらけ出すことと考えてしまう。
悲しみが深ければ深いほど、逆の行動をとってしまう。

泣かなかったからやさしさがないと言えるのでしょうか?
やさしい言葉を口にしなかったから冷たいと言えるのでしょうか?
悲しい顔をしていないから心がないと言えるのでしょうか?
何事もなかったように平気な顔で生活しているからやさしくないと言えるのでしょうか?

自分の心の悲しさをまっすぐに表現する人。
悲しければ悲しいほど、逆の行動をとってしまう人。
人前では悲しさを見せないけれども、一人になった時にじっと悲しみに耐える人。
悲しみを忘れようとわざと明るくふるまう人。

悲しみの表現はそれぞれだと思うのです。
自分の価値観だけで判断するのはとても怖いことだなあと思います。
やさしさがない、冷たい、非常識・・・そう評価している自分の方がそのような人間なのかもしれません。
目に見えない、わかりにくい心の中だからこそ表面に現れている現象に惑わされてはならないと考えます。
どうしてこんな行動を?と疑問に思ってしまうこともあるでしょう。
でも、すぐに結論づけないでよく見てあげてください。
実はもっと自分をわかってほしいと思っているかもしれないのですから・・・。

私自身が表面にうまく出せない人間なのです。
天の邪鬼に行動してしまいます。
わかっているのに逆のことをしてしまい、そして理解されなかったと嘆く。
同じような子どもを見るとついつい放っておけなくなるのです。

「小フーガト短調」④

夕方の気温が低いためか夕焼けがすごくきれいですshine
赤く染まった空の上には「宵の明星(金星)」。
そのちょっと上には「木星」が輝いています。
その反対側にはお月様fullmoon
仕事で疲れた心をいやしてくれます。
みなさんは夜空を見ていますか?

さて、東京の研修会と葬儀を終え、指導案の文言を見直してみました。
なかなか納得のいく言葉が出てこないんだなあ・・・。
自分の語彙の少なさにあきれています。

「東京カテドラル」のパイプオルガンを体験してからというもの、やはりあの響きを子どもたちに伝えたいという思いが一層強くなりました。
天井にいくにしたがって細くなっていく高い屋根。
あの長い長い残響が地面から天井に徐々に音量を落としながらふわっと消えていく様はまるで音が天に向かっているかのよう。
その音にのって私の心も天に昇っていく感じがするのです。
パイプオルガンのパイプの音色が重なりあうことによって生まれる響き。
フーガ形式の声部と声部の音色が織りなすことによって生まれる響き。
長い残響のために音と音とが重なりあって生まれる響き。
教会では、コンサートホールのパイプオルガン以上に間のとり方には気を遣うと思うのです。
これは体験しないとわからないものでした。
何とか私が体験したあの響きを子どもたちに伝えられないものだろうか・・・。
その観点から指導案をもう一度見直してみたのです。
現段階のものを添付しておきますので、よかったら読んでください。
これからは授業の具体的な流れに取りかかろうと思います。

「fuge2.pdf」をダウンロード

DVDを視聴することにより私は「東京カテドラル」と出会いました。
その出会いはこれまでの私のパイプオルガン体験を大きく揺さぶるもの。
その大きな感動は実際に自分の目と耳で確かめる行動を取らせるまでのもの。
心を大きく揺さぶられました。
決して大げさではなく自分の人生が大きく変わったような感じがします。
たった1枚のDVD。
その出会いはあまりにも衝撃的でした。
今は買ってきたCDであのときに体験した響きをもう一度思い返しています。
シュッツの合唱曲が入ったCDも買ってくればよかったなあ・・・。
誰か行く時があったら教えてください。

国立西洋美術館

ロダンの彫刻「接吻」を見に国立西洋美術館へ。
16才の自分と向き合うためのものです。
この年になってようやくです。
フェルメール展もやっていましたが、私にとってはそれ以上に価値ある作品なのです。

