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2009年2月の27件の記事

グループ研修3-②

Dh000123

2月25日に行われた末松教諭グループの研修内容です。
まずは末松教諭から出されたプリントを基に悩みや考えていることを話してもらいました。

「tyuu2_siryou_2.25.pdf」をダウンロード

今回の授業で扱う教材は「春に」。
自分たちなりの思いや意図をもって表現する力をつけさせたい。
そのために詩をじっくり読み、音楽の工夫に活かすことができるような展開を。
今回の授業を通してこのようなことを考えているとのこと。
子どもの実態としては、言葉で思いを伝えるのが苦手で歌を歌うにも意欲に差があり、それが悩みという話でした。
ここまで話が出たところで、今回の授業でねらうことをみんなで確認してみました。

これまでは音取りやパート練習にかける時間が長くなってしまい、ようやく合唱として形を整えるだけで精一杯。
教師に言われたことをただこなす授業。
何とかそこから脱却をはかりたい!
みんなで合わせるというよろこびを大切にしながらも、そこに自分たちの思いや意図を活かして工夫するというよろこびも味わわせたい。
それぞれの思いを込めた曲づくり、目指すのは「創造的表現活動」と言えます。
今回は特に詩の内容をよりどころに、自分たちなりの思いや意図をふくらませる。
そして、その思いや意図を活かす表現の工夫を子どもたち自身に考えさせたい。
そのときの表現の工夫の要素となるものが「共通事項」。
「共通事項」を教えるために授業を構築するのではなく、自分たちは「こう表現したい」という思いや意図を活かすために「共通事項」を使って工夫していくということ。
自分たちの工夫点や考えなどを言葉で伝え合う。
そうすることによって感動は深まり、高まり、広がり、音楽と主体的にかかわる子どもが育成されると考えます。

末松教諭が考えているのは、この曲に4回出てくる「この気持ちは何だろう」の歌い方の工夫。
同じ言葉が使われているものの、前後の歌詞の意味する内容によって表現の違いが出てくる部分。
そこの部分を扱いたいと。
このときに2005年度の研究の反省も出てきました。
「親しらず子しらず」の「子を呼ぶ母の~」の部分のみを扱った授業。
子どもたちの思いを活かした表現の工夫を「速度」に注目して取り組みました。
そのときには部分のみを扱ったけれども、速度から生み出される音楽の表情って比較によって決まるのでは?
そんな話から、今回は学習課題として扱う部分の少し前から取り組むことに。
学習課題はTenpo1に戻るフェルマータのあとの「この気持ちは何だろう」。
どのくらいの速度で?
強弱は?
間は?
音色はどんな音色?
などなど、いろんな工夫ができるところです。
5種類の演奏を聞き比べた方も参加していたのですが、5種類とも表現が全く違うとか。
それくらい思いによって工夫の違いが出る部分なのでしょう。
取り扱う部分も決定したのであとは指導計画と授業の流れを考えることとなりました。
模擬授業をやる方が決まったり、これから取り組まなければならないことが明確になったりと有意義な会議に。
次回3月30日には範唱CDや略案を持ち寄ることになっています。

国語的にもかなり深い内容のある詩。
さすがは谷川俊太郎さん。
国語を教えている方の実践例もみんなで読んだけど、おもしろかったですね。
どんなに時間があっても足りなくなりそう・・・。
こんなに考えて演奏していたかなあ。。。
全道音研がなかったらここまで勉強したかどうか。
その意味でもいい体験をしていますね。

3万人の意欲

P1000458

2009年2月26日(木)。
北海道新聞の「おじさん図鑑」に次のような記事が載っていました。
著者はエッセイストの飛鳥圭介さんです。

 

知り合いの小学校の先生に聞いた話。
 中国・四川の大地震とか岩手・宮城内陸地震などの話をして、防災の心得を説いた。そのとき、「生きるのに何が必要か、何が一番大切か、わかる人?」と6年生に問いかけた。
 先生としては、水とか食べ物など緊急性の高い食料を想定していた。が、勢いよく手を挙げた一人の児童がこう答えたという。
 「どうしても死にたくない、生きようとする強い意欲だと思います」
 まさしくそうに違いない。先生は教えるつもりの「正解」を忘れ、新しい目を開かれる思いがしたと、おじさんに語ってくれた。
 昨年もまた自殺者は減少することはなく、3万人を超えた。ほとんどの自殺者は、たぶん「死にたくない」と思っていたに違いない(と、おじさんは思いたい)。
 「死にたくない」のに「死んでしまう」、その矛盾は果たしてどこからくるのか。現代日本のいったい何が3万人もの人々を自死に追い込んでいるのだろう。
 6年生のいう「生きようとする強い意欲」をかき立てるには、どうしたらいいのか、おじさんにもその解答はない。

朝、新聞を読んでいて深く考えさせられました。
物とか食糧の支援が必要なのは当然のこと。
それ以上に本人の「生きようとする強い意欲」がないと物や食糧も何の役にも立たない。
ただ単に物や食糧を送るだけとは違う何か。。。
その食糧や物にどれだけの人の思いが込められているか、ということも大切なのかな。
それが伝わることによって勇気づけられることの方が強いのかも知れない。
子どもの発言ってすごいですよね!

続×2「手紙」

P1000736

届きました!
アンジェラ・アキさんのアルバム「ANSWER」。
アルバムのタイトルには、「どんなに苦しくても、どんなに迷っても、ANSWERを探しながら今を生きていこう」というメッセージがこめられているようです。
アルバムのしおりには
「たとえ見つからなくても、探し続けることにANSWERはある」
とアンジェラ・アキさん自身の言葉が書かれていますから。
収録されている曲もそのような意図を持ってつくられ、歌われています。

 1.手紙~拝啓十五の君へ~
 2.Knockin’On Heaven’s Door
 3.ANSWR
 4.Somebody Stop Me
 5.ダリア
 6.Final Destination
 7.Our Story
 8.黄昏
 9.We're All Alone
10.リフレクション
11.レクイエム
12.Black Glasses
13.ファイター


DVDもついていて、さっそくそちらも視聴しました。
ドキュメンタリーと書いてあったのでTVで放映されたものと思い期待していたのですが・・・。
残念ながら、そうではありませんでした。
内容は、子どもたちと歌った「手紙」、みんなのうた、カラオケ映像、ミュージック・ビデオです。
2回も見てしまいました(o^-^o)
ジャケットの裏を見るとピアノの写真があって。
そこには・・・「BECHSTEIN(ベヒシュタイン)」と書かれているではありませんか!
非常に透明感のある独特の響きを持つドイツ製のピアノです。
このピアノを愛用していたホルヘ・ボレットというピアニストの「ラ・カンパネラ」はすばらしいですよ!
BECHSTEINならではの硬質で輝きのある音色を生かしきった演奏です。
これ以上の演奏を私は知りません。
ジャケットにのっているということはこのピアノを使用しているってこと?
いい音がしているからなあ。
いいアルバムに出会うことができました。

今日は初めて全校生徒で「手紙」の練習。
カゼで声が出ないのにみんなよく頑張った。
文句も言わずに真剣に1時間歌いきったんだもの。
体力あるなあ・・・それだけ卒業式に寄せる思いが強いってことなんだろうなあ。
悩みは「LALALA」のアウフタクトの指揮。
どうやったらはっきりと歌い出す指示ができるのか悩みに悩んでいます。。。
思っている音色を引き出す指揮の方法。

拝啓 この手紙読んでいるあなたが
幸せなことを願います


この曲のポイントであり、私の一番好きな部分。
「みんなならどんな願いをこめてこの部分を歌う?
一人ひとり願いは違うかもしれないけれども自分なりの願いをこめて歌ってみようよ。」

たったこの一言で歌声が変わってしまいました。
やわらかく、やさしさにあふれる音色に変化したのです。
涙が出そうでした。

幸せ一杯の一日ということで一杯(* ̄ー ̄*)

P1000683

「こぎつね」

P1000460

カイは毛が長いので毛繕いが大変(o^-^o)
その様子を見ながら思い浮かんだのが「こぎつね」。

こぎつねこんこん
山の中
山の中
草の実つぶしてお化粧したり
もみじのかんざし つげのくし

こぎつねこんこん
冬の山
冬の山
枯れ葉の着物じゃぬうにもぬえず
きれいな模様の花もなし

こぎつねこんこん
穴の中
穴の中
大きなしっぽはじゃまにはなるし
小首をかしげて考える

教育出版の小学校2年生の教科書に載っている「こぎつね」。
私の子どもの頃にも歌われていました。
なぜか印象に残る曲で、今も歌詞と旋律がすぐに出てきます。
作詞 勝承夫(なんて読むのかな?)、ドイツ民謡。
そうか・・・ドイツ民謡か・・・。
原詩はどうなっているのかな?
調べてみると出てきた出てきた。

1.Fuchs, du hast die Gans gestohlen,
 Gib sie wieder her,
 Gib sie wieder her,
 Sonst wird dich der Jaeger holen
 Mit dem Schiessgewehr.
 Sonst wird dich der Jaeger holen
 Mit dem Schiessgewehr.

