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2009年9月の27件の記事

「秋山羊子」

P1020127

ブログをしばらく更新するつもりはなかったのだけれども・・・。
今日はすてきな出会いがあったので。

*その1 ~ 屋久島の写真
いつもその時の私の心にピッタリのメールを送ってくれる方から・・・。
旅行先のすてきなすてきな写真が送られてきました。
私がいつかは行ってみたいと思っている「屋久島」。
焼酎と縄文杉が待っている(。・w・。 )
光のコントラストと深々とした緑、海と虹が私の心を潤してくれました。
今、一番自分に必要な風景。
うれしかったです。
何回も何回も見てしまいました。
これが午前中の出来事。

*その2 ~ 秋山羊子さんのCD
学校に私宛のごっつい封書が一つ。
これが午後の出来事。
封を切ると2枚のアルバムCD。
全道音研終了後にぜひ私に聞かせたい、と信頼する仲間からの贈り物。
歌手名を見るも。。。「わからん」。
ジャケットの目が魅力的。
この目を私は知っているような気がする。
家に帰ってさっそく聞いてみると心臓をわしづかみにされた感じ。
日常の言葉を使いながらも、詩に訴える力がある。
世の中の無情とか矛盾とか理不尽さとか反骨精神とか・・・それが独特の音色の声で歌われていく。
怨み節ではない。
かといって諦めているわけでもない。
きれい事ではない世界。
せつなくて胸が締め付けられる。
静けさの中に閉じ込められた熱い情熱。
矢野顕子さんに共通するような気もする。
不思議な魅力をたたえていて離れられなくなってしまった。
STINGの歌うジョン・ダウランドのような・・・。
ホームページも発見!

http://www.hitsujilabo.com/


「指一本で倒されるだろう」

1.指一本で倒されるだろう
2.ハテナ
3.どん
4.コロッケパン
5.バッティングセンター
6.もう一度僕らは
7.時のかけら
8.ジンギスカン

「ピラニアの棲む湖」
1.ピラニアの棲む湖
2.水分
3.とおくに
4.アオイソラ
5.HALLELUJAH
6.君へ
7.ほめられたい
8.カウンター
9.BUS
10.あの子は本当にきれいだった
11.HAPPY

二人に感謝!
人とのつながり、出会いの大切さを改めて実感しました。

浦臼そば祭

昨日は耐震検査のために8時から17時まで学校に貼り付け。
たっぷりの時間。
来年度の年間行事予定のひな形を作ってしまいました(o^-^o)
終わり次第、信頼する仲間との飲み会で滝川へ。
久しぶりに、本音で語れるホッとする時間を過ごしました。
でもなあ、半年も経つと思考回路が管理職になってしまうんだなあ、と感じる瞬間もありました。
仕方ないことだけれども。

そして!
たっぷりと楽しい時間を過ごした次の日、今度は浦臼町の「そば祭り」に参加。
一口に蕎麦、と言ってもその種類はたくさん。
浦臼町のそば祭りで使用される蕎麦は「ぼたんそば」。
とても甘みのあるそばです。
会場は人でびっしり!

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まずは、「浦臼手打ちそば愛好会」の蕎麦から。
ここの「きのこ蕎麦」は絶品。
浦臼にいたときによく通った居酒屋の店主が自らきのこを収穫し、そのきのこで出汁をとっています。
中曽根元首相にも料理を出したことのある店主の料理は最高!
きのこの味を活かすように考えて作られています。
ここのを最初に食べないと、きのこの味がわからなくなってしまうので・・・。
浦臼にいたときの料理はいつもお任せ。
私の状態を見て、その時にピッタリの料理を出してくれていました。
すごい観察眼。

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浦臼時代にお世話になった方々、子どもたちにもたくさん会うことができました。
楽しく、充実した2日間。
明日からの元気の源をもらいました。

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可能性を信じて

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「選挙への出馬の可能性は?」
「99%ありえません!」
それって1%は考えてるってことでしょ?
「この課題を解決できる可能性は?」
「99%無理!」
それって1%は達成できるってことでしょ?

可能性って、「ある」か「ない」かの二つしかないんじゃないかなあ。
パーセントは実現可能かどうかの難易度を表しているだけ。
その難易度が高いからあきらめるのか、それとも困難を覚悟で取り組むのか。
私であれば可能性があるのであれば、パーセントが高かろうが低かろうがまず取り組んでみる。
難易度が低くて簡単に達成できそうな場合は、途中の経過でポカしないよう慎重に確認しながら。
安心しきっていると、とんでもないミスをしてしまうことがあるのでその点だけを注意。
逆に難易度が高くて早々達成できそうにない場合。
そんな時はむやみやたらに動いてもだめ。
まずは策を練ること。
見通しはどうなのか?
クリアーしなければならない課題はなにか?
どのような人脈を使うのか?
考えられる場面場面を想定し、そのときの行動や発言やらをシュミレーションしていく。
自分の考えている方向で動いた場合にどんな反応が考えられるか、どんな結果を生むと想像できるか。
そして、実際に動いてみたときにどんな反応が返ってきたか、どんな結果が生じたか。
予想と現実で一致しているところと乖離しているところの分析。
その結果、次に何をしなければならないのかまたまた策を練る。
どんなことでも、ただ待っていたり、救いを求めているだけでは何も変わらない。
ただ、あらゆる手を尽くしても結果がついてこないことがある。
どの段階で撤退するのかという判断も大切。
いつまでも可能性にかけて粘っていたのでは、全く違う方向に行きかねない。
撤退する判断は、かなり勇気がいることだけれども。
結果が出なかったときには必ずその理由がある。
そのときには挫折感を味わうかもしれないけれども、後で必ず好転のきっかけとなる。
うまくいかなかったからと言って腐らないこと。
なぜ、その方向で結果が出なかったのか、その理由は後でわかることが多い。
そんな時に、あのときによい結果が出なくて逆によかったと感じることも。
まあ、一生懸命生きていれば「どっちに転んでもしめた!」かな。

最後に、人とのつながりで私が大切にしていること。
①反対意見をも伝えてくれる人。
②一歩を踏み出す後押しをしてくれる人。
③運のいい人。
④自分を信じてくれる人。
賛同の意見はよく耳にすることがある。
でも、反対の意見はなかなか耳に入ってこないもの。
陰で噂されていて、知らぬは本人ばかりということが多い。
特に信頼する人が反対意見を伝えている場合には必ず耳を傾けること。
ここが人生のターニングポイントとなる場合が多い。
①と④は相反するようだけれども、信頼しているからこそ逆の意見を伝えることができる。
運のない時には、残念ながらこの反対意見に耳を貸すことができなくなる。
気持ちをわかってくれない、と遠ざけたり、批判してしまったり。
ただし、悪意のある、なしを見抜かなきゃならないけれども。
そして、③。
運の強い人は必ずいるもの。
その人と一緒にいるだけで不思議と運が開けてくる。
私は①と③のタイプのような気がする。。。
厳しすぎて遠ざけられることも多いけど。

笑いの中の毒

5

「キング・オブ・コント 2009」というお笑い番組を見ていたときのこと。
大笑いしながらの楽しい一時。
ところが。。。
あるコントを見ていて急に笑えなくなってしまった。
このコント。。。本当にいいのか?
右側に麦わら帽子の二人組。
野球のバットの握り方と振り方を教えるという内容のコント。
まずはバットの握り方の指導。
「手を開いて」と言っても相手に伝わらない。
そこで、「手をパーにして」と指導。
言っていることが通じたのか手を開く。
「そうそう、やればできるじゃん」と喜ぶ指導者。
「じゃあ次はバットを握って」
ところが握り方がわからず悩み出す。
「グーで握るんだよ。」
「バットのここをグーで握って」
ところがグーにはするものの、バットを握らないのでバットが床に転がる。
「何しているんだ!バットのここをグーで握るんだって!」
ところがチョキを出す。