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(・_・)エッ....?
これはロダンの彫刻ではなくて・・・西郷さん。

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中にあるものは撮影禁止なので前庭にあるものを写してきました。
これは「地獄の門」。
拡大してみると・・・

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どこかで見たことがあるものですよね?
それを拡大すると・・・

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そう、有名な「考える人」に。
どちらの手をあごにつけているか、というクイズもありましたよね?P1000433

この作品は「カレーの市民」。
ロダンを堪能してきました。
「接吻」は見ているうちになんとも言えない感情がわいてきて時間を忘れて見入っていました。
ロダンばかりでなく、モネやルノワールなどの絵画も堪能してきましたよ(゚ー゚)

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最後はやっぱり東京音楽大学(芸術大学)奏楽堂へ。
コンサートのため中には入れませんでしたが、ここで滝廉太郎も演奏していたのかと思うと感動がわき起こってきました。
このあとは「岳陽」という小さな中華飯店でご飯。
すごくおいしかったんですよ!

 

東京カテドラル

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曲線美の美しい建物でした。
空から見ると十字架の形になっているのが航空写真で確認できます。
残念ながら大聖堂の中は撮影禁止でした・・・。

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中に入るとなにやら音楽が聞こえてきます。
毎年「レクイエムの集い」と称して魂の慰めのための音楽会を開いているのだそうです。
幸運にも、そのリハーサルの時間だったのです。
すばらしい合唱と独唱、笛、ハープ、そしてパイプオルガン。
コンサートホールでは味わえない別世界でした。
音はするのですが、正面を見ても大きい十字架があるだけ。
パイプオルガンが見あたりません。
ぐるっと見渡すと・・・なんと!後方にありました。
教会でのパイプオルガンはまるで音が天から降り注ぐ感じでした。
コンサートホールの響きわたるものとは違い包み込むようなやさしさにあふれています。
生まれて初めて味わう体験でした。
オルガンを見上げていると、特別に少しさわらせてくれるとのこと。
シューベルトの即興曲OP.142-2をほんのちょっと鳴らしてみました。
「バッハじゃないんですか?」と笑われましたが・・・(*´v゚*)ゞ
鍵盤が軽く、指ペダルが必要であることがわかりました。
実際に楽器にふれないとわからなかったことです。
「このパイプオルガンの建設費はみなさまの尊い浄財でまかなっています。CDがその財源となっておりますので、よろしかったらご協力ください。」
パイプオルガンをさわらせてもらって協力しないわけにはいきません。
CDを2枚、総合案内所で購入しました。
東京カテドラルのパイプオルガンの建設に協力したことになるんだなあ・・・(*´ェ`*)
今回の感動を子どもたちに伝えたいなあ・・・。
今も東京カテドラルで聞いた演奏のうち、H.シュッツの音楽が頭から離れません。

東京カテドラルへの道

DVDを見てから気になって仕方がなかった「東京カテドラル聖マリア大聖堂」。
「小フーガト短調」の授業を公開するのでなければ気にもならなかった存在かもしれません。
掲示板にも書きましたが迷いに迷いながら何とかたどり着きました。
その道のりで出会った光景です。

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急な坂と細い道(〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.
身体のすれすれの所を車が通っていきます。

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路地奥にたたずむおいなりさん。
あちこちで見かけました。

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東京大学付属病院別院。
この近くに盲学校もあって、そこからベートーヴェンのピアノ・ソナタOP.10-1第1楽章が聞こえてきました。
左手のアクセントと自在なテンポの緩急にうっとり。
意志が強く、研ぎ澄まされた繊細な神経の持ち主を思い浮かべました。

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ネコさんも道案内をしてくれました(。・w・。 )
そして・・・おばあさんのいう通り「あった~!塔が見えた」

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パイプオルガンに出会えるかな・・・ドキドキ

お寺巡り

研究会のないわずかな時間をぬってちょっとした東京巡り。
まずは護国寺。

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野球部の中学生たちが階段でトレーニングをしていました(;;;´Д`)

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護国寺の次は浅草寺へ!