2.Seine grosse, lange Flinte
 Schiesst auf dich den Schrot,
 Schiesst auf dich den Schrot,
 Dass dich faerbt die rote Tinte
 Und dann bist du tot.
 Dass dich faerbt die rote Tinte
 Und dann bist du tot.

3.Liebes Fuechslein lass dir raten
 Sei doch nur kein Dieb
 Sei doch nur kein Dieb
 Nimm, du brauchst nicht Gaensebraten,
 Mit der Maus vorlieb.
 Nimm, du brauchst nicht Gaensebraten,
 Mit der Maus vorlieb.

意味を調べてみると・・・

1.キツネよ、お前はガチョウを盗んだな!
  それを返すんだ。
  それを返すんだ。
  さもないと猟師が鉄砲を持ってお前を捕まえるぞ。
  さもないと猟師が鉄砲を持ってお前を捕まえるぞ。

2.猟師の大きくて長い鉄砲で
  お前に散弾を撃ったら
  お前に散弾を撃ったら
  お前は真っ赤な血に染まり、やがてお前は死ぬだろう。
  お前は真っ赤な血に染まり、やがてお前は死ぬだろう。

3.キツネさん、よく考えるんだ。
  泥棒なんてするんじゃない。
  泥棒なんてするんじゃない。
  お前にガチョウのローストなんて合わない、ネズミで我慢するんだ。
  お前にガチョウのローストなんて合わない、ネズミで我慢するんだ。

日本語の歌詞となんと違うのでしょう。
こんな恐ろしい歌詞だったとは。。。
なんでも「泥棒をしてはいけないよ!」と子どもたちに教える歌なのだとか。
う~む(^-^;
外国の民謡を訳してみるとこんなもんかな。
日本語詩の方が曲の楽しげな感じが出ていてぴったりなのに。。。

続・グループ研修3-①

Dh000125

2月21日の学習会の記録が届きました。
今回は清水沢中学校の小林教諭が記録を担当。
年度末を迎えるこの忙しい時期に2日間で仕上げてくれました。
発言の内容が順を追ってまとめられており、何を話し合ったかがよくわかります。

「tyuu1_2.21.pdf」をダウンロード

これまで中学校では、創作を含む「創造的な音楽活動」として次のように考えられてきました。

①既存の歌唱や器楽の演奏表現において、子どもが自ら表現方法を工夫すれば
 それは創造的活動である。
②リズムをつくったり組み合わせること。
  リズム創作。  
③歌や楽器の曲をつくること。
  旋律創作、作曲。
④様々な音素材を使って表現したり、自由な発想で即興的な表現をしたり、詩や情
  景のBGMをつくったりすること。
  創造的音楽づくり。
⑤一定の時間をかけて工夫、推敲してまとまった作品をつくる。
  創作の技法は問わず、②③④の延長上の活動である。

このことから、斉藤教諭の考えている授業は②と⑤の活動と言えます。
①は末松教諭の授業があてはまるでしょう。
ただし、①はあくまでも創造的活動であり、斉藤教諭が考えている「創作」とは別物ということになります。
また、④には「自由な発想で即興的な」、⑤には「技法を問わず」という文言がありますが何でもありと言うことではありません。
即興的にといっても一定の条件があるのです。
何でもありでは何を学んだかがわからない授業となってしまいます。
ただ音を鳴らすだけの遊びの時間。
小学校の低学年にも「音遊び」があるものの、ちゃんとねらいがあっての遊びです。
ここを誤解してしまうととんでもないことに。
一定のルールが存在するんですよ!
そのルールの要素が「共通事項」と言えます。

「創作」の音楽学習としての意義は・・・

音素材を考え、意図や考えを生かしてつなげたり重ねるなどの工夫をして構成としてのまとまりをつくる

このことをふまえると次の学習を考えることこができます。
どのような学習を構築しますか?

1.音素材を何にするのか、どんな奏法で音を出すのか、発音体を何にするのか・・・
  どんな音を出したいのかなどを考えさせ、子どもの思いを活かす学習。
2.絵や写真、詩、短い物語、情景の想像などから生み出される喜怒哀楽の気持ち。
  そして自分の作品に対する意図や考えを発想につなげる学習。
3.音色、リズム、速度、旋律、テクスチュア、強弱、形式、構成などの音楽を形づくっ
  ている要素や要素同士の関連を用いて工夫していく学習。
  これらの要素をどのように取り入れ、工夫して組み立てていくのかが大切です。
  二つ以上の音を重ねたり、縦と横の重なり具合を工夫してテクスチュアを生みだ
  すことなどがあてはまります。
  それらを即興的に実際に音を出して音のつながり方などを試していく方法などが
  考えられるでしょう。
4.思いや意図、考えに従って作られた作品も「反復、変化、対照などの構成」が必
  要になってきます。
  この学習がないと素材集やアイディア集だけに終わってしまいます。そこからさ
  らに一歩進んで、定型化された形式などに構成されることもあるでしょう。
5.「創作」のあと、自分たちがつくった音楽の交流をする学習。
  つくって終わりでは自分の思いや意図などがまわりに伝わりません。
  お互いの作品を聴き合い、批評するなどして自分以外の人の表現を知ることは
  自分の価値観を広げ、深め、高めるのに役立つ学習です。

これらの学習を評価するには次の5点が考えられます。
今回の学習ではどこが重点になるのでしょう?

ア.音楽の諸要素とそれらのはたらきを感じているか。
イ.それらを活かしてつくっているか。
ウ.それらを効果的に演奏したり、思いや意図を言葉で伝えられているか。
エ.仲間の演奏からア、イ、ウを聴き取っているか。
  そしてそれを言葉で伝えられているか。
オ.意欲を持って取り組み、作品を練り上げているか。
  満足感や達成感が得られたか。

以上のことから授業を計画すると指導案が完成すると思います。
地道な取り組みですが力を合わせてのりきりましょう。
(東京の和田崇氏の資料を載せようとしたのですがファイルサイズが大きくてダメでした・・・。)

エコ的音質向上法

P1000609

よりよい音質で音楽を楽しみたい。
よりよい音を子どもたちに聞かせたい。
誰もが思っていることでしょう。
ちょっとした一操作を入れることで音質を改良する方法が存在します。
CDが普及し始めた頃にオーディオ誌に紹介され、マニアはもちろんプロも実践している方法です。
CDだけではなく、DVDやBDにも通用するみたい。
コンピュータのハードディスクに取り込む時にも有効な手段として紹介されています。
デジタルオーディオプレーヤーの音質向上にも使えるということ。
その方法とは・・・

CDをプレーヤーに挿入すると、キュルキュルという音がしてそのあとに時間や曲数などが表示されます。
ここで音楽をかけずにOPENボタンを押し、もう一度CLOSEボタンを押してCDを挿入します。
その後にPLAYボタンを押して音楽を楽しみます。
名付けて「CDの二度がけ」。

ただこれだけです。
「嘘だろう!」と突っ込みたくなりますよね?
でも、明らかに変わるんです!
ためしにCDを挿入してすぐかけた時と「二度がけ」した時の音の違いを聞き比べてみてください。
「二度がけ」した時の方が柔らかい音になっています。
けっこうはっきりとその差は出ますよ。
録音会場の雰囲気とか響きの感じとかが味わえるまで向上するはず。
ただし、「二度がけ」でやめておくこと。
何回もこの操作を繰り返してもそれ以上は音質を悪くするだけです。