わかりやすく説明しようとたとえ話をするのだけれども、たとえ話が通じない。
言葉をそのままの意味で受け取ってしまう。
今回のコントのように、ジャンケンにたとえて、手を開くことと握ることを教えようとしても、ジャンケンそのものでしか理解していない。
そこで教える方と教えられる方のやりとりに食い違いが生じる。
たとえ話による説明がわからないので、どう聞いたらよいのかがわからずにパニックを起こす。
かんしゃくを起こす。
説明している方も、自分の説明がうまく伝わらないので話のわからないやつ、と腹を立てる。
そのやりとりで笑いをとろうとしているのだろうけど。

これまで出会った子どもの中に同じ感じの子どもがいた。
知的に障害があるわけではない。
高機能自閉症。
含みのある言葉の本当の意味が分からず、表面的に言葉通りに受けとめてしまう。
このお笑いコンビはそのような障がいのある人を知っているのではないか?
その体験をもとにコントをつくっているのではないか?
きっと知らないでコントにしているのだろうけれども。。。
笑いには毒があるというけれども。
毒がなければ笑いにならないと言うけれども。
知らないということが恐ろしい。
私も過去にわからないで指導していただけに。。。

シルバー・ウイーク②

実は・・・私は買い物が大好き。
食材を見て歩くのが楽しみで、楽しみで。
何がどの値段かもけっこう詳しかったんですよ。
でも、4月からはそんな機会もほとんど無くなり・・・。
とても残念だったのです。
今日、久しぶりにゆっくりと食材を見ることができました。

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立ち寄ったお店は巨大フード店。
そこで見たのはマグロの解体ショー。
値段も安かったので、その場で解体した生マグロを買ってしまいましたヽ(´▽`)/
釧路時代を思い出させるサンマの刺身。
小骨が多いので毛抜きで抜きながら調理。
朝獲りの真いか。
そういえば、中学校の音楽教育にイカとかかわらせて「感受」と「鑑賞の能力」のことを書いたっけ。
ゴロも大切に取っておき、塩からに。
そして!
生いくらをゲット!
これは醤油漬けしかないでしょ!
今日の食事も楽しみだけれども、漬かった頃の塩からといくらの醤油漬けが楽しみ!
やっぱり手作りが一番。
手間暇かかるけど。
それにしても安かった。

店をぐるりとまわると、鶏のたたきを発見。
鶏肉の団子鍋だよなあ~。
秋だからさ。
今回は、鶏の白出汁に。
もうちょっとショウガを加えて下味を整えて。
ということでこれは明日の晩ご飯。
今日は休肝日のつもりだったのに・・・。
ついつい、サッポロラガーを買ってしまった。。。(^-^;

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シルバー・ウイーク①

日常の日課がしっかり身についているために、休日もいつもの時間に目が覚めてしまう。
ゆっくり寝ようと思っているのに~(-ε-)
もったいないので、まずは学校の見回り。
そのまま1時間ほどピアノを弾く。
帰ってきてからゆったりと朝食。
新聞を読んだり、音楽を聞いたり、本を読んだり・・・なんと贅沢で優雅な時間。
その後、4月以来、時間が無くて片付けていなかった物置の片付け。
ゴミ収集に間に合った~(;´Д`A ```
一段落したところで、せっかくの連休なので食事に。
長沼町の「いわき」へ。
月曜日、水曜日、木曜日、金曜日しか開いていない食事処。
しかも11時から15時まで。
そこの「赤字丼」がすごい!

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でっかい海老の天ぷらが5匹。
油ものは苦手。
年齢のせいか食べられる量もますます減ってきている。
胸焼けがしてしまうのです。
それでもついつい注文してしまうおいしさ。
残ったときにはパックがあるので安心。
携帯で撮ったので画像が荒いですが美味しいですよ!

そして、ちょっと足をのばして、ずっと気になっていた「宝水ワイナリー」へ。
そこのアイスクリームが美味しかったです。
買ってきたワインは昨年の「ケルナー」。
ワインとブドウのことは、また次回に。

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ゴールを決めない

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北海道音楽教育研究大会空知大会の2週間ばかり前のこと。
「次の大会は共通のテーマに従って小学校1本、中学校1本の公開授業にしてみんなで見合うなんていうのはどう?」
「言語活動に注目が集まりすぎているから、言葉で表現できないものにもう一度焦点を当てた研究主題はどう?」
「学校教育に情操教育や芸術教育の大切さをわかってもらうためにはどんな実践を積み重ねていけばいいかな?」
目の前の大会のことよりも次の大会のことを話していました。
そんな私に「もう次のこと考えているの?」とビックリ顔。
そうだよなあ。。。
目の前の大会も終わっていないのに、次のことをあれこれ考えている。

他にやることあるでしょ!
全力で目の前のことにかかわってくれないと!
本当に真剣に大会を成功させようとしている?
いろいろ批判されても仕方仕方ないよなあ。

でもね。
ゴールを決めてしまったら、そこで思考が停止してしまう。
空知大会がゴール。
そこまでたどりついたら終わり。
そう考えたとたんに脳がそこまでのはたらきしかしてくれなくなる。
大会当日に合わせて一日一日働かなくなっていくというか・・・。
意欲がなくなっていくというか・・・。
意欲がなくなってしまっているのになんとかしようとするから、おかしな動きになってしまう。
前回の大会の時みたく、燃え尽きてしまって何もしたくなくなってしまう。
今回、燃え尽きていないのは次に向けての意欲があるから。
空知大会がすべてでないでしょ?
「空知大会で提案したことが絶対的なものを持っていて、それ以上のものは考えられない」。
それだと発展性がない。
どんなに最新と思われる理論や実践でも、提案して人の目に触れたとたんに古いものとなっていく。
最新を保つことなんてできはしない。
どんなにすばらしいと思われる理論や実践にしたって、反論はあるべき。
そうすることによってバランスの保たれた状態が続くことになる。
提案した理論がより深まりを増していく。
子どもたちにとってよりよい音楽科教育とはどうあるべきか?
これは永遠の課題。
互いを否定するのではなく、子どもたちにとっての音楽科教育はどうあるべきか。
意見を闘わせて、みんなで協力して築いていかないととんでもないことになってしまうような気がする。

自分はもう通用しないのではないかという不安、との闘い。
いくら自分で自己暗示をかけても無理がくる。
やっぱり人の支えが必要。
レセプションの時に「私はまだ通用するかな?」とのつぶやきに、「まだいけます」と笑顔で力強く後押ししてくれた人。
これが終わりではなく、始まりだとその時に悟る。
急に目の前が開けた感じがした。
一番聞きたい言葉を聞けて本当にうれしかった。

歌曲集「ミルテの花」

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ローベルト・シューマン作曲の歌曲集「ミルテの花」OP.25。
30歳まで主にピアノ曲ばかり書いていたシューマン。、
クララとの結婚を機に一転して今度は歌曲ばかりを書き始めます。
それは「歌の年」ともいわれる1840年のこと。
その作品群のトップを飾るのがこの歌曲集「ミルテの花」。
リュッケルト、ハイネ、バイロン、ゲーテ・・・様々な詩人の詩に曲がつけられた26曲からなる歌集です。
第1曲目は「献呈」。
「君はぼくの心 ぼくの魂 ・・・」
という熱烈な詩で始まる歌。
クララへの激しい思慕の情から生まれた歌曲集ですから。。。
第1曲目が変イ長調で始まり、第26曲目も変イ長調で終わる。
このからくりわかりますよね?
そう、歌曲集自体が花嫁に贈るミルテの花の冠になっているのです。
結婚式の前夜に実際のミルテの花を添えてクララに捧げられています。
その中で私が一番好きなのは第24曲「君は花のよう」。
ハイネの詩に曲をつけたもの。
愛情にあふれた旋律がすばらしいです。
Du bist eine Blune  とおぼえていたのですが。。。
よく見ると「Du bist wir eine Blume」でした(泣)。
結婚式当日の花嫁さんってこんな感じですよね!

Du bist wie eine Blume,      
So hold und schön und rein;    
Ich schau dich an,und Wehmut  
Schleicht mir ins Herz hinein.   

Mir ist,als ob ich die Hände
Aufs Haupt dir legen sollt,
Betend,daß Gott dich erhalte
So rein und schön und hold.