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ちょうど酉の市。かなりの人混みでしたw(゚o゚)w

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ブログを見ているみなさんにもいいことがありますように!

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「ウン」がつきますように(*^m^)

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これも浅草の風景。
やかた舟?

いざ出発!

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出発までの時間、離発着している飛行機を見ていました。
すると、左端にポケモンの飛行機を発見(* ̄ー ̄*)
残念ながら私の乗る飛行機じゃないんだなあ・・・。
私の乗った飛行機は、「お粗末な機体ではございますが、安全性は万全です」とスチュワーデスさんもアナウンスするぐらいだから・・・。
笑ってよかったのかどうか・・・パイロットの運転は上手でしたよ!
帰りの着陸の時は風が強くてあまり減速しなかったのでしょう。
ズガン!とすごい音がしていましたヾ(.;.;゚Д゚)ノ

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上空にはむくむくとした雲がたくさんありました。
ということは地上は荒れていたのかな?
もっともっと山のような雲がたくさんだったのですが、ベルト着用サインが出ていたのでデジカメを使用できませんでした。
こんなに雲がたくさんある時に乗ったのは初めてです。

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雲が晴れてきました。
宮城県あたりだと思います。
日本アルプスやたくさんのダム、箱根の山並みや湖、富士山なども見えました。

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東京でお世話になったガイドブック。
まちがって山手線を逆回りしたりしたこともありましたが、慣れると迷うことなく乗りこなすことができましたo(*^▽^*)o
地下鉄は立体的な構造図(?)みたいになっているのがわかって楽しかったです。
威力を発揮したのは「PASMO」。
500円を払ってカードを作り1000円単位でお金をカードに入れていきます。
そうすると読み取り機にかざすだけで支払いが終わるのです。
全線(電車も地下鉄も)通用するのでとても便利でした(v^ー゜)!!。
500円は返してくれるのですがちょっと手続きがめんどう。
あと、」基本的に入れたお金は使い切った方がいいです。
そうしないと返金の手数料が210円かかりますから。

それにしても東京のラッシュのすさまじさといったら・・・w(゚o゚)w
本当に押しつぶされそうでした。
でも、ちゃんと混雑する駅が計算されているんだなあと思いました。
だいたい二つおきだったかな・・・。
それに「なかのZERO」に行く電車はガラガラだったし・・・

帰りは東京の夜景がお見送り。
観覧車がきれいでした。
北海道に近づくと漁り火が出迎えてくれました!

祖母の葬儀に思う

祖母の葬儀に参列し、今までのお礼を伝えてきました。
お寺に着き、お参りのためにお御堂に。
紫の着物を着た祖母の遺影。
いつも着物を着ていた祖母の在りし日の姿が生き生きとよみがえってきました。
まるで「あっちゃん」とやさしく語りかけているよう。
7年前からその言葉を聞くことはなかったのですが・・・。
読経が始まるとそれまで冷静だったはずの心が動いてしまいました。
そして出棺・・・。
やはりその時は来てしまいました。
きれいなお化粧とたくさんの花。
たくさんのお花をたくさんの人から受ける祖母。
祖母の人柄だったんだろうな・・・。
長い闘病生活でやせ細っていた祖母。
それなのにお棺のなんと重たかったことか・・・。
ずっしりとしたその重さは、祖母の存在の大きさだったのでしょう。

火葬場に着き、最後のお別れ。
もう一度心の中でお礼を伝えました。
火葬の時の煙突から登る煙・・・。
あるときはまっすぐに、あるときはゆらゆらと。

わがままを言って困らせた時もありました。
辛い時には慰めてくれました。
だらしない時には厳しさを。
うれしい時には一緒に喜んでくれたり。
新しい一歩を踏み出す時には支えとなり、背中を押してくれたり。
振り返ってみると、恩を受けてばかりでした。
(カイと一緒に写ったパジャマも祖母からもらったものです。長年愛用しているのにほころびがありません。着心地も最高なのです。)