この方法で音質が向上する理由は二通り考えられるそうです。
①一度CD内の情報を読み取らせることで、二回目の読み取りの精度が高め、エラー
 の率を低下させることができる。
②CDを読み取るレーザー光線を一度あてることにより、二回目のレーザー光線の透
 過率が向上する。

ちょっとの手間と時間はかかるけれども、それでよりよい音質を聞いたり、聞かせたりできるのですからやってみない手はありません。
でも授業中だと「先生何しているの?」と質問されたり、不思議な目で見られるかもしれないけど(^-^;

グループ研修3-①

P1

斉藤教諭グループ研修会の速報です。
研修会の最初に斉藤教諭のまとめたプリントが配布されました。
一つめは、小学校での「音楽づくり」と中学校での「創作活動」の内容について。
小学校ではどのような学習が行われているのか。
中学校とのつながりはどのようになっているのか。
小学校と中学校の関連についてまとめられたものです。
ついつい小学校は小学校、中学校は中学校と自分の校種だけを見渡してしまいがち。
今回のように9年間を通して見つめることは大いに意義のあることです。
校下の小学校の先生方にも「音楽づくり」の実践例を聞いてみたとのこと。
本当に頭の下がる取り組みです。
そのプリントは次のものです。

「tyuu1_renkei2.20.pdf」をダウンロード

次に、中学校「創作活動」における具体的な内容と斉藤教諭が研究授業で行いたいことについて。
そのプリントは次のものです。

「tyuu1_sousaku2.20.pdf」をダウンロード

これらのプリントをもとに、どんな授業をやりたいのか斉藤教諭に語ってもらいました。

①すでに世の中に存在する音楽作品を表現したり、鑑賞したりといった活動に「つくる
  流れ」「生み出す体験」を取り入れたい。
②そのことにより、習う、教えてもらうといった学習から、自分で考え、自分の発想を
  活かし、自分で生み出すという学習のきっかけとしたい。
③また、創作の学習によって表現や鑑賞がより豊かなものになるようにしたい。
④作品そのものを完成させるというよりも「プロセスを重視」したい。

「主体的な学習」、「プロセス重視」、まさに「創作」の目的とするところです。
このことを達成させるためにどのような授業に取り組んでいくのか?
「簡単な旋律をつくる」学習に取り組むのか?
「音楽をつくる」学習に取り組むのか?
はたまたその両方か?

1.創作を通して作品を生み出す体験をさせたい。
  作品の完成度を問うのではなく、子ども自身が思いを
  持って工夫するということを重視。
2.そのことにより、主体的に音楽とかかわる子どもを育て
  たい。
3.作品を創りあげる過程で、どういう風につくっていった
    のか、自分や自分たちの思いを語り、説明できるよう
    にしたい。
4.1年生ということと時期的なことを考えて今回は「リズ
    ム」を中心にした創作に取り組む。
5.反復、対照、変化といった曲の構成を工夫する。
6.その時の工夫する要素として、強弱、速度、テクスチュ
  ア、音色を扱う。

斉藤教諭が今回やりたいことはこの1~6の項目です。
ここまで明確なものになればあとは指導案の形式に合わせて文章化するだけです。
それなりの時間はかかりますが、ぶれることなく進めましょう!
迷いが生じたときには必ずここに戻ることです。
これからは1~6に基づいた研究をしていくことが課題となります。

そして、これからの予定。
3月をめどにある程度の指導案をつくることになりました。
それをもとに数人の先生がそれぞれの学校で実践し、見てもらうことはもちろんビデオに記録するということに。
それを受けてプレ研の指導案を作成します。
そこには特別支援の子どもたちにも通用するような実践も含まれるということです。
そのことを含めた研究発表を視野に置くということ。
なんだか急に活気づいてきました。

詳しい話し合いの記録については届き次第紹介します。
他のグループ研修が予定されているので速報のような形で載せてみました。

待つ

P1000698

2009年2月19日付の北海道新聞「朝の食卓」に次のような文章が載っていました。
書いたのは函館の英語教員、市根井恵子さんです。

「四時間五分から十五分を引くと?」
この問題が分からなかった。
小学四年のころのことだ。
五分から十五分は引けない。

先生は「だからとなりの一時間の方から借りてくるんだよ」と説明する。
「一時間は何分?」
「六十分です」と私。
これは教室の時計を見れば、分かる。

ところが、一時間から借りてくるのが分からない。
友達に鉛筆か何かを借りるなら分かるが、時間を借りるのがイメージできない。
頭の中は「どうやって?」という問いが渦を巻き、混乱してくる。
友達は「分かりました」と言って次々帰って行く。

熱心な先生はいよいよ大きな目を見開き、顔を近づけて説明してくれる。
「この辺で分からなければ、申し訳ない」と思った。
自分だけ残された心細さも交錯して、私は下を向いたまま「分かりました」と言った。

先生は大喜びである。
しかし、私は帰り道、惨めで、情けなくて泣きながら家に帰ってきた。

この経験は教える立場になって役立った。
熱心なあまり、これでもか、これでもかと押しの一手だけでは、生徒は萎縮するばかりだ。
生徒が納得できるまで待とうという余裕も「分かる授業」には大切だ。

生徒は日々成長していく。
教え育むとは「信じて待つ」ということなのだ。

子どもの頃、誰もがこんな経験をしていることでしょう。
教師としては子どものためを思い、よかれと思って熱心に指導する。
何とか答えを導き出してあげようとする。
でも、子どもの方は・・・。
思ってもいない考えを無理に言わされたり、わかってもいないのにわかりましたと言わなくてはならない状況に追い込まれてしまう。
その傷は大人になってもずっと消えない。
きっと教えてくれた教師はいいことをしたと満足しているのだろうけど。
じゃあ教師という立場になった今の自分は?
振り返ってみると同じことをしてしまっているなあ、と反省。
子どもの頃、自分がいやだと思っていることを自分がやらかしてしまっている。
子どもばかりでなく、大人を相手にしてもそういうことをやってしまっているような・・・。
この記事を読んで反省することしきりです。
気をつけなくちゃ!

数値化できないもの

P1000007

卒業式がだんだんと近くなってきました。
小学校、中学校といった校種を問わず、合唱や器楽など卒業式当日の演奏に向けて音楽活動の練習に熱が入ってきているところではないでしょうか。
私の学校は卒業式当日に在校生の合唱と全校合唱、そして卒業生の合唱が披露されます。
今年のプログラムは・・・
在校生の合唱:「With You Smile」
全 校 合 唱:「手紙」
卒業生の合唱:「Best Friend」
          「旅立ちの日に」
プログラムの順番はいろいろ考えられるので、その学校にあったものを選択すればいいと思います。

昨日の3年生の音楽の時間。
「先生、今日はあわせてみようよ!」の声。
まだその段階ではないかな、と考えたものの子どもの思いを尊重してみました。
あんなにいろんなことをやらかした3年生。
これまでも音楽の授業で何度怒られたことか・・・。
その三年生が進んで言ってくるのですから。
案の定、ところどころ音程が怪しい。
自信がないのとカゼのために大きな声が出ない。
強弱の変化なんて全くなし。
ハーモニーなんてあるんだか。
でも、いつもの歌声と何かが違う。
彼らのこれまでの合唱の中で最高に心がこもった歌声。
ハッとして一人ひとりの真剣に歌っている表情を見ていると、思わず涙が出そうになりました。
歌い終わったあとに次のような言葉を伝えました。

「音楽的な技術面から見ると今日の合唱はまだまだ。
 音もよく覚えていないし、声も出ていない。
 何となく合唱の形をしているだけ。
 でも、最高の合唱だったよ!
 技術的なものを越えて心に訴えるものがあった。 
 音楽の先生をやっていなかったら、そしてこのクラスと出会っていなかったらこんな
 経験できなかったよ。
 いい合唱と思い出をありがとう。」

カッコなんてつけてません。
いいものはいいし、だめなものはだめ。
そこら辺のことは子どもたちが一番私の性格を知っています。
最初は今までないすごく神妙な顔をして聞いていた子どもたち。
どんどん変化していく表情。
びっくりしたような表情のあとの笑顔。
たくさん苦労はしたけれども、忘れられない笑顔です。
これまであったイヤなことも全部吹き飛んでしまいます。
切り捨てなくてよかった、見捨てなくてよかった。。。
こういう思いができるまで粘り強く取り組むことが大切なのかな。