君はまるで花のよう
愛らしく、美しく、清らかだ
君をじっと見つめていると
悲しみが胸の中に広がってjくる

思わず君の頭上に手を置いて
祈らずにはいられない
清らかさ、美しさ、愛らしさを
いつまでも失いませんように、と

空知大会が終わってからシューマンの曲も結構聞いてきました。
シューマンの曲を聞くのは少しお休みです。
あまりにも自分の心を対象とし、見つめさせられるからです。
自分の心の奥底へ奥底へ・・・と。
内省的になってしまう。。。
抜け出せなくなるのです。
シューマンの曲を連続して演奏する演奏家が少ないのも、これが理由なのかもしれません。

写真は紫陽花です。。。
ミルテの花は白い花なのですが・・・私は実物を見たことがありません。
あしからず。 

佐藤のジンギスカン

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長沼には3つジンギスカンのお店があります。
私が一番好きなのは「佐藤のジンギスカン」。
長沼に来て食べ比べをしたときに、手作りの味がしたからです。
私の母親がつけてくれたなつかしいジンギスカンの味。
ショウガにリンゴ、タマネギ・・・。
ブロック肉を切り、脂身を少々のぞいてたれに漬け込む。
それなりの手間暇がかかります。
お店で美味しい食事を一緒に食べるのもいいのですが、私が一番うれしいのはその人の作った料理を食べること。
手間暇をかけて作った、その気持ちが伝わってくるからです。
ちょっとした料理でも手作りが一番。

「佐藤のジンギスカン」で思い出すのは妹の結婚前夜。
家族4人での夜。
食事をしに出かける、との話。
それを聞いた私は次のように妹に伝えました。
「あのさ、お店に食事に行くなんていつでもできるでしょ。
 それよりも、オヤジの一番好きな食べ物をお前が作ったら?
 ことばで伝えなくたっていいよ。
 気持ちで伝えたら?」
妹は父親と大げんかをして5年ほど話をしていない状態でした。
この機会を逃したら、きっと後悔すると考えたのです。
渋る妹を強引に説得し、私の案を無理くりのませました。
結局、自分の家でお祝い。
父親が好きなのは、稲荷寿司とジンギスカン。
あげに味をつけるところから。
ジンギスカンはブロック肉を切るところから。
そして私の買ってきたお酒は「一人娘」。
父親と妹の泣き崩れる姿に耐えられず、外に飲みに行ってしまいました。。。
周りの人に泣き顔を見せないようにしてきた私。
そんなことだから冷たいと言われるのだけれども。

何か感謝を心で伝えてください。
その人が一番喜ぶことは何か。。。

「第9交響曲」

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あの「第9」。
そう、ベートーヴェンの交響曲第9番です。
いまさら・・・なんていう人もいるかもしれませんが。
それが、すごい演奏だったんですよ!
カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー、ベルリン・ドイツオペラ合唱団。
独唱陣は、ソプラノ:アンナ・トモワ=シントウ、アルト:アグネス・バルツァ、テノール:ルネ・コロ、バス:ホセ・ファン・ダム。
1977年「ニュー・イヤーズ・イヴ・コンサート」のLive。

全く買う予定もなかったDVD。
なぜ買ったのかもよくわからない。
1500円だったから?
何かに導かれて買わざるを得なかったような気がする。
決して衝動買いなんてものじゃなく、必然性があったような・・・。

昨日から「影踏み」とともに、このDVDを3回見てしまった。。。
スタジオ録音されたり、何回も取り直して編集されたものとは違う熱気が伝わってくる。
当たり前かもしれませんが、カラヤンも舞台の人。
Liveがすばらしいです。
今後、新発見のものが発売されていくのでしょうが・・・。
第1楽章を見ていると「星つむぎの歌」を思い出す。
自分という一人の人間が宇宙と一体であるかのような壮大で深淵な音楽。
音で表現された思想・哲学と言ったらいいかな。
第2楽章の困難に立ち向かっていくような英雄的な響き。
ちょっとやそっとのことでへこたれてなんかいられない、一生懸命に生きてみよう、なんて気持ちになってくる。
第3楽章の包み込み、慈しむような、そして抑えられない情熱といった愛する人への想い。
一人の人間の心の葛藤。
「エリジュウムから来た娘」に焦点を当て、「Eros(性愛)」と「Agape(親の愛)」といった普遍的で精神的、人間的な歓喜を歌い上げた第4楽章。
作品の言わんとしていることが演奏から伝わってくる。
今まであまり好きではなかった第4楽章。
狂気をはらんだような高揚感と未来に向かう期待。
ルネ・コロのまるでジークフリートかと思うような英雄的なテノール。
そして、演奏を引き締め、重唱に息吹を与えるるアグネス・バルツァのアルト。
演奏者の持っているものを最大限に引き出し、活かすカラヤンの指揮。
この演奏なら「好き」と言えるかも。
だからこそ、3回も繰り返して視聴してしまったのかな。
「詩人の恋」を聞いて内面に向かっていた気持ちが解放された感じがします。
音楽ってすごい力がありますよね。

この映像を見て、カラヤンが指揮について語ったことばを思い出しました。
「指揮者であれ、大統領であれ、やれることはただ一つ、アイディアを与えるだけ。自分で全部仕事を担当できるわけじゃないんだから。コンサートでの指揮者の仕事は、オーケストラが演奏しやすくすることだけ。」
乗馬にたとえたこんな話もしていたような・・・。
カラヤンが乗馬を習っていたときのこと。
馬をジャンプさせるレッスンの前日。
どうやって馬をジャンプさせたらよいのか考えると一睡もできなかったとのこと。
次の日に乗馬の先生にその話を伝えると・・・
「君が馬を持ち上げて壁を乗り越えているわけではないだろう!ジャンプするのは馬なんだよ。君がやることは、馬がジャンプしやすい状態にして、壁の前まで連れて行くことだけだよ。」
これらの話を確認できる映像でした。
オーケストラに任せるところは任せる。
でも、ここぞという場面ではしっかり自分の考えを指揮で伝える。
決して派手な動きではなく。
オ^ケストラをあおることなく。
「帝王」なんて言われているけど、演奏に関してはオーケストラの自発性を大切にしていたのでしょう。
カラヤンの指揮についての話は、他の面でも参考になります。
決して指揮の極意だけを語ったものでないような気が。。。
教育や仕事にもあてはまることがたくさん。

ただし、演奏には好き嫌いがあるので。。。

「影踏み」

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北海道音楽教育研究大会空知大会の翌日から頭の中で鳴っている曲。
特に何か理由があるわけではないのだけれども。。。
ホッとするのと、静かに静かに感動がわいてくるので。
私はこの曲から親子の愛情というものを特に感じます。
でも、歌詞の人称が統一されていなかったり、内容も幼なじみのようで、恋人のようで、親子のようで・・・とはっきりと対象が定まっていない感じ。
幅広く、それぞれが想っている対象を思いうかべながら聞くのがいいのでしょう。
特に意味を求めなくたって。。。
対象が限定されない、その幅広さがいいのかもしれません。
解釈や想いがいろいろ違っていいんですよね。
表現したいことがちゃんと伝われば。
想いや感謝をそっと伝えたいときに歌いたいし、聞きたい歌です。


http://www.youtube.com/watch?v=mrFwrfZEK94

講演会あれこれ

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北海道音楽教育研究大会空知大会の講演会の一コマ。
講師は作曲家の新実徳英氏。
「音楽と私」という演題で、「私の音楽小史」「作曲と宇宙観」「音楽教育」「創作指導」「詩と音について」という構成でのお話でした。
最後には「ぼくは雲雀」と「卒業」を会場のみんなで合唱。
小学生の日常の気持ちを表現した楽しい楽しい「ぼくは雲雀」。
中学生の心情を叙情的に表現した「卒業」。
出会った子どもたちに伝えたいなあ、と思いました。