今までの様々な祖母との思い出。
その一つひとつを立ち上る煙が表しているようでした。

95才という年齢のため大往生という言葉を聞きます。
若かろうが歳をとろうがやはり悲しいです。
納得できるものではないです。

本当に本当に今までありがとう。
今は、ただそれだけです。

ブログに書くことでないのかもしれませんが・・・お許し下さい。

欠点は長所の手前

女流棋士石橋幸緒さんの手記の一部です。

未熟児で生まれ先天性の腸閉塞で、母は医師から元気に育つのは難しい、と医師から告げられたそうです。
同じ病棟には、重病の子どもばかりいて、一人ひとり亡くなって私が残ったのは奇跡でした。
栄養補給はすべて点滴で、口から取るものは薬だけ。
だから、苦い粉薬さえ「食べられる」のがうれしくて、すぐに飲み込むのがもったいなくて、水を飲まずに「おいしい」と、口の中でもぐもぐ味わっていたのを今でも覚えています。

さて、私はよく子どもたちに「自分の長所と短所」についてアンケートをとります。
アンケートを分析すると、子どもたちの素直さの表れなのでしょう次のような言葉がたくさん書かれてきます。
「何事も消極的」「早起きができない」「言葉遣いが悪い」「わがままで自己中心的」「短気」「気が弱い」「あきっぽい」「優柔不断」・・・。
どうです?圧倒的に「短所」が多いですよね?
それに比較して、「長所」については「特になし」との答えが多いです。
控えめに自分自身を見つめるその誠実さが伝わってきます。
(自慢ばかりの人間の方が私は心配です。)

アンケートを分析したあと子どもたちに次のような話をします。
「弱い自分でいいんじゃないか、弱さとは他人の痛みに共感する力であり、かっこつけずに自分の弱さを認めてしまおう。
消極的なのは、慎重さや謙虚さがあるから。
優柔不断はじっくりものを考えていることの表れ。
仕事が遅いのは一つのことにこだわり、考えながら取り組んでいる証拠。
あきっぽいのはいろんなことに興味を持ち、たくさん学ぼうとしているから。
すべては長所につながる。
マイナス評価と思えることも、見方を変えると大きな長所。
実は欠点の一歩手前に長所がある。
自分の欠点と思われることを武器に、いつも前向きに努力する姿勢こそが豊かな人生をつくり出すんじゃないだろうか。」

このことは子どもたちだけに限ったことではありません。
学校の職員集団にも言えることです。
コンピュータのように頭の回転が速い人、じっくり物事を考えながら仕事を進める人、的確にしかもすばやく判断を下せる人、受け止めのある人、厳しさで接する人・・・。
いろんな特徴を持った職員がいて、それぞれの特性を出し合いながら学校は成り立っています。
仕事の速い人、厳しくしつけのできる人ばかりがすばらしいのではありません。
もちろん、そのことが必要な場合もあるでしょう。
でも、仕事にじっくり取り組む人がいるからより正確な仕事ができあがります。
受け止めのある人がいるから厳しく怒られた子どもがホッとする場面があります。
一人で抱え込まず、自分の欠点と思われることを認め、周りの方々と協力していくことが必要なのでしょう。
中には、人をうらやんだり、さげすんだり、余計な噂を流す方がいるかもしれません。
そのような方々は相手にしない方がいいです。
信頼できる人を見つけていきましょう。
そしてそういう仲間を大切にすることです。

私自身は仕事が遅いです。
ですから、早い段階から準備をし、計画的に仕事を進めるようにしています。
人と同じスタートをしていたのでは仕上がらないのです。
そして、創造的な仕事が苦手です。
だからこそ、いろんな書物や人と接してよいと思うところを真似するようにしています。
新しいものを作り上げようとがんばっても悩んでばかりでできあがらないからです。
欠点ばかりを並べて、「やっぱり自分はだめなんだ」と悩んでいても仕方ありません。
自分には自分にあったやり方があります。
人をうらやんで、人の真似をして、同じことができなくて泣いていても仕方ないのです。