技術的にはすばらしくても心に残らない演奏。
音楽の諸要素と照らし合わせると評価はかなり高くなると思う。
その一方で、技術的にはかなり問題があるけれども心に訴えるものがある演奏。
音楽的な諸要素と照らし合わせると評価は低いものに。
でもなあ・・・数値化できないものって世の中にたくさんあるんだよなあ。
それを教師がどう評価するのか。
数値化できないものを教師がどう子どもに伝えていくか。
ここが教師として一番大切なところだと思います。
客観性にこだわるあまり、冷たい評価をしていたのでは子どもが救われませんよね。
このことを強く訴えていきたいです。

さて、彼らはどんな歌声を響かせてくれるのだろう。

「指導力不足」の考察

P1000701

「指導力不足」
何か教育現場で児童・生徒にかかわる問題が起きるとこの言葉がマスコミを賑わす。
学校現場からすると「荒れ」や「キレ」、「引きこもり」の増加という指導以前のことが根本にあるのも現状。
問題の原因を一概に教師の指導力不足にかこつけるのはどうかと思う。
教師の指導力不足を声高らかに訴える人たちは、教師の指導力を分析・評価するために資質や能力を明確にしようと考える。
その結果、教師の指導力はあらゆる資質や能力の総合的なもののはずであるのにやたらと「○○力」という言葉が飛び交う結果に。
「授業力」
「学級経営運営力」
「生徒指導力」
「個別相談力」
「地域連携力」などなど・・・。
すべての資質や能力を分断してあげていったらキリがないんでないの?
なんか一人の人間を刺身状態に切り刻んで評価している感じ。。。
ただ、児童・生徒が多様化している今日、多様な対応方法が教師に求められているのは確か。
子どもの自尊心を傷つけずにどう指導していくのか、ということが大きな課題となってくる。
集団指導と個別指導をその場の状況に合わせて瞬時に切り替えなければならないし。
そうしないと、感情的な理由から教師から離れ、反発する子どもが出てきてしまう。
特定の指導方法が通用しないところが最近の教育の難しさ。
だからといってあきらめるわけにはいかない。
教師とナースは、周りからの期待感にこたえようと献身的に努力する。
自分が自分がとつい自分一人で抱え込んでしまい、一人で悩む。
その結果、無力感ばかりが残る。
この連鎖が教師とナースが心身的にやんでしまう原因だとか・・・。
人と人とのつながりを大切にすること、これしかないのかな。

「いやな先生の条件」という子どものアンケート結果がある。
耳が痛いけれども問題を起こしている側の意見に耳を傾けることは原因の排除と解決にもつながる。
私自身、反省しているところです。

「児童・生徒の気持ちを感じ取れない」
「公平ではなくひいきをする」
「児童・生徒を叱れない」
「問題のある児童・生徒を指導できない」
「授業がおもしろくない」

研究の視点

P1000735

今回は「研究の視点」についてです。
大会主題はおおよそできているものの「研究の視点」がまだ抜けている状態です。
現在考えていることを書いてみます。
まず、研究の視点には次の四つの要素からとらえてみようと考えています。

①教材選択
②音楽活動の充実
③指導方法の工夫
④学習過程の工夫

これら四つの要素は「響感」を呼び起こすための方向性となります。
これらを達成させることによって「響感」をはぐくみ、「感動」を高め、広げ、深めていくことをめざします。
この四つの要素に、「響感」によって生じる三つの響きあいが加わります。

①音楽作品との響きあい
②演奏者と聴衆の響きあい
③仲間同士や教師との響きあい

これらを踏まえた上で、四つの研究の視点案を次のように考えてみましたがどうでしょう?

*「自分の思いや意図をもって音や音楽と響きあう音楽活
  動の充実」

*「音や音楽の特徴を聴き取り、音楽の面白さやよさを感
   じ取って音楽作品との響きあいを深めることができる
   教材の選択」

*「音楽活動の基礎的な能力を高め、活用し、互いのよさ
   や価値を認めあいながら音楽的な響きあいを高める
   指導方法の工夫」

*「音や音楽、言葉によってお互いの思いや意図を伝え
   合い、教師や仲間との響きあいを広げる学習過程の
   工夫」

音楽科ですから、音や音楽のコミュニケーションはもちろん大切にしなければなりません。
そこに、これまでの空知の研究成果である「言語のコミュニケーション」を付け加えたいのです。
言葉によるコミュニケーションを通して、お互いの思いや意図を伝えあう。
それは、互いの共通点や相違点を認め、互いの表現を尊重しあい、感動を共有することをめざしてのものです。
また、自分自身で音楽とのかかわりを広げ、深めていけるような子どもを育成するためには、音楽活動の基礎的な能力の育成が必要でしょう。
その基礎的な能力を活用して、他と思いや意図を伝え合い、価値観を広げ、深めていくことをめざします。
このことはこれまでの空知の研究である「わかる・できる・わかちあう」と密接なかかわりがあります。
こんな風に表現してみたい、もっといろんな音楽を聴いてみたい。
このように音楽と積極的にかかわる子どもを育成することにつながると考え、四つの視点を考えてみました。
この四つの視点を具現化する、細かい具体的な取り組みが二つくらいずつ書かれていくことになります。
みなさんの意見を聞かせてください。
研究を具体化させる部分をうまく書けない、というのが私の弱点なので・・・。
アイディアを具体的なものにするのが苦手なのです。
つまり、思いつきというところでしょうか。。。
だからこそ、みなさんの実践に支えられた目が必要なのです。

これからのこと

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斉藤教諭グループの研修が2月21日(土)。
末松教諭グループの研修が2月25日(水)。
山﨑教諭と平田教諭グループの研修が3月2日(月)。
グループでの活動が活発になってきました。
これからの活動のことについて思いつくままに書いてみますので、ご意見をお願いします。
それを基に研究部に文書を発送し、3月はじめに部会を持ちたいと考えているところです。


Ⅰ.グループ研修の予定

研究グループでは、まず授業者の思いを語ってもらうことを中心に。
授業者が何をやりたいのかがはっきり述べられれば、題材名と題材設定の理由を決めることができます。
まず、ここから話し合いを始めていきましょう。
授業の流れはその思いを実現するための方法ですから、題材名と題材設定の理由が決まってくれば自然と見えてきます。
それができあがったあとは題材の目標と評価、指導計画の作成です。
何時間扱いにするのか、そしてそれぞれの時間で何をやるのかを決めます。
そこまでいったら本時案についての案をふくらませていきましょう。

Ⅱ.年間指導計画について
8月の夏期休業中の研修で形式を提示し、ある程度のものを仕上げました。
その年間指導計画に9月18日の題材を組み入れることになります。
そのほかに文言の整理が必要になることでしょう。
おおよそのものを作成してあるので、あとは仕上げだけですよ!
あの暑い中みんなでがんばったおかげです。

Ⅲ.指導案について
指導案の形式は11月18日に浦臼中学校で行った研究授業のものとなります。
実際に書いてみるとこのようになる、というものを作成してみたものです。
ただし、まずは指導案の形式にしばられないでください。
授業の流れも模造紙などの大きな紙に書いてみることです。
形式にあわせるのはあとからいつでもできることです。
まずは思いついたことをどんどん書き出してみることです。
思いつくままに、またはグループ研修の話し合いを文章に書くところから始めてみるといいでしょう。

Ⅳ.原稿の最終〆切日について
研究紀要の原稿〆切は前回のことを考えると9月18日の1ヶ月前となるでしょう。
それまでには研究紀要用の指導案と年間指導計画を仕上げなくてはなりません。
その後1ヶ月かけて当日用の指導案と資料を作成することになります。

Ⅴ.プレ研究大会について
プレ研究大会は5月と6月に行います。
9月18日の授業の流れに合わせ、教材を変えるのみで行います。
また、グループのメンバー同士で授業を見せ合い、よりよいものに仕上げていくことも必要になってくるでしょう。
プレ研究大会の反省を受けて研究紀要用の指導案に磨きをかけることとなります。

どんなことでもかまいません。
気づいたところを伝えてください。

はるなカイ

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5月生まれのカイ。
生後8ヶ月が過ぎたので去勢手術を受けました。
かわいそうという方も多いと思いますが、この手術をしておかないと家のあちこちで臭い付けのためのおしっこをしたり、発情期にうるさくなったりと大変なのです。
本当なら自然のままがいいのでしょうが、いろいろのことを考えての手術です。
人間の都合という方もいるけれども。