身分保障の観点で音楽科を残すことを考えてはいけない。
子どもたちの情操を養うために絶対になくしてはならない。
全ては子どものために音楽科教育があるべき。
新実先生の思いが伝わってきます。
情操には宗教的なものもあるけれども、哲学的なもの、思想が大切であるとも。
これは前回の岩見沢大会の紀要にまとめた部分ですよね!
また、知性と感性の調和まで。
今回の空知大会は、音楽科教育を知性面からとらえた提案もしています。
知性と感性は不即不離。
どちらかだけに偏るものではないと考えます。
音楽科教育は、私たちが提案したように「知性」と「感性」の両方をはぐくむことのできる教科です。
だからこそ、学校教育に必要なのです。
さらに、即興表現について。
かなり音楽的な技能面が育っていないと即興表現は難しい。
音楽的な技能面なしに即興表現に取り組んでも、それはただの音遊びでしかない。
空知が提案している「わかる・できる・わかちあう」から生み出される「楽しさ・よろこび・感動」を大切にしたいものです。

講演が終わり、控え室に新実先生をご案内している時のこと。
「朝から私を接待してくれ、伴奏してくれた先生はすばらしいですね」。
よくよく伺うと、次の点が印象に残ったようです。

・控え室に到着したとたん、ペットボトルのふたを開けてお茶を注
 いでくれた。
 最近は、ペットボトルと紙コップだけが用意されていて自分で注
 がなくてはいけないことが多い。
 北海道とはいえ、あたたかくて喉が渇いていたので助かった。
 講演会の時も、ちゃんと水がコップに注がれてあり、ペットボトル
 のふたが開けられていた。
 ちょっとした気遣いがうれしかった。
・笑顔が明るく、以前、私が岩見沢に来たときの話を引き出してく
 れた。
 受けとめてもらえる安心感があった。

私も見ていましたが、ていねいな対応でした。
ただ、新実先生のように口には出せなかったのですが・・・。
空知の先生方の「人を大切にする」という姿勢が伝わった一日でした。
よっぽど印象に残ったのでしょう。
「あの先生によろしく伝えてください。
 楽譜にお礼でも書こうかな。」
とのことで私の紀要にはさまっていた「ぼくは雲雀」に書いてもらい、本人に渡しました。
普段、奇声を発しない方なのに、大声を上げてビックリしていましたが。。。

「詩人の恋」

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9月18日、北海道音楽教育研究大会空知大会当日。
大学の同級生が末松教諭の授業を見た感想を一言。
「作曲者が書き記した強弱記号を変えていいのか?作曲者が書き記した記号をどのように歌うのかという授業の方が簡単だと思うけど・・・」
この部分についてはグループの中でたくさん話し合いをしたところです。
一つは、作曲者が書き記した諸記号を解釈する授業。
もう一つは、自分たちなりに諸記号を考えさせ、楽曲への思いをふくらませる授業。
今回は後者をねらった授業。
そこの所を説明すると・・・
「そうか。最終的な子どもの姿は一緒でも、迫り方はいろいろだからね。」と理解してくれました。
その後、「大学時代のにしあつさんを思い出したよ。」と。
歌のレッスンでシューマン作曲の「詩人の恋」に取り組んでいたときのことです。

「詩人の恋」は一連の歌曲の傑作が生み出されたシューマンの歌曲の年、1840年に作曲されました。
ハイネの歌集「歌の本」から16曲の詩が選ばれ、それに曲がつけられています。
第6曲までは恋する者の喜びを。
第14曲目までは失恋の痛手を。
そしれ最後の2曲は、過ぎ去った青年時代への追憶を。
16曲を通して一つの物語となるように構成されています。

その第7曲「ぼくは怨みはしない」。
恋人の裏切りへの激しい怒りと理性を失うまいとする葛藤が見事に表現された曲。
全てのものを打ち壊してしまうような激しい激しい曲。
大学時代の私は「諦念」を前面に押し出したいと解釈してレッスンに臨んだのでした。
つまり、速度を遅く、最弱音で始めたのです。
声楽の教授はビックリして目がまんまるに。
でも、怒らないで「どうしてこの解釈にした?」と聞いてくれたのです。
「あきらめの境地と、恋に疲れ果て、希望すら見いだせない姿を表現したかった」と説明すると、ていねいにていねいに詩を解釈してくれました。
教授曰く・・・
「おもしろいし、曲への思いは伝わってくる。でも、詩を読んでいくと本当に君の感じているような解釈になるだろうか?ぼくは怨みはしない、と言いつつ実は恨んでいるんだよ。その爆発してしまった怨みと、それを必死に押さえようとする心の葛藤。これらを表現するのにふさわしい表現だったかな?」。
完全に私の深読みのしすぎだったのです。
ただ、自分の解釈をいったん受けとめてもらえたことで、「次はこんな風に解釈をして歌ってみよう!」という気持ちが強くなりました。
つまり、「書かれてあるからその通りに表現してみました」という演奏から抜け出すことができたというか・・・。
時間がかかるのに、よくこんなことをしていたな、と思います。
音楽バカ、ですよね。。。
いろんな解釈を持っていったので、きっとビックリのし通しだったと思います。
時間をかけてあれこれと説明してくれた教授。
本当に感謝で一杯です。
末松教諭の授業を見てこんなことを思い出したようです。

この「詩人の恋」を知ったのは高校生の音楽の授業。
それ以来大好きな曲なのですが、特に印象深く心に残ったのは第9曲「あれはフルートとヴァイオリン」。
「糸を紡ぐグレートヒェン」のように主人公の感情の揺れによって伴奏が変化していきます。
私が好きな演奏は、フィッシャー=ディースカウの歌、ホロヴィッツの伴奏による演奏。
ホロヴィッツが伴奏?
そうなんです。
ある人に言わせると、演奏者の二人がそれぞればらばらのことをしている、とのこと。
私にはそれがたまらないのです。
ピアノ曲の上に歌がついているような感じで。

9. Das ist ein Flöten und Geigen 9. あれはフルートとヴァイオリン
Das ist ein Flöten und Geigen, あれはフルートとヴァイオリン、
Trompeten schmettern darein; それにトランペットも響いてくる。
Da tanzt wohl den Hochzeitreigen きっと結婚の踊りを踊っているんだ
Die Herzallerliebste mein. 僕の最愛の人が。
Das ist ein Klingen und Dröhnen, 響き渡り、轟き渡る、
Ein Pauken und ein Schalmei’n; 太鼓と笛の音が。
Dazwischen schluchzen und stöhnen その合間でむせび泣き、うめいている
Die lieblichen Engelein. かわいらしい小さな天使たちが。

中学校当日資料

P1010846

中学校の指導案と研究発表資料です。
ところで。。。
写真の花はなんという花なのでしょう?
道ばたで赤い実をつけていたのですが。
知っている方、教えてください。

「つなげ、重ねて表現しよう」 ~ 中学校1年「創作」
指導案は・・・

「toujitu3-1.pdf」をダウンロード

研究発表は・・・

「toujitu3-2.pdf」をダウンロード

「詩を味わい 思いをこめて表現を工夫しよう」 ~ 中学校3年「合唱」
指導案は・・・

「toujitu4-1.pdf」をダウンロード

研究発表は・・・

「toujitu4-2.pdf」をダウンロード


小学校当日資料

P1020041

研究紀要の袋詰めも無事に終了!
みなさん、本当にお疲れさまでした。
と、ホッとしていたのですが。。。
なんと!
ほとんどの方が紀要と当日用資料集の中身を知らないということが判明。
すでに一週間を切っています。
ですが、ここに載せておきますのでご覧下さい。
まずは小学校から。

「様子を思いうかべながら歌おう」 ~ 小学校2年「表現」
指導案は・・・

「toujitu1-1.pdf」をダウンロード

研究発表資料は・・・

「toujitu1-2.pdf」をダウンロード

「つくろう!いわみざわソング!」 ~ 小学校4年「音楽づくり」
指導案は・・・

「toujitu2-1.pdf」をダウンロード

 

研究発表資料は・・・

「toujitu_22.pdf」をダウンロード


みんなで発言を

P1020078

力のある人に仕事が集中。
よくあることです。
だって、約束したことは必ずやってくれるし、先延ばしにしないし、結果を出してくれるし・・・。
頼りにする要素がたくさんなんだもの。
そんな方は、やっぱり頼りにすべき!
でも、どこかお手伝いしたり、助けてあげることや協力できることがあったら、任せっぱなしにするのではなく支えるべきだと思います。