自分の欠点を認めつつ、欠点を欠点で終わらせない。
どう自分を見せるのか、自分のよさをどう生かすのか・・・。
自分の持っているものの適正を考えること。
「自分はだめだ」とくよくよしてばかりいるのではなく、未来に向けて生きていく姿勢が必要だと思います。

「小フーガト短調」③

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祖母の仮通夜と葬儀。
そして音楽教育全国大会に出席のため東京。
しばらくこのブログを更新できません(TωT)ノ~~~ バイバイ
掲示板だけは更新できるかな・・・。

しばらく書き込みができないので作りかけの指導案を載せておくことにしました。
気づいたことなど気軽にコメントに書いていただけるとありがたいです。
よろしくお願いしますm(_ _)m

「Fuge1.pdf」をダウンロード

J.S.Bach三昧

お~!雪がとうとう積もりました・・・snow
ぶるぶる・・・。

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○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

「小フーガト短調」の授業を公開するので、自分の気持ちも高めようと毎日Bach三昧。
まずは大好きなホロヴィッツでブゾーニ編曲の「トッカータ、アダージョとフーガBWV564」を聞く。
久々の演奏会という緊張のために最初の音を外しているものの、ピアノから壮大な響きと多彩な音色を引き出しているのは見事happy01
まるで最初からピアノのために作曲された曲のよう。
でも、原曲のパイプオルガンでの演奏を聞くと、やっぱりパイプオルガンの響きと音色に圧倒されてしまうんだなあ。
パイプオルガンの独特の音色と豊かな響きにただただ圧倒されてしまう。
細かいパッセージはピアノの方が明瞭で、繊細な曲なんだけど・・・。
ピアの編曲版のよさとホロヴィッツの演奏を認めつつ、やっぱりオルガンってすばらしい。
特にアダージョを聞いていると敬虔さと許しの気持ちがあふれてきます。
パイプオルガンの独奏はトン・コープマン。

「パッサカリア ハ短調BWV582」。
低音で繰り返される主題の上に、様々な旋律が繰り広げられる曲。
かちっとして揺るぎない構築性の上に繰り広げられる多様な旋律。
一つに主題の上に、こんなにも多様な旋律を組み合わせることができるものか、とこれにも圧倒されるw(゚o゚)w
厳格な形式だからこその厳しさと訴える力が胸を打ちます。
これもトン・コープマンのパイプオルガン独奏で。

無伴奏ヴァイオリンのための第2番BWV1004から「シャコンヌ」。
①斉藤秀雄編曲によるオーケストラ版。
一本のヴァイオリンで弾くのさえ難しいものを弦楽器群で演奏するなんて・・・。
小澤征爾指揮、斉藤記念オーケストラのCD。
でも、「OZAWA」という映像に入っている演奏の方が一音一音に熱気がこもっていて私は好きです。
曲は後半の一部しか入っていないけど。
②ブゾーニ編曲によるピアノ版。
キーシンのキラキラと輝くような音色に満ちあふれたピアノ独奏。
強弱の幅が広くて、実に堂々としています。
構築美がすばらしい。
③バロックヴァイオリンの演奏。
前にも紹介したルーシー・ファン・ダールの独奏ヴァイオリンで。
派手さはないのだけれども、だからこそのしみじみとした感動が心にわき起こります。

音楽の捧げ物BWV1079より「6声のリチェルカーレ」。
①ウェーベルン編曲によるオーケストラ版。
前にブログで紹介した音色旋律によるすばらしい編曲。
ブーレーズ指揮、ベルリン・フィルの演奏。
②ムジカ・アンティカ・ケルンによるオリジナル楽器での演奏。
フーガ独特の旋律の絡み合いが織りなす響きの美しさにうっとり。