手術は約2分。
麻酔に10分。
15分足らずの手術。
猫にしたら大変なんでしょうけど。
簡単な手術とはいえ、臓器を取り出すのですから危険がないとは言えないようで。
医者からもしもの時の話がありました。
全身麻酔をするために朝から絶食です。
人間と同じですね。
ご飯をくれと顔を見ては催促。
でもあげるわけにはいかず・・・。
そのうちにご飯を食べたいのにもらえないためかイライラしてくるカイ。
がっぷりと手をかじったり、顔に向かって飛びついてきたりします。
きかないったらありゃしない(-゛-メ)
11時に病院に連れて行って引き取りは16時。
昼からの手術。
カイは雄なのでお泊まりはなしです。
あいちゃんの時よりは安心。
あいちゃんは雌だったからお泊まりでした・・・。
たった一泊とはいえ帰ってくるまでは心配で心配で。
あいちゃんはとても恐がりだったのでうんこやしっこをもらして大変。
抜糸の時には鹿の皮でできた手袋と網が用意されましたから・・・。
それも今となっては思い出となってしまいました。

検査の注射をさされても静かなカイ。
とてもおとなしい。
お医者さんにたくさんほめられました。
顔色もそれほど悪くないようで。
でも、ストレスが大きかったようでいつもよりたくさん毛が抜けます。
検査の結果、猫エイズとか白血病とか病気も一切ありませんでした。

そんなこんなで今日から「はるなカイ」となりました・・・。
写真を見る限りでは変わらないでしょ?
これから太らないように気をつけなきゃ!

合唱はやっちゃダメ?

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「合唱に取り組むのは時代遅れでしょうか?」
「合唱の授業をやるのはダメなんでしょうか?」

新学習指導要領を受けて、来年度の年間指導計画を作成する関係からでしょうか。
最近、特にこんな質問を受けることが多いです。
きっと2006年の「審議会情報」や中学校学習指導要領解説、各種研究大会の動向からこのように考えてしまうのでしょう。
「音楽科、芸術科(音楽)の現状と課題、改善の方向性<検討素案>」には確かに「歌唱の活動に偏る傾向がある」と指摘されています。
中学校学習指導要領解説には「歌唱の指導について合唱活動に偏ることのないよう留意して年間指導計画を作成しなければならない。」とあります。
各種研究会の提案では、「一人ひとりを評価することが難しいことから合唱はこれからの音楽科教育になじまないのでは・・・。」といった論調も見られます。
「これからの音楽科教育は創作と鑑賞がポイント」
指摘されていることから考えると、確かにこの二つが大切なポイントとなることでしょう。
だからといって合唱活動を否定しているわけではないのです。

「指導計画を作成するときには、歌唱、器楽、創作、鑑賞について、それぞれ特定の活動に偏ることがないように配慮すること」

と新学習指導要領に書かれているではありませんか。
創作や鑑賞がポイントだからと言ってそれだけに取り組めばいいというものではないのです。
すぐにでも合唱活動をやめろ、と言うことでもありません。
それぞれの活動同士のバランスが大切ということなのです。
合唱活動には合唱活動のよいところがたくさんあります。
このことについてはここに書くまでもないことでしょう。
これまで積み重ねられてきたすばらしい実践も数多くあります。
その財産を大切にしながらも、それだけに偏らないように気をつけること。
このことを音楽科教師がしっかり意識して取り組んでいけばよいこと。
躊躇せずに堂々と取り組んでいきましょう。
ただし、1年間合唱活動しかない、というのでは困りますが・・・。

また、最近の研究会では「先進的な研究」を銘打って「創作」に力を入れた実践報告が多くなされています。
実践例が少ないのですから当然のこと。
だからといってそれだけに取り組めばよいというものではありません。
これまでの実践を確認し、新指導要領の趣旨をしっかりと踏まえた合唱活動の実践ももっと大切にされるべきと考えます。

・合唱で育てることができる力は何か?
・合唱という集団で取り組む音楽活動の中で個を活かすにはどうしたらよいのか?
・一人ひとりを見取る評価方法は?
・曲を仕上げるためだけの授業から脱却するには?
・子ども一人ひとりの思いを大切にした合唱活動のありかたは?
・合唱活動と他の活動とのかかわりは?

これまでのものを大切にしながらも指摘された点を解決し、子どもにとってのよりよい音楽科教育をめざしてみんなで知恵を絞るときなのでしょうね。
授業時数が少ないという大きな難点を抱えてはいるものの・・・。
しかも、かなり前途多難な状況ではあるけれども・・・。

「POR UNA CABEZA」

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職員室での同僚との会話。

私:(ハチャトゥリアンのCDを見せながら)
  「Suite」の発音って「スーツ」?それとも「スイート」?
A:「スーツ」でいいと思いますよ。
私:服のスーツと同じで考えていいのかな?
A:念のため調べてみますね。
 あっ!「スイート」が正しいみたいです。
 語源は「Suet(スーツ)」だけど最後の「e」をつけな
 いみたい。
 ところで、それなんのCDですか?
私:あ~、フィギュアスケートの真央ちゃんがフリーで踊っている「仮面舞踏会」。
B:私、あの曲大好きなんです。クラシックなんですか?
私:うん。ハチャトゥリアンという「剣の舞」で有名な作曲家が書いた曲。
C:あの運動会とかでよくかかる曲?同じ作曲家だったんだ・・・。
B:なんかストーリーとかあるの?
私:簡単に言うと・・・嫉妬に狂った夫がアイスクリームに毒をもって妻を殺害するって内
  容。
  殺害される前に二人で踊った最後の曲が真央ちゃんの踊っているワルツ。
A:こわそう・・・。
B:それであの化粧と衣装なんだ。
  でも、かなり雰囲気でてるなあ・・・。
D:そうそう、フリーの曲もいいけどさ。
  あのエキシビションで踊っている曲知ってる?
  あのタンゴ、俺好きなんだよなあ。
私:「POR UNA CABEZA」でしょ?
D:うん。アル・パチーノ主演の映画で使われていて気に入ったからCD買ったんだよ。
  真央ちゃんのと編曲が違うけどいい曲だよ!
C:その映画知ってる!
私:そのCD貸して!

と言うわけでタンゴの作曲家カルロス・ガルデルが作曲した曲ばかりのCDを借りました。
オルケストラ・レオポルド・フェデリコの演奏。
浅田真央選手が使用しているものとも、私が持っている小松亮太さんのものとも違う編曲。
正統的なタンゴ!といった感じの演奏です。
気品と情熱にあふれていていいんだなあ・・・。
部屋の片付けをしながら2回も通して聞いてしまいました。
「POR UNA CABEZA」とは、競馬用語で「首の差で」という意味。
「もうちょっとのところで・・・」という表現に使うみたいです。
1935年の「タンゴ・バー」という映画の中で作曲者自身の出演によって演奏された曲。
どんな内容の映画と演奏なのでしょう。
これもまた興味があります。
そして、同僚が見たというアル・パチーノ主演の映画も。
こんな会話ができて、しかも私の知らない演奏を貸してもらえることができてうれしい1日となりました。
やっぱりタンゴはいいですね!