たとえば、会議の時。
発言する人が偏っていませんか?
同じ意見を自分も持っているはずなのに、言いにくい内容のことはその人だけに任せてしまう。
会議が終わってから
「私も同じ意見でした」
「人間には役割があって、やっぱり言ってくれる人がいないと・・・」
「応援しているので、もっと言ってください」
あのね!
発言した人の後に「私も同じ意見です」とどうしてその時に言えないかな?
せめて、そのくらいはできるでしょ。
発言できないのなら、頷くことはできるでしょ。
必死になって意見を戦わせている場面を見ても、何もなし。
それなのに、なかには自分の言いにくいことを人に言わせようとすることも。
ずるい!
と言われても仕方ないんじゃないかな。
そんなに自分は人に嫌われたくない?
でもさ、発言している人も嫌われることを気にしないから言っているんじゃないんだよ。
言わなきゃならないから言っているだけ。
自分が言うことによって、何とかなるのであれば発言しようと考えているだけ。
特別な存在じゃない。
だからこそ、みんなで支えてあげないと。
いくら発言力があったって、一人で闘えるように見えたって、いつかはつぶされてしまう。
その人がいなくなったら、誰が発言するの?
緊張感とか向上心がなくなってしまうよね。

会議の場面だけでなく、事務作業、生徒指導。。。いろんな場面で見られることだけれども。
できる人一人だけに任せていたらダメですよ。

変える時には結果を!

P1020069

異動したばかりの先生方からいろんな相談を受けます。
その多くは前任者と比較されるというもの。
解決策になるかどうかはわかりませんが、私は次の二つのことを伝えています。

1.前任者の評価が高い場合
子ども、保護者、職員・・・とにかく影響力の強い前任者。
それがわかったときには、絶対に前任者を悪く言わないこと。
違うなあ、と思うことがあっても。
そして、前任者が残していったことを急に変えないこと。
前任者の影響を払拭したいから、ついつい自分流に変えたい気持ちになる。
でも、前任者の影響力が強ければ強いほど、
「前の先生はこうだったのに」
「やっぱり前の先生はすごかった」
「いなくなって、ますます偉大さがわかる」
と前任者を讃える声がますます強くなり、反発される結果を招いてしまう。
これだと自分の指導は入らないし、やりたいことも何一つできなくなってしまう。
こういうときには、あせらずに徐々に変えること。
長期戦で。
まずは前任者のやり方を踏襲しつつ。
「みんなはすごい先生に習っていたんだよ」と前任者のやってきたことを認めつつ。
微妙に変化させていく。
すでに前任者はいないので、いつかは自分のペースになる。
それを信じて。
だいたい3~6ヶ月かな。
最終的にどんな風にしたいのかをちゃんとイメージしておいて、少しずつそれに近づけていくように改革すること。
ただし、どんなに評判がよくても明らかに違うというものがある場合。
すぐに自分流のやり方に変えた方がいい。
けれども、必ず結果を出すこと。
何かよい方向に動いた、と子どもや保護者、職員などが実感できるものにすること。
その見通しもなしに変えても、批判と反発が大きくなるだけ。

2.前任者の評価が低い場合
子ども、保護者、職員などからあまりいい話を聞かない場合。
まず、その話を聞いてしっかりと分析すること。
何が原因でそのような評価になっているのかを把握すること。
そのことにより、同じ失敗を回避できる。
この場合、すぐに改革していっていいのだけれども、人間って前のやり方になれているので変えられたことによる不満が出ることが多い。
なんのために変えるのか。
変えることによって何がよくなるのか。
自分自身が見通しをしっかり持って、しかもそれを子どもや保護者、職員などに伝えて説得すること。
1と同じで、やっぱり変えた後の結果が問われるのは事実。
短期決戦で。
腹をくくること。

どちらにせよ、ものごとを変えるにはかなりのエネルギーと覚悟が必要。
ただなんとなく、「自分のやり方と違うから」という理由だけで変えていくと痛い目に遭う。
戦略と対策をしっかりと考えておかないとね。
変えることを前提に書きましたが・・・
前任者がすばらしい方だったら、学んで吸収するといいですよ!
うまくいかないときには直接はなしをしたりして教えてもらうとか。
人間、いなくなった後に評価が決まるといいます。
いるときにはわからなかったことが、いざいなくなるとわかってくる。
その時に、
「ああ、すばらしい人だったな」
「認めたくはないけれども、力のある人だったな」
「あの人のおかげで活かされていたな」
なんて言われたいものですね。

別れたら次の人

P1010298

人事異動の後、よく聞く話。
「○○先生がいなくなったから、雰囲気がおかしくなった」
「○○先生のいた頃はよかった」
「やっぱり○○先生だよなあ」
前任者をたたえ、懐かしむ声。
たった一人の先生で大きく雰囲気が変わるのも事実。
その方がいたから成り立っていた、ということがあるのも事実。
でも、それまでの先生方だっているわけでしょ?
一緒に働いていたんだもの、その頼りになる先生の動きを思い出して、今度は自分がやってみればいいじゃない。
人任せにするのではなく。

異動してきたばかりの方と前任者を比較したって仕方ない。
だって、異動してきたばかりで右も左もわからないんだから。
それなのに・・・
「動けない」
「気が利かない」
明らかに違う人もいる。
そしてその人の持っているものを、すぐに見抜く人もいる。
だとしても、今度来た人と学校づくりをしていかなきゃならないんだから。
いつまでも懐かしんでいたって前任者が戻ってくるわけじゃないんだから。
それなら、新しく来た人のよさを引き出して学校づくりをしていく決意を持った方が前向き。

「別れたら~♪ 次の人~♪」

ついついこんな替え歌が。。。
本当の歌詞は「別れても 好きな人」。
でも、学校の人事異動に関しては「別れたら 次の人」。
それぐらいさばさばしてなきゃ!
前任者も、いつまでも自分の影響力を保とうとしないで。
よくいますよね、ちょろちょろと前任校にいつまでも顔を出す人。
そして、子どもに直接指導していく人。
次の人にすっぱりとバトンタッチしなきゃ!

今年も人事異動の季節。
統廃合の問題があって大変なことでしょう。
生徒指導と教科指導、分掌の実績、教育研究団体への功績がキーポイントだとか。

自分と向き合う

P1010845

「あんたは音痴だから歌わなくていいよ」
そのたった一言で音楽の授業のある日だけ登校拒否。
音楽の授業がある日になると、なぜか頭やおなかが痛くなる。
つらかった日々。
「自分と同じ思いをする子どもを作らない」
それが音楽科教師になった理由。
(本当になりたい職業に就けなかったということもあるけれども。)
「U & I」の指導中、子どもたちに歌を教えていると過去の自分がよみがえってくる。
過去の自分と正面から対峙しているような感覚。
なにか、こうすることで過去の自分と向き合い、問題を整理し、解決しているかのよう。。。
今、こうして小学校に勤めているのも必然があってのことなのだと悟る。
小学校に行ってみたいと思ったことはあったものの、22年間ずっと中学校。
小学校の様子はまったくわからない。

どう言葉かけをしたらいいのか?
どんなことが予想されるのか?