最後は「パイプオルガン誕生 St.Mary's Cathedral」というタイトルのDVD。
パイプオルガンがこれほどまでに手間暇かけてつくられるものなのか、と改めて圧倒される映像作品。
楽器の部品一つひとつにこだわる、まさに魂を与えていくかのようなていねいな仕事。
人間の手で作り出される楽器のすばらしさ。
伝統を受けついでいくということの重要さ。
どんどんどんどん映像に吸い込まれていってしまいます。
私が今回授業を通して子どもたちに訴えたいことが全て凝縮されているDVDです。
こんなすばらしい映像に出会えたことに感謝です。
今回の授業に取り組まなければ出会うことなんてなかったでしょう・・・。
東京の研究会の帰りに東京カテドラルによって見ようかな(* ̄ー ̄*)

祖母とのお別れ

母方の祖母がお浄土に往きました。
大正2年4月14日生まれということですから95才です。
アルツハイマー、心筋梗塞、脳梗塞との長い闘病生活でした。
今朝の10時30分くらいに病院から呼び出しがあったとの連絡が入り、急いで深川へ。
心臓が苦しかったらしく、少し苦しそうな時もありましたが、最後は安らかな表情でした。
私が今、ここにいるのも祖母がいたからこそです。
これまでのお礼を伝えました。
顔もていねいに拭いてあげました。
(子どもの頃は祖母が私の顔を拭いてくれていたよなあ・・・。)
枕経を終え、葬儀の日程を。
お寺の坊守(浄土真宗で僧の妻のこと)ということもあり、8日がお通夜、9日に葬儀となりました。
ちょうど私が東京の研究会から帰ってくる日です。
一日ずれると参列できなくなるところでした・・・。
全空知音楽教育研究大会も11日から18日に変更になったのも何かに導かれているとしかいいようがありません。
11日だったら祖母の葬儀で忙しく、研究会どころではなかったことでしょう。
全て祖母の気遣いのように思えてきます。
お寺の横の大きな病院に入院していたのですが、亡骸が病院からお寺に戻る時には突然の激しい雨。
長い入院生活で戻ることができなかったお寺にやっと戻ることができる祖母の涙だったのでしょう。
そして、枕経が終わり私が帰る時には厚い雲間から光が差してきました。
まるで私を見守っているかのよう。
全ての人にやさしさをふりまいていた祖母らしい心遣いだと感じました。
今まで本当にありがとう。
そして、お疲れ様でした。

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お寺には親鸞聖人自らが彫ったとされる座像があります。

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そして本尊は、弓矢の名人であった源為朝(鎮西八郎為朝)がいつも背中にしょっていた阿弥陀如来。
この阿弥陀如来の背中には刀の傷がついています。
為朝が後ろから刀で斬りつけられた時に、背負っていたこの阿弥陀如来のおかげで命が助かったと伝えられています。
阿弥陀如来とは浄土真宗などの本尊であり、西方にある極楽世界を主宰するという仏。
念仏を修する衆生は極楽浄土に往生できると説いています。

祖母も仏となり、阿弥陀如来、親鸞聖人とともに私たちを見守ってくださるのでしょう。                  

「緑の陽だまり」

小学生のための合唱曲集「MUSIC JAM KIDS2」を知っていますか?
教育出版から最近出版された曲集です。
卒業式の歌を考えるのに目を通してみたのですが、これがなかなか使えそう!
中学生に歌わせてもばっちりの曲もあるし、私が小学校教師だったら使ってみたい曲もたくさんあります。
中でもお気に入りは、「緑の陽だまり」。
昔々「山ねずみロッキーチャック」というアニメで使われていたテーマ曲です。
作詞は中山千夏さん、作曲は宇野誠一郎さん。
「ひょっこりひょうたん島」に似ていると思ったら作曲者が同じだとか・・・(*^-^)。
世代がばれそう(*≧m≦*)
でも聞いていて自然と身体が動く楽しい曲なんです。