1.VOLVER(帰郷)
2.MELODIA DE ARRABAL(場末のメロディー)
3.MI BUENOS AIRES QUERIDO(我が懐かしのブエノスアイレス)
4.TOMO Y OBLIGO(交わす杯)
5.SOLEDAD(孤独)
6.SELECCION DE CARLOS GARDEL(ガルデル・メドレー)
7.GUITARRA , GUITARRA MIA
8.VOLVIO UNA NOCHE(君帰りし夜)
9.POR UNA CABEZA(首の差で)
10.EL DIA QUE ME QUIERAS(想いのとどく日)
11.CUESTA ABAJO(下り坂)
12.GOLONDRINAS(つばめ)
13.AMARGURA(悲痛)
14.ARRABAL AMARGO(苦い下町)

  

のどか・・・

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生徒が作った雪だるま。
名付けて「マリオだるま」だとか・・・。
見えます?
あまりにもかわいかったのでパチリ。
帰宅前の一時、雪だるまをつくったり、雪合戦をしたり、鬼ごっこをしたり。
本当に中学生?
なんて思ってしまうくらいのどかな光景が見られます。
荒れているときにはこんな光景なんて見ることができなかったです。
たまに流れ弾が職員の車に当たって怒られていますが・・・。
その前に自己申告もあるし。
怒られたあとで同じことを繰り返すのは勘弁してほしいけれどもさ。
勉強も必要なことだけれども、このような仲間との交流も大切にしたいものです。

この雪だるまも昨晩からの雨ですっかり消えていました。
つくった雪だるまを誰もいたずらしないところもすごいところ。
溶けたりしない限り、雪だるまの数がどんどん増え続けることになります。
こんな光景もあと何日見ることができるのかな。

続×2「仮面舞踏会」

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私がもっている「仮面舞踏会」のCDはNAXOSという会社のもの。
演奏はアンドレ・アニハーノフ指揮、サンクト・ペテルブルク国立交響楽団。
○リンビールのCMで使用されていたものです。
(あとで知ったことなんですがね・・・)
この演奏だと浅田真央選手が使用している「ワルツ」は4分22秒。
フリーの楽曲使用の規定は4分以内のはず。
そうするとどこかをカットしてる?
どう聞いても全部演奏しているのだけれども・・・。
それで「浅田舞&真央スケート音楽集」の演奏時間を確認。
(Kumaさん、ありがとう!)
そうすると、そのCDでは演奏時間が3分54秒となっているとのこと。
演奏者は?
ネーメ・ヤルヴィ指揮、スコティッシュ・ナショナル・オーケストラ。
CHANDOSという海外の会社から出ているものでした。
早速検索してみたところ、ブログ上で紹介しているHMVですぐに手に入ることがわかり早速注文。
NAXOS版は、気高く、非常に高貴な印象を受ける演奏でした。
スネアドラムの響きによる軽快さ、弦楽器中心の響きによる落ち着きが魅力的な演奏です。
CHANDOS版は・・・
重々しさの中にもキレのある演奏。
速度は当然速いのだけれども、音の質感が重く、悲劇的な何かを予感させるものとなっています。
序奏の最後、三拍子の一拍目を強調するティンパニの鮮やかさ。
これにより躍動感が増しています。
また、ワルツであることが強調されるとともに、これから起こる事件の緊張感を高めているような印象も。
二重三重の思いが複雑に重なり合っている感じ。
きれい事ではなく、何かしら狂気をはらんでいるような・・・。
その原因は情報量の多さだと思います。
NAXOS版では聞き取れない、いろんな音の存在に気づかされるので。
一回聞いたらやめられなくなる演奏です。
この演奏に振り付けしているとは・・・。
演奏によって受ける印象が大きく変わる。
CHANDOS版を使用していることにセンスのよさを感じます。
他の演奏を使用していたら、また違った演技の印象となっていたことでしょう。
鑑賞の授業における教材研究に似ていますね。
楽曲そのものが教材ではなく、演奏が教材。
同じ曲を使用しても何を聴き取らせるかという目的によって音源を選ぶのですから。

このCDには他にもすばらしい曲が収録されています。
どの演奏もすばらしいですよ!
「剣の舞」もこんなにいい曲だったかと・・・。
そして、ハチャトゥリアンは「剣の舞」だけが傑作でない、ということもわかったし。

・CONCERTO FOR PIANO & ORCHESTRA
・MASQUERADE  Suite
Ⅰ Waltz
Ⅱ  Noctune
Ⅲ  Mazurka
Ⅳ  Romance
Ⅴ  Galop
・GAYANEH  4Movements from the Ballet
Ⅰ  Sabre Dance
Ⅲ  Dance of the Rose Maldens
Ⅴ  Lullaby
Ⅷ  Lezghinka

ブルックナー:第9番

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「聞いてみたい!」という欲求に勝てず・・・。
結局購入してしまいましたcoldsweats01
朝比奈隆指揮、新日本交響楽団の演奏によるブルックナーの交響曲第9番。
1980年6月4日、あの東京カテドラルでのLive演奏です。

ブルックナー最後の交響曲で、愛する神に捧げられた曲。
以前に作曲した交響曲の改訂作業と同時に作曲が進められたためか、第4楽章を書き上げることができませんでした。
スケッチを基に研究者が復元した完成版も存在しますが、第3楽章までがブルックナー自身の手で完成された最後のものです。
最後が充実したアダージョのため、これ以上必要のない気もしますが・・・。
第4楽章が完成していたらどんな音楽になっていたのでしょう。
別れというのは過去の思い出が色あせるから悲しいのではありません。
新しい思い出を築くことができないから悲しいのです。
聞き終えたあとにそんなことを考えてしまいます。

その演奏は・・・。
東京カテドラルの特色である、あの豊かな残響がしっかりと生かされた録音。
音が重なったかな、と思ったらゆっくりゆっくりとまるで天に昇るように音が消えていく。
重なっては前の音がゆったりと減衰し、消える寸前に新しい音が生まれる。
そして、新しい音が生まれたと思ったらその音自身が次の音に重なっていく。
音楽の芯があるのだけれども、その周りにいつもべールがかかっているような印象。
ついついいたずら心でメディアプレーヤーのスキンを表示させてみたけれども、音の芯とベールを視覚的にも確認できる。
機械的に見てもちゃんとあの残響が録音できているのがわかる。
それにしてもこの演奏、ブルックナーの交響曲が巨大な壁画、建築物のように思えてくる。
まるで建物自体が大きな楽器みたい。
交響曲なんだけれども、パイプオルガンでの演奏のようにも聞こえるし。
おそらく作曲者自身もそのことを頭に置いて作曲したんじゃないかな。
ブルックナーはパイプオルガンの名手でもあったわけだし。
永遠に時間が止まっていてほしいと願わずにはいられない第1楽章の第2主題。
弦楽器による対位法的な歌がとても感動的です。
この演奏を聞いてこの部分がますます好きになりましたlovely

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、ウィーン・フィルやギュンター・ヴァント指揮、ベルリン・フィルという大好きな演奏に今回の演奏も加わりました。
これまで朝比奈さんの演奏に対しては、フレーズを大きなひとまとまりとして考えているような印象を受けていたのです。
何となくおおざっぱな感じがして私は好きになれませんでした。
でも、今回の演奏を聴いて細やかな表情付けにも気を配っていることがわかり、その印象を改めることに。
これも東京カテドラルとの出会いがあったからこそです。
東京カテドラルのあの残響になれるのは並大抵ではないのでしょう。
総休止になっても残響が残っているのですから。
そのあとに音を出すとなるとけっこう惑わされるんじゃないかな。
そんなことが原因となってか演奏には細かな傷があります。
でも、そんなものは気になりません。
すばらしい演奏だと思います。
ブルックナーだからこそ教会の響きにぴったりなんじゃないかな。
東京カテドラルに合う曲と合わない曲があるのでは?
ドビュッシーの「海」はどうかな?
「牧神の午後」への前奏曲は?
スクリャービンは?
想像はどんどんふくらんでいきます。

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カイはブルックナーが苦手のようで・・・
特に第2楽章がかかると大慌てで逃げていきますhappy02

お馬が通る

 右へ曲がると夕張。
左に曲がると北広島という交差点。
赤信号で停車していると行き交う車が突然大混乱ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ
何かおこきたかと右側を見ると・・・。
車道の真ん中を堂々と歩くお馬さんを発見( Д) ゚ ゚
こんな国道になぜ?
慌ててカメラを取り出してパチリ。

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なんとのどかな光景でしょう・・・(´~`)。゜○
お馬さんは周りの車に驚きもせず、北広島方面に向かっていったのでした。
でも、この後もけっこう迷惑をかけたんじゃないかなあ。
ちゃんと青信号は守ってはいたけど。

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春のお裾分け

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ここ何日間かの雪であたりの山は真っ白。
春はまだまだ遠いのかなあ・・・。
家の車庫の前は地面も出ているんだけどなあ。

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学校の前の浦臼内川。
ここにはたくさんの柳が生い茂っています。
雪としばれでなんとなく寒そう。。。

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と思っていたら・・・
柳の木に白いツブツブを発見!
最初は氷かと思って近づいてみると・・・
なんと!
ネコヤナギの芽でしたo(*^▽^*)o
確実に春は近づいてきているんですね。
例年よりかなり早いペースです。
春を見つけてうれしい気持ちでいっぱいですheart04
今日一日いいことがありそう!