中学校の経験しかないから中学校のことしかわからないのは当たり前。
だからといってそれで許されるわけではない。
「やっぱり中学校に戻りたい」
ちょっとでもそんなことを考えたら目の前の子どもたちに失礼。。。
苦しいし、つらいけれども小学校に来たからには小学校でなにかを学びたい。
とにかく先生方の児童への接し方や言葉かけを盗み取ることに。
授業をこそっと見に行ったり、指導している場面を欠かさず見に行ったり。
よいと思った言葉かけ、自分と違う言葉の表現はとにかくメモ。
そして実際に子どもに試して反応を見る。
やっぱり通じない・・・。
またまた工夫。
そうやっているうちに何となくわかってきた。
ただし、頭で考えているうちはだめで、自然に出てくるまで何回も繰り返す。

中学校のことしかわからない。
じゃあ、そこから目をそらして中学校に戻るのは簡単。
でも、それは対象から逃げただけであって解決にはなっていない。
他に救いを求めても一時的に逃れただけ。
必ず後でそのことは繰り返される。
目の前のことから一回逃げ出すと、いつまでも逃げなきゃならなくなる。
解決は悩みの対象と真正面から向き合うことのみ。
きれい事ではなく、本当に血のにじむような覚悟で。
厳しいかもしれないけれども。。。
冷たいって言われるかもしれないけれども。。。
わかってないと言われるかもしれないけれども。。。

私の音楽科教育のただ一人の師。
本当に本当に厳しかった。
けれども、そのすべてはやさしさから発せられたもの。
本人が努力して身につけない限り何も変わらないということがわかっていたから。
それが伝わってくるから、とにかく何が何でもついて行こうと思った。
学べることはすべて吸収する覚悟で。
「この人は」と思った人を離さないことも大切かな。
その師が、初めて小学校に行ったときの悩みを思い出している。
どんな人間だって初めてのことには苦労している。
簡単に乗り越えて、前向きに考えて生きているように見えても、他からはわからない努力と悩み、苦労がある。
「あなたとは違う」は禁句かな。
そういう前に自分自身と向き合ってみよう。
あの人にあって、自分に足りないのは何かな?
努力している、って言うけど本当にやってる?

「U & I 」

P1020049

退勤時に伝えてくれた子どもたちの声。
「安心して大きな声が出せたし、のびのび歌えた」
「言ったことをほめてくれたりして楽しかった」
「体から音楽がわかった」
子どもたちはこんな感じのことを言っていたようです(本当に楽しかったのは私自身だと思います)。
ここで、授業でやったことを紹介します。
参考になることはあるかな?

①一番最初の部分
まず、ここまでを何も指示せずに子どもたちに歌ってもらいました。
最初から最後まで全力で歌う子どもたち。
「みんなが一番出しやすい声の強さで‘夜明けの’までを歌ってみてごらん」
まずは基本となるmfの声量を確認させたかったのです。
「じゃあ、楽譜の音の高さはどう変わっていってるかな?線で書いてみよう」
旋律線の確認です。
子どもたちが書いた旋律線は次のもの。

Cocolog_oekaki_2009_09_09_19_29

この旋律線を生かして強弱を決めていきました。
「一番最初のところは一番出しやすい声の強さで歌い始めよう。」
「だんだん音が高くなっていくところはちょっとずつ強くしていこうね。」
「音が下がるところは少しずつ弱くするよ。」
これだけで、最初から最後まで全力で歌うということはなくなりました。
「音楽はね、一番出しやすい声の強さで歌うところ、それよりも強く歌ったり弱く歌ったりするところがあっておもしろさが出てくるんだよ。」
そんなことを伝えて次の部分に。

②最初の部分の繰り返し
「なんかさ、曲の感じが変わるところはない?」
子どもたちは「喜びという単語のところ」と答えます。
「どんな感じになるの?」
「力強い感じ」という声が一番多かったです。
「じゃあ、どんな感じで歌う?」
だいたいの子どもたちが「一音一音、はっきりと歌いたい」と。
なかには「前に進む感じで」「行進しているみたいに」という子どももいました。
どの発言もこの部分の特徴を捉えていますよね。

③中間部
「この部分にはどんな気持ちが込められている?」
「今はできていないけれども、いつか仲良くなれればと強く思っている」という発言が多かったです。
そこで、「十六分休符のところで息継ぎをしないで歌ってみよう。そして、休符の後の言葉をはっきりと歌ってみよう。」という指示をしました。
「先生。休符って休みでしょ?」
「うん。休符にもいろいろ意味があってさ。ここの部分の休符はね、休符のあとの言葉をはっきり歌ってほしくてついているんだよ。」
「ふ~ん、いろいろ考えなくちゃいけないんだね。」
「作曲者はいろんな思いや考えを込めているんだよ。その気持ちをわかってあげなきゃ。」
「この部分さ、強く思っているんでしょ?わかってよ、わかってよ、ねえ、わかってよ、という気持ちで歌ってみようか。ちょっとずつ速くするとその感じが出てくるよ。」

④最後の部分
「ここまでで曲の感じが変わるところは?」
「‘歌おうみんなで’のところ」と答えます。
「どんな風に歌う?」
「世界中の人たちに訴えかける気持ち」
「そうか。じゃあ、‘うたおう’のところを一文字ずつ強くしていこう。‘みんなで’の‘み’が一番強くなるように歌ってみて。」
「ゆったり、堂々とした声で歌ってみよう」

⑤小学校1年生から6年生までの21名の合唱。
「U&Iみたいにゆったりした曲を低学年が喜ぶと思いませんでした。もっと速い曲がいいかな、と思ってたけど。。。」
と伝えると
「速い曲だと口が回らなくて大変みたいです。かえってゆったりした曲の方がいいのかな、と私は思います。」
と教えてくれました。

⑥音色のブレンド。
小学校1年生から6年生までの合唱。
低学年も高学年のまねをして頭声的発声で歌おうとします。
そうすると、特に高音がすかすかに。
そこで、低学年の持っている音色、中学年の持っている音色、高学年の持っている音色を混ぜ合わせることにしました。
音色を統一するのではなく混ぜ合わせる。
これが結構おもしろい効果を生みます。
声楽や合唱専門の方からはお叱りを受けそうですが。。。

⑦ピアノのまわりに寄せる
私はピアノのまわりに子どもを集めて指導します。
その方が表情がよく見えるし、子どもたちも安心するようです。
「今まで、その場に立たせて歌わせる指導しか見た事がありませんでした」
とちょっとビックリされました。
そんなことないと思うのだけれども。
たぶん、たまたまかと。。。

「こんな指導は初めてです。音楽の先生の指導っていうと、音程や発声、リズムといった技術指導ばかりかと思っていました。もっとバリバリ歌わせるのかと。。。子どもを受け止め、思いを引き出していて本当に勉強になりました。」
先生方からは、こんな感想をもらいました。
でも、日常の先生方の指導があって成り立つことなので、私はそちらの方に感謝しています。
決して私だけの力ではありません。
そして、全空知音楽教育連盟の仲間の間では珍しい指導ではないので、ここも理解してもらおうと思いました。
とてもうれしかったので、ついつい長くなってしまいました。

ちょー、楽しい!

Photo

今日は全校音楽のお手伝い。
子どもたちに音楽を教えるなんて何ヶ月ぶり?
合唱の伴奏を頼まれているので。。。あくまで、頼まれた部分のお手伝い。
曲は「U & I」。

「いつでも使って」と言ってはいたものの・・・
やる前は不安でいっぱい。
「中学校で教えてきたことが小学校でも通用するのか?」
実際やっていくうちに、そんな悩みもすぐに吹っ飛んでしまいました。
やったら、やっただけのことを吸収していく子どもたち。
子どもたちの反応のよさに、こちらもだんだん本気になる。
「楽しい!もっと歌いたい!」」の声が出たときにはビックリ!!
たった1時間の授業だったけれども、本当に本当に幸せな時間でした。
子どもたちの教育に直接かかわれるってやっぱり最高!
「音楽の楽しさが体全体から伝わってきましたよ」
「ついつい一緒に歌ってしまいました」
「バーンスタインみたいですね」
職員からもったいないほめ言葉をもらってしまい、恥ずかしいのなんのって。
顔が真っ赤っかに。。。
それにしても、毎日子どもたちを目の前に授業実践をしている先生方がうらやましくて仕方がない。
準備の苦労もあるだろうし、思ったとおりにいかなくて悲しい気持ちになる時もあるはず。
でも、それって子どもに直接関わっているからこその悩み。
離れてみると、そのありがたさがすごくよくわかりますよ。
そんなことも職員に伝えました。
こんな機会をつくってくれて、ありがとう。
感謝でいっぱいです。
私が勉強させてもらっているんですよ。