みどりが森の陽だまりは
かくれんぼするのに よいところ
まだだよ まだだよ
しっぽのひかった やまねずみ
いちばんはじめに 見つかった
みどりが森って どこだろな
だれかにだれかに 聞いといて

ひっそり松の 葉のかげは
おはなしするのに よいところ
あのねのね あのねのね
きんいろめだまの ふくろうに
立ち聞きされても しらないよ
ひっそり松って どこだろな
だれかにだれかに 聞いといて

ざわざわ川の 水ぎわは
ひとりでいるのに よいところ
フムー フムー
いたずら好きの やまねずみ
たまにさびしい ことがある
ざわざわ川って どこだろな
だれかにだれかに 聞いといて

むらさきが丘の てっぺんは
おひるねするのに よいところ
こっくりこ こっくりこ
むらさきいろの 草の実を
たべたこりすの 夢を見た
むらさきが丘って どこだろな
だれかにだれかに 聞いといて


私だったら、歌詞を読ませて絵を描かせます。
子どもたちが描いた絵を壁一面に貼り、情景を想像させながら歌わせたいなあ。
一つの壁には「みどりが森」の情景、もう一つの壁には「ひっそり松」の情景、さらにもう一つの壁には「ざわざわ川」の情景、最後の一つの壁には「むらさきが丘」の情景。
1番、2番、3番、4番と歌い進むにつれ、その歌詞に対応した子どもの絵に向き合わせたり、その絵のある場所に移動しながら歌わせたいです。
歌詞の内容を身体表現させてみるのも一つの手だと思う・・・実際にやまねずみの気持ちになってかくれんぼの真似をさせてみるとか。
「たまにさびしいことがある」ってどんなことがあったのかな?
みんなの考えたさびしいことに合う歌い方は?
なんていう発問も考えられますよね。
また、「まだだよ まだだよ」「あのねのね あのねのね」「フムー フムー」「こっくり こっくり」という歌詞の歌い方の工夫。
「しっぽの光ったやまねずみ」を描いてみようとか・・・。
そんな学習のあとにアニメを見せてもいいんじゃないかな?
「みんなが想像した情景とどうかな?」なんて発問しながら。
子どもの情意面を育てるのに最高の曲だと思います。
来年度の全道音研の授業でやってみない?
小学校3年生、4年生にあっているかなあ。

他の曲の紹介はまた今度。

雨中の秋

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「小フーガト短調」の教材研究をしようと学校にDVDを取りに行ったら突然の雷雨thunder
あっという間にグランドが水たまりに・・・。
ゲリラ豪雨?
でも、すぐにやんだなあ・・・confident
雨煙の中、桜と落葉松の木が濡れています。
「落葉松」という歌に出てくる雨はしとしと降る雨だろうけど・・・。

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水たまりに浮かぶ紅葉。
近くに雷の音と光を感じながら・・・。
雨が落ちてできた水紋が何とも言えないです(*゚ー゚*)

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2階図書室からの銀杏。
今日は札幌まで行ったのですが、時間の関係で北海道大学の銀杏並木まで行けずに残念!
いつか見に行きたいなあ・・・shine

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音楽室から見た銀杏。
一番向こうの銀杏にはギンナンがなっていません。
もしかしてオス?
そんなの関係あるのかなあ・・・w(゚o゚)w

P1000346

近くで見ると銀杏の葉っぱの黄色い絨毯。
同僚が写真にはまっていて、私もなんとなく影響を受けていますhappy01

そうそう、「お知らせ」のコメントにも書きましたが、研究大会の日にちが変更になったと事務局より連絡がありました。
11月11日が変更になり、

2008年11月18日(火)

となりました。
授業やらいろいろとお願いしたり、都合をつけたりしていた方もいたはずです。
様々な事情が重なったようです。
ご迷惑をおかけしますm(_ _)m。

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