匠の技

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ガタガタガタ・・・
今朝は除雪車の振動で目が覚めました。
浦臼は積雪15㎝で除雪車の出動。
私の住んでいる地域に除雪車が来るのははだいたい6時頃。
遠くで除雪車の「ピーッ、ピーッ」という音が聞こえると私も着替えて除雪に出動です。
私の地域を担当している人は浦臼で一番機械操作の上手な方です。
写真のように車庫ギリギリまで除雪してくれるので大助かり。
もっともっと近くの雪まで持っていってくれるときもあるんですよ!

実はこの方、PTA会長を引き受けてくれたこともあるのです。
あるPTAの飲み会で除雪の話になりました。

私:大きな機械を操作して車庫ギリギリを除雪してるけど運転席から見えてる?
P:見えてるわけないしょ!勘だよ、勘。
私:失敗することない?
P:たくさん経験を積んでいるから失敗はほとんどないね。慎重にもやっているし。
私:ギリギリまでやってくれる人とサッとしかやってくれない人がいるけど・・・
P:俺は仕事にこだわりがあるんだよ。
 やるからにはていねいな仕事をしたい。
 一回バックしてから方向を変えて雪を運ぶとていねいに除雪できる。
 その時間20秒くらいかな。
 多くの仲間は面倒くさがってそれをやらないんだよ。
 たった一回バックできるかできないか、それが仕事のていねいさの差につながっている。
 たったそれだけのことだけど住民の喜びが違うでしょ!

ほんのちょっとのことを面倒くさがるか、面倒くさがらないか・・・。
ほんの小さなことだけれども、そのことが仕事のていねいさを大きく左右するんですね。
聞いていてすごいなあ、と思いました。
学校の前も担当していて、玄関ギリギリまでの除雪は神業としか思えません。
ある日、日中に除雪に来たことがあって、窓から子どもたちにその仕事ぶりを見せたことがあります。
その中にはその方の子どももいました。
最初は誰が運転しているかわからなかったようですが、やがて自分の父親が運転席にいるのを発見して驚きの声を上げていました。
父親の仕事ぶりを目の当たりにしたその子は、「父さんってすごい!」の一言を発し、尊敬の眼差しでその仕事ぶりを見つめていました。
家に帰ってから母親に、父親の仕事のすばらしさを目を輝かせて語っていたそうです。

近くにいるからこそ見えないこと、ってかなりありますよね。
それを伝えることって大切だなあ、と思いました。
その子は今、父親の跡を継いで農家を経営しています。
いずれ父親のように除雪車を操縦することもあるのかな。

音楽の効能

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ウォーキングの時には必ず音楽をかけています。
家にあるCDを片っ端からかけてみて感じたことは・・・ウォーキングに合う音楽と合わない音楽があるということ。
何でもかんでも音楽をかければいいというわけではなかったようで。
しかも、好みの音楽がよいかというとそういうことでもなさそうです。
一体何が影響しているのかはまだ謎のまま。
一生懸命に謎を解明しようと考えながら歩いているんだけど・・・。
きっと人によっても違うのかもしれません。
私の場合は何と言ってもBilly Joel。
歩いている時の疲労感、歩いた後の爽快感が違うのです。
パンチ力のある声のせい?
中でも「The Ultimate Collection」というアルバムの1枚目がベストワン。
全部で18曲からなるアルバムでこれ一枚の時間を歩きます。
曲を紹介すると

1.Just The Way You Are
2.My Life
3.It's Still Rock And Roll to Me
4.An Innocent Man
5.Piano Man
6.Everybody Loves You Now
7.The Entertainer
8.Streetlife Serenader
9.New York State of Mind
10.Say Goodbye To Holywood
11.She's Got A Way
12.Movin' Out
13.She's Always A Woman
14.Honesty
15.You May Be Right
16.Don't Ask Me Why
17.Miami 2017
18.The Stranger

「The Stranger」を初めて聞いたのは中学校1年生の時だったかな。
口笛が印象的な前奏と後奏。
それにはさまれてのリズミカルな音楽。
その対比がすごく斬新で驚きでした。
今もその輝きは失っていないと思います。
最近のお気に入りは「Piano Man」。
でも、多くの外国の歌がそうであるように、訳を聞いたら笑っちゃうんだろうなあ。。。

1年に感謝!

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このブログを立ち上げてから今日でちょうど1年になります。
最初は「ブログなんて自分にできるのか?」なんて思っていました。
人からいくらすすめられてもつくる気も起こりませんでした。
「こんな自分にも何か伝えることがあるのではないか」・・・そんな思いからの立ち上げ。
実際にやってみると簡単で、「こんなんだったらもっと早くからやればよかった」と思うほどでしたcoldsweats01
たくさんの人との出会いのおかげで立ち上げることができたブログ。
おかげで、なんと!4万アクセスを超えました。
本当にありがとうございます。
文章を書くにあたって言葉などを調べるようにもなりました。
自分自身が磨かれていったような気がしています。
最初の記事は次のようなものでした。

当ブログにアクセスして下さり、ありがとうございます。
このブログは、全空知音楽教育連盟会員、そして私たちと考えを同じくする仲間たちが日頃の悩みや音楽科教育への思い、研究の経過、指導方法、教材などを交流する場です。
ベートヴェン作曲の「ミサ・ソレムニス OP.123」の「Kyrie」冒頭に、作曲者自身が書き記した「Vom Herzen - Möge es wieder zu Herzen gehen “心より出ず、願わくば再び心に至らんことを”」という言葉があります。
『心より心へ』というブログ名はこの言葉から名付けました。
自分の心 に生じた感動が相手の心に伝わり、より広がりのある感動として鳴り響く。
そして、その感動が再び自分の心に返ってきて一層深まりを増していく。
一人ひとり の心に生じた感動をわかちあい、伝えあうことにより、たくさんの人の心に響き渡る感動へと高まっていく。
心と心のつながり、感動の響き合い、まさに、私た ちが理想として追い求めている「共感」という段階のことを表した言葉だと思います。
同じ音楽科教育に携わっている者同士とはいえ、一人ひとり、生き方や考え方、指導方法や得意分野、子どもへの迫り方はそれぞれ違います。
しかし、 「子どもにとっての音楽を大切にする」という思いは共通できるはずです。
このブログを通して、お互いの考えを伝え合い、認め合い、人と人との出会いやつな がりの大切さをかみしめながら、子どもたちのために教師である私たち自身が成長していけるきっかけとなることを願っています。

当初は誕生日の2月5日に開設する計画でした。
どこのブログを使用するか比較検討している間に1日過ぎてしまい・・・。
初めての記事はさらに遅れて2月9日。
かなり悩み抜いて書き上げた文章です。
これからは今までのようなペースで記事を書くことができなくなります。
それでも、定期的に記事を更新していくので時間があったら今まで同様立ち寄ってください。
もしかしたら、新しい視点で文章を書くことができているかもしれません。
これからもよろしくお願いします。

誕生日!

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今日2月5日は私の誕生日clover
44の年齢をただなんとなく重ねて生きてきただけのような気がしています。
それでも何歳になってもやっぱり特別な日。
自分を生み、そして育ててくれた両親に感謝。
いろんな人たちと出会いながらここまで生きてこられたということに感謝。
と言うことで今日はワインを飲むことにしました。
昨日、誕生日とは関係ないけれども友人からうれしいメールが届いたのもひとつの理由です。
(飲むことのできない本人には失礼だけれども・・・ごめんなさい)

ワインは「北のほたる」。
沼田町のブドウを使ったワインで、浦臼町とかかわりの深い北海道ワインから出ているもの。
チーズは、足寄町の「限定カマンベルチーズ」。
海苔を巻いたり、衣をつけて揚げたり、醤油につけて食べると風味が増すという和風のチーズです。
この日に合わせて1ヶ月寝せておきました。
海苔を巻いて食べようと考えているのだけれども、どんな味になっているかな?
私が子どもの頃の父のつまみが海苔で巻いたチーズ。
懐かしい味です。
そして、コルク抜きは函館の元町公会堂で購入したもの。
新卒3年目の年、担任として1年生、2年生、3年生と持ち上がった学年と一緒に行った修学旅行で買い求めた物です。
「初めての修学旅行引率なんだから一生思い出に残るものを買った方がいいよ!」
という先輩教師の薦めで買ったのです。
でも、あの時に買っておいてよかったです。
今でも思い出のつまった大切な一品となっていますから・・・。
お祝い事があったときには必ずこのコルク抜きが活躍するので。