残念ながら、私には音楽の才能はありません。
音程を整えたり、発声を上達させることは苦手です。
私以上のすばらしい先生はたくさんいます。
でも、そんな私だからこそできること、私だけにしか伝えられないことってあるはず。
本格的な合唱曲じゃなくたっていいじゃない。
子どもが持っているものや曲への思いを引き出し、自分の声を使ってのびのび生き生きと表現させる。
まずは、そこからスタートさせたい。
次回も楽しみだなあ。。。
退勤時に子どもたちの声を伝えてくれた先生がいました。
躍り上がるぐらいうれしい内容でした。
どんな授業をしたかはこの次に紹介します。
実際に見に来てもらってもいいです。
いろんな意見を聞きたいので。

「U & I」

夜明けの東の空
瑠璃色に透きとおってゆく
君が住んでる国でも
そう きっと見えるよね
よろこびも 悲しみも
わかちあえたらいいのに
世界中の友達が一つになって
この思い空に届けたい
いつか いつの日にか 
手と手を取り合って
君と僕とで
あなたと私で
歌おう みんなで

夜明けの光の中
真っ白に輝いてゆく
君の涙も笑顔で
ほら きっとかわくから
よろこびも 悲しみも
わかちあえたらいいのに
世界中の友達が一つになって
この願い空に届けたい
いつか いつの日にか 
手と手を取り合って
君と僕とで
あなたと私で
はじめよう みんなで

絵を描くこと

P1020050

夏休み明け。
宿題が次から次へと提出される。
担任の先生の机上には、ある一枚の絵。
「いや~、満面の笑みが素敵ないい絵だね。」と私の感想を伝える。
「課題は、夏休みの思い出、なんですよ。
 視点がユニークですよね。」との担任のことば。

夏休みの思い出・・・
他の子どもの絵を見てみると、キャンプや花火、買い物、遊園地など思い出となる対象がしっかりと画用紙の中に閉じ込められている。
それぞれが楽しかった思い出の一瞬をとらえている。
どれもが素敵な作品。
ひとり一人の子どもの思いが伝わってくる。
その中でも写真の作品は特に目をひく。
その子のつけたタイトルは・・・

「楽しい夏休みの思い出を思い出すぼく」

そこにあるのは思い出の対象ではなく、楽しさを味わった自分自身。
あんなこと、こんなこと・・・きっと一杯いっぱいあったんじゃないかな。
どんなちいさな出来事も全てが楽しかったにちがいない。
一枚の画用紙ではおさまりきらない楽しい思い出。
その思いが満面の笑顔に全て表現されつくされている。
つくづくいい絵だなあ、と思った。

素敵な絵、とは本物や写真のように描いた絵のことではない。
1.真剣にに描いた絵
2.間違えないように・・・じゃなく、「まちがえながら」なんとか
  工夫したり、悩みながら描いた絵
3.「思う」「考え」「感じ」ながら描いた絵
4.課題をクリアした絵
どうです?
音楽科教育に共通するでしょ?
ここで、叔父が書いた「図工で何を育てるのか?」を紹介します。

「ikusei.pdf」をダウンロード

この資料に私は大いに刺激されました。
音楽科教育に応用できないか?
それが私の書いた「音楽科教育で何を育てるのか」というB4の手書きの資料。
全空知音楽教育連盟のみなさんはすでに知っているものですが、いつかこのブログでも紹介しようと思います。

他にも絵を描くコツのプリントがあるので、いつか紹介しますね。
中学校の音楽の先生って、美術とか技術・家庭科を持つ事が多いと思うので。 

「船中八策」

P1020053

「当日用資料集」ができあがったため、恵み野にある焼き鳥店でちょっと一杯。
お酒の名前は「船中八策」。
私の大好きな坂本龍馬が掲げた国家構想から命名されたお酒でした。
本当に偶然!

一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づ
べき事。
(政権を朝廷に返すこと)

一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機
 宜しく公議に決すべき事。
 (上下の議会を置き、すべて公論に基づいて政治を行うこと)

一   、有材の公卿・諸侯及(および)天
下の人材を顧問に備へ、
 官
爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
 (公卿・大名のほか世のすぐれた人材の中から顧問を選ぶこと)

一、外国の交際広く公議を採り、新(あらた)に至当の規約を立つ
べき事。
(新しく国家の基本になる法律(憲法)を定めること)
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。
 (外国と新たに平等な条約を結び直すこと)
一、海軍宜しく拡張すべき事。
 (海軍の力を強めること)
一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。
 (親兵を設けて都を守ること)
一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事。
 (金銀の比率や物の値段を外国と同じにするよう努めること)

以上八策は、方今天下の形勢を察し、之を宇内(うだい)万国に徴するに、之を捨てて他に済時の急務あるべし。苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。伏(ふし)て願(ねがは)くは公明正大の道理に基(もとづ)き、一大英断を以て天下と更始一新せん。

1867(慶応3)年6月長崎から上洛する途中、船中で新 しい政治の方針をまとめたもの。
簡潔に、しかも挑戦的で力強く。
まさに時代を代表する名文だと思います。

このお酒と坂本龍馬の事を思いうかべながら、あれこれと全空知音楽教育連盟のことを考えていました。

様々な研修を企画しても、学校現場の多忙化からか、参加する人数が増えない。
とは言いつつ、音楽科教師の学校現場での立場的な悩みの声が聞こえてくる。
子どもの事を第一に考えて実践していると言えるのか?
音連として、魅力ある研修を提示できているか?
協力体制はできているのか?
心の教育と言われている時なのに、音楽科教育が軽視されていないか?
単なる学校行事のお手伝いになってしまっていないか?
疲弊や徒労感ばかりが漂っていないか?
理論的に言い返す事ができずに、弱い立場になっていないか?
教育団体への功績を考慮、と人事などに関して言われているものの、本当に頑張っている教師が評価されているか?
音楽科教師が連帯して乗り越えなければならない時であるのに、一人ひとりになってしまっていないか?
仲間の意欲やよさを引き出しているか?
音楽科教師としてではなく、一人の人間としての魅力と品格はあると言えるのか?

次から次へと思いはふくらみます。
北海道音楽教育研究大会空知大会が終わりを迎えようとしている今。
この時だからこそ、何か刷新が必要なのかもしれません。
動き出さなければ!
動き出しているうちに賛同者が増え、大きな渦になる事を期待して。
そこで!

「全空知音楽教育連盟八策」

なるものを作ってみようかと考えています。
策を考え、それをかかげたからと言ってすぐに何かが変わるわけではありません。
でも、何を目指していくのかを明確にしてみたいのです。
志を同じくする人たちとの連携を密にし、うねりを起こしてみたいのです。
このブログを通して意見も聞いてみようと考えています。
空知大会後を楽しみに!
大いに理想を語り合いましょう!

できたどー!

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当日用資料集のできあがり!
ここまで来るにはたくさんのドラマがありました。

校務とのかかわりで、ほぼ徹夜で仕上げてくれた人。
朝5時にメールが届き、ちょっとビックリ。
(倒れないでくださいね)
その真剣さに応えるために、私もその時間に届いた原稿をチェック。
そして朝から印刷。
少しでも手伝いに来てくれる方々が早く帰る事ができるように、私が今できる事を頑張ってみました。

最後の最後まで見直しをしてから持参してくれた人。
悩みつつ、頻繁に相談しながら仕上げてくれた人。
グループの話し合いを大切に仕上げてくれた人。
本当にお疲れさま!
私ができることなんて本当にごくわずか。
ここまで頑張ってくれた仲間のみなさんに感謝です。
そして、休日にもかかわらず帳合いを手伝ってくれた方々。
行事があるにもかかわらず会場を貸してくれた方。
それぞれいろんな事情を抱えているのに。。。
本当にありがとう!
誰一人文句も言わず、笑顔を絶やさない取り組みで勇気づけられました。
そうそう、おめでたい話もあったしね(v^ー゜)!
おしあわせに!
いろんな意味で、うれしい1日となりました。

途中経過を知らせてくれるメールやFAX、電話がうれしくてついつい表紙やら目次やら合紙やらに凝ってしまいました(^-^;
凝ったと言っても、美術「2」の人間がやることですから。。。
せいぜいこの程度ということで(*v.v)。。
せっかくやるのだから、と研究主題の目玉である「響感」を思い切って前面に出してみました。
この表紙、どうですか?
秋ということで落ち葉を。
大好きなピアノのイラストも(ちょっとだけ自分を主張)。
きっとショパンのバラード第1番を弾いていると思いますよ。
(右手が、C-D-Fis-B-Aを弾いているので)

研究部長の仕事はこれで三分の二が終わりました。
一つひとつ、これまでの自分にけりをつけている感じがします。
授業者の方々、困ったら相談を!
ここからは支えるのが私の役目。
あともう少し!
みんなでのりきりましょう!