44年前の23時55分。
思いを馳せながらゆったりと飲みます。
私が生まれる一週間前、「今日俺の子どもが生まれるんだ!」・・・飲み歩いて酔っぱらった父は友人たちを引き連れて入院している母の所へ。
「何しに来たの?」と問い詰める母。
「今日生まれると思ったから」と答える父。
それなのに私が生まれた日、父は飲みに出かけていていなかったという話ですcoldsweats01

節分の食べ物

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職員室での会話から・・・
「恵方巻なんて昔からあったか?」
「いや、昔は豆まきだったよ」
「いつからこの習慣が流行りだしたのかな?」
「どっかの地域での伝統行事?」
「そういえば、節分そばなんていうのもあるらしいぞ」
ということでみんなで調べてみたのでしたcoldsweats01

まずは「恵方巻」から・・・
節分の日、「巻き寿司のまるかぶり」が節分のイベントととして世間に浸透してきたのは大阪が発祥の地といわれている。
大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った行事をマスコミが取り上げ、全国の食品メーカーがそれに便乗して全国に広まった。
ということは、伝統行事ではないということ?
海苔がたくさん売れることを願ってつくられたということなのかなthink
でも、ちゃんと意味づけもされているんですよ。
太い巻き寿司をラッパを吹くようにくわえて恵方に向かって私語を交えずに丸ごと食べる事により、1年間良い事があると言われている。
巻き寿司を使うのは理由は、「福を巻き込む」からで、また、まるごと食べるのは、「縁を切らないために包丁を入れない」という事から。
また、恵方とは陰陽道で、その年の干支に基づいてめでたいと定められた方角の事を表しているとのこと。

次は、「節分そば」について・・・
いま一般に「年越しそば」といえば、12月31日の大晦日に食べるそばのこと。
だけれども、この一年の最後の日に食べ るそばを年越しそばと呼ぶようになったのは、意外と新しい。
少なくとも江戸時代の後期には、大晦日ではなく節分に食べるそばを年越しと呼んで いたとのこと。
江戸時代の史料で、大晦日に食べるそばを年越しそばと呼んでいるものは、いまのところみつかっていないとされる。
節分とは、季節の変わり目のことで、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前日のこと。
したがって、本来は一年に4回の節分があるが、その中でも立春の前日を称して節分と呼ぶようになっている。
この日の夕方には、ヒイラギの小枝にイワシの頭を刺して戸口に立て、炒り豆(鬼打豆)をまいて悪疫退散、招福を 願う風習がある。
もともとは7世紀末に中国から伝わった宮中の年末の行事だったのが、江戸時代頃から民間に広まり、立春の前 日に行う清め事となった。
立春の前日の節分は大寒の最終日、つまり冬から春への節目の日である。
そのため江戸時代には、大晦日ではなく節分を本当の年越し(立春が年の改まる日)という考え方があった。
節分に食べるそばを年越しそばと呼ぶようになったのは、そのためという。
どうしてチラシにそばの広告が多いのかと思ったらちゃんといわれがあったんですね。

そんなことはどうでもよく、豆まき後の落花生でウィスキーを飲んでみようかと考えているところです。
カイは豆まきしている落花生を追いかけて走りまわっていました(。・w・。 )

冷え冷え

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2月に入って最初の朝はこの冬一番のしばれでした。。。
朝起きるとベランダにびっちりと氷が張ってましたからshine
すごいでしょ?
これでも少し溶けた状態なんですよ。
こんな中でもたくましく生きていますgood
この冬、ストーブが壊れて床暖式のものにしたので例年よりも暖かい冬を過ごしてはいるけど・・・。

この写真を見ると大学時代の釧路を思い出します。
灯油が買えなくて電気こたつだけで過ごしたときもありました。
朝起きるとふとんの襟が凍っていたことも。
銭湯spaの帰りに頭の上にのっけたタオルが氷ついてしまってとれなくなったり。
寒さと貧乏との闘いだったけどおもしろい時代でもあったなあ。
まるで「ラ・ボエーム」みたい。

そんな寒さのせいか、カイもストーブの前で休んでいます。
寒いんだろうなあ。
やっぱり猫かcat

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いつもふとんに入ってきてはふとんをかぶって仰向けで寝る変な猫です。
腕枕でも寝るし・・・。
おかげで左肩の凝りがなかなかとれませんcrying

偶然?

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私の友人は、厚い雲間から差し込んでくる光の筋のことを「神の光」と表現しています。
そんな写真を撮ってみたいなあ、なんて思っていたら・・・。
一歩玄関から出ると、偶然にもぴったりの光景が目の前に広がっているではありませんか!
慌てて家に入ってデジカメを持ち出してパチリ。
ちゃんと光の筋が写っていてうれしい気持ちでいっぱいになりました。
これからよいことがたくさんありそう(v^ー゜)!!

さて、このような景色に偶然出会えるかというとなかなかそうはいきません。
ただなんとなく生活していたのではせっかくの景色も見過ごしてしまいます。
実は、頭の中には「こんな景色を撮りたいなあ」という具体的なイメージがあるのです。
それを持ちつつ生活していると、そのうちに自分の頭の中にあるイメージと重なる景色が現れる。
目の前の景色を見たとたんに頭の奥底に眠っていた自分のイメージが呼び起こされる瞬間です。
頭の奥底に眠っているのですから、日常の生活の中ではあまり意識されることはありません。
視覚からの刺激を受けることによって頭の奥底に眠っていた自分のイメージが呼び起こされ、あたかも心を感動させるような景色が偶然にも現れたように感じていているだけです。
自分の頭の中にあるイメージを取り出している、といった方がいいかな。
本当はもっともっとすばらしい景色に出会っているはず。
ただ、自分の頭の中のイメージと一致しないから意識化されないだけ。
そうならないためにも、たくさんの作品に触れて自分の感覚を磨いていくいく必要があるといえそうです。

またその一方で、「こんな写真を撮ろう」と意識的に撮りに行くときも。
寒くて雲ひとつない朝だから朝焼けがきれい。
急に冷えて川の温度との差が激しいからガスがかかった風景が広がっているはず。
日の出の方向の雲が厚いから光が差し込む風景が現れるはず。
川の近くは冷えているはずだから、そこだけ紅葉がきれいなはず。
これまで生きてきた自分の経験と照らし合わせて出現する景色を予想します。
そういう予測がないとなかなか「これだ!」という景色には出会えないものです。

さらに、よい写真を撮るためには絵画や写真などの芸術にたくさん触れておくことが大切。
たくさんのすばらしい作品に触れていくうちに自分なりの構図のイメージができあがり、自分が写したいと思うようなイメージを具体的に頭の中に取り込むことができるからです。
たくさんの作品を目にしているうちに、それまでの自分の好みの傾向とは違ったものに感動する、といった新しい出会いも出てきます。
それまで知らなかったようなものに出会ったときには驚き、自分の感じ方を大きく揺さぶられます。
そのことによって、自分の価値観が広がり、構図のイメージもさらにふくらんでいくことに。
ただし、新しいものに出会って新鮮な感動を覚えるためには、自分なりの好みや価値観がしっかりと頭の中にできていることが必要だと思います。

大した写真も撮れていないのにわかったようなことを偉そうに、と言われそうですが・・・。
あれこれと考えているうちに、音楽も写真に似ているところがあることに気づきます。
私たちは感動的な音楽に偶然出会っているのではありません。
それまでの経験からできあがった自分なりの音楽の好みや価値観というものが頭の中にできあがっていて、それと一致する音楽が聞こえてきたときに感動する。
また、そのような音楽を予測をして出会うことを求め、探す。
それまでの自分の好みや価値観とは違う音楽に出会うことにより驚き、自分の音楽への価値観が広がる。

こんなことを考えているだけで楽しくなります。
暇人?
でも、この記事の中に音楽の授業に応用できることがたくさんあると思いますよ!

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夢街

  • 日の出
    それぞれの街にはそれぞれの魅力があります。 通りかかったときに目に飛び込んでくる風景。 心に残る瞬間瞬間を写真に残してみました。

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