最後に一つ。
2週間前の当日用指導案です。
2週間という長い時間の中で、子どもの実態も変わっていく事でしょう。
その時は、この資料集に縛られずに、子どもの実態に合わせて指導の流れとかを変えてくださいね。

相撲大会

9月と言えば秋祭り。
長沼舞鶴地区は9月3日が神社祭。
出店などはないのだけれども、子ども相撲が毎年行われる。
地域の方々からの強い要望があり、今年も相撲大会に参加。

P1020055

四股名も凝っているでしょ!
全部自分たちで考えてくるんですよ。
それだけ子どもたちも真剣なのです。

P1020056

相撲大会に使う軍配。
表は「天下太平」。
裏は・・・ご覧の通り「交通安全」。
子ども相撲らしいでしょ?
ところで行司は?
なんと!私がやる事に。
人生初の行司となりました・・・緊張した~。

2009

立派な土俵とたくさんの観客。
豪華な参加賞と賞品も用意され、大盛況のうちに終える事ができました。
数々の名勝負も生まれました。

「イタリア交響曲」

P1020052

空気が澄み渡り、真っ青な空が広がる。
ほんのちょっと歩くだけの通勤だけれども、今朝はすがすがしい青空に気持ちもすっきり!
頭の中に鳴り響くのはフェリックス・メンデルスゾーン作曲の交響曲第4番イ長調「イタリア」第1楽章。
なにかいいことがありそう!

実写版の「のだめカンタービレ」でも使われていた音楽。
躍動的なリズム、叙情と熱狂、長調と短調の交錯による明暗の表出が特徴的。
第1楽章は非常に明るく始まり、第4楽章は短調で終わるという不思議さも魅力の一つになっているのかも。
第1楽章の最初、弦楽器のはじけるようなピチカートに続き、木管楽器による「タタタタタタ」という細かいリズムの刻み。
まさに快活なAllegro。
この楽章は傑作だと思います。
これだけ聞くものの心を晴れ晴れと、しかもウキウキとしたものにしてくれるのですから。
そして最終楽章の、ヴィバルディを思わせるような弦楽合奏の響きとイタリア舞曲のサルタレロ。
短調だからこその熱狂が伝わってきます。
この楽章も傑作。

ところが・・・。
この曲にも改訂版が存在するため、話がちょっとややこしく。
メンデルスゾーンはよっぽど自分自身の作品に対して厳しかったのでしょう。
1835年の2月までに第2楽章、第3楽章、第4楽章を改訂します。
それが第2稿とよばれるもの。
ただし、第1楽章は大がかりな改訂が必要と考えていたようで着手されませんでした。
だから、第1楽章に改訂版は存在していません。
その第1楽章が一番魅力的だと思うのですが・・・。
第2楽章と第3楽章は改訂版の方がいいような気がします。
でも、第4楽章は改訂する前の現行版の方がすばらしいかと。
生きていたらもっと改訂作業を進めていたと思うので、未完成であることに変わりはないのかもしれません。
これだけの完成度なのに、聞くものとしては複雑な気持ちになります。

1831年から1833年にかけて作曲された交響曲で作品番号は90。
ただし、「第4番」は出版順であり、「イタリア」は5曲のなかでは第1番、第5番「宗教改革」に次いで実質3番目に完成された曲。
「イタリア」の後の作曲順は、第2番「賛歌」、第3番「スコットランド」となります。
1830年10月から翌1831年4月にかけてイタリアに旅行したメンデルスゾーン。
ローマでは謝肉祭や教皇グレゴリウス16世の就任式などを目にします。
その間にこの曲の着想を得て、作曲に取りかかったものの曲は旅行中には仕上がらず、一度は中断。
1832年の11月、メンデルスゾーンはロンドンのフィルハーモニック協会から交響曲
の作曲依頼を受けたため作曲を再開し、1833年3月、24歳の時に完成。
改訂版(第2稿)による演奏のCDにはジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものがあります。

防災の日

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今日から9月。
その最初の日、9月1日は「防災の日」。
みなさんの学校でも地震や火災を想定しての避難訓練が行われたのではないでしょうか。
本校もご多分に漏れず・・・。
火災報知器や放送関係の使い方について確認をしていると、一人の先生が大笑いしながら思い出話を語ってくれました。
すでに勇退された校長先生が教頭時代の話。

避難訓練が始まろうとしているのに教頭先生の姿がない。
焦る職員。
手分けをして校内を捜索すると・・・。
音楽室からなにやらうなり声が聞こえてくる。
事務の先生がおそるおそるのぞくと・・・。
テープレコーダーを前に大声でうなっている教頭先生を発見。
「避難訓練が始まりますよ!何しているんですか!」
問いただすと、教頭先生曰く・・・
「火災報知器と放送機器の使い方がわからない。だから自分の声でサイレンの音を真似して録音しているんだ。」
とのこと。
音楽室に鳴り響く「ウーウー」の声。
そして!
「そうだ!先生が来てくれてちょうどよかった。キンコンカンコンというお知らせの音楽もほしいから手伝ってくれ。一人で大変だったんだ。早くしないと避難訓練が始まってしまうから!ホラホラ。」
その緊迫した物言いに従わざるを得なかった事務の先生。
言われるがままに渡されたマレットで鉄琴を叩きはじめる。
「私の指揮するテンポで強めにたたくように!」
指示されたとおりに叩くと、「あ~、だめだだめだ!そんなか弱い音では。避難訓練に使えないじゃないか!もっと強く!」とのご指導。
教頭先生の指揮の下で鉄琴の練習。
「次の音に入るタイミングが悪い!私の指揮に合わせて!」
練習を終え、録音の本番。
テープレコーダーを前に「ウーウー」と歌う教頭先生、そして鉄琴を叩く事務の先生。
そこにやってきた公務補さん。
その異様な光景を見てあんぐり。。。
「あんたたち何を遊んでるの!」
「遊んでるとは失礼な!見たらわかるでしょ!避難訓練に備えてサイレンとお知らせの音楽を録音してるんだ!邪魔をしないでくれ。早く録音しないと避難訓練が始まっちゃうから!」と教頭先生。
「そんなことをしなくても、火災報知器と放送機器の使い方ぐらい私が教えます!」と有無を言わさず職員室に連れ戻し、避難訓練は無事に終了。
その録音したテープを実際に聴いてみたかったと大笑いする本校の先生。
私も聞いてみたい(笑)!
「その教頭さんの名前を当てましょうか?」と言う私にびっくり顔。
「中学校が長くて、管理職になってから小学校に行った音楽の○○先生でしょ?」
見事、大当たり!
「何でわかるんですか?」と言われてもねえ。。。
全く脚色なしの実話。
いろんな話がありますね(笑)。

ところで。。。
9月1日が「防災の日」になった理由も様々あるようです。
その一つとして、86年前の大正12(1923)年9月1日11時58分44秒に発生した『関東大地震』を忘れないために制定されたとされています。
この地震はマグニチュード7.9、震度6の規模で、南関東一円を中心に、死者・不明者14万2807名、家屋全半壊25万4千件余、焼失した家屋は44万7千余、山岳部では山崩れが多数発生し、海岸部では津波が発生しました。
発生した火災が3日も続いたという地域もあったようです。
防災意識の再認識をする機会はなかなかそうありません。
どのような震災だったのかを知り、防災意識を高めるためにも必要な日だと思います。

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