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2013年1月の16件の記事

札幌交響楽団の来シーズン

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Kitara clubから封書が届く。

コンサートの案内がたくさん。

3月のピリスとメネセスのコンサートは行きたいけど、

時期的に無理だろうなあ。。。

返す返すも、

昨年のショパンのチェロ・ソナタと冬の旅の中止が残念でならない。



さてさて、

封書の中には札幌交響楽団のコンサートの予定も入っていた。

目を通すと・・・

気になるコンサートがたくさんnote

 4月:ドヴォルジャーク「交響曲第8番」

 5月:ロドリーゴ「アランフェスの協奏曲」
 
 6月:チャイコフスキー「マンフレッド交響曲」

    ヴェルディ「序曲集」

 9月:ブリテン「戦争レクイエム」

10月:ドヴォルジャーク「チェロ協奏曲」

    ドヴォルジャーク「スラブ舞曲集」

11月:シューマン「交響曲第2番」

    ピアソラ「バンドネオン協奏曲」

 3月:シベリウス「交響曲第2番」


これだけ気になるコンサートがあると・・・

どれにしようか迷うwatch

財布と、

予定と、

じっくり相談して決めていかなくちゃ!

お気に入りの席が・・・

若干値上がりになったのも痛い。。。

不況だから仕方がないか、

と思いつつも、

聞きに行く回数を減らさざるを得ない現状。

う~む。。。think

芸術も、

お金に大いに関係があるという現実。

「バブル」シリーズ

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仕事にかける時間が多く、

じっくり読書なんてできなかったけれども・・・。

ようやく時間ができつつあります。

新聞やらニュースやらで接する記事、

そして人との話。

そのなかで、

「仕事」

について考えさせられることがたくさん。

そんなときに最高の本に出会うことができました。

「下町ロケット」

がとてもおもしろかったので、

今回も迷わずに購入。

「オレたちバブル入行組」

「オレたち花のバブル組」

「ロスジェネの逆襲」

池井戸潤さんの「バブル」シリーズ。

仕事の質は、

生き方の質につながる。

人間性が出てくるってことなのでしょう。

ただやればいいってもんじゃないよね。

思案中。。。

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豆腐に、

こんにゃくに、

たっぷりのモツ。

味噌との相性は抜群!

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そして焼きたてのつくね。

湯気の感じがいいでしょ?

これらとビールを合わせて1000円ちょっとbeer

量と味で大満足!

そして財布にもやさしいですmoneybag

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こんな本を購入しては、

せっせせっせと予習中。

ぱっと見で入ることも多いんだけどねhappy01

気の合う仲間と飲みに行くのも楽しいけれども、

一人でぷらっと出かけて飲むのも、

おもしろいです。

光の柱

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見回りをしていると・・・

窓の外がやけに明るいsun

日の出前だというのに・・・

光りがまるで柱のように。

刻々と変化する様を楽しみました。

Img_1910_01

見回りという仕事をしながらなので、

撮影場所も変わります。

時間がたっても・・・

光の柱はしっかりと立っています。

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柱に見えていたものが・・・

徐々に、

もう一つの太陽になっていくから不思議。

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早起きは三文の得

早起きしなくては出会えない光景。

こういう光景に出会えるなら、

ちっとも苦痛になりません!




たくさん写真も撮ったけど、

紹介はまた今度。

Brahms:ピアノ協奏曲第1番

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確か高校2年生の時。

バックハウス、シューリヒト、ウィーン・フィルによる

ブラームス作曲:ピアノ協奏曲第2番に感動。

こんなにすばらしい曲が世の中に存在するのか、

とLPをすり切れるほど聴いた。

それ以来、ずっと気にしていた第1番を聴いたのが大学生の時。

ポリーニのピアノでベーム指揮のウィーン・フィル。

悠然に構え、ピアニストを導くオーケストラ、

テクニックが冴え渡り、

若々しさにあふれるピアノ。

ダブルトリルの見事さと言ったら・・・鳥肌もの!

その後は第1番の方が気に入り、

あれこれと演奏を聴いてきた。



・グールド、バーンスタイン、ニューヨークフィル

とんでもない演奏!
として紹介されていたものの、ラジオ放送用の音源だったためにずっと聞くことができなかった。
CDを見つけた時のうれしさと言ったら!
「指揮者と独奏者、どちらがボスか?」
「ピアニストのテンポに賛成できないが、指揮をする」
バーンスタインの演奏前のスピーチが大きく物議を醸した演奏。
そのスピーチも収録されている。
とにかく、第1楽章が遅い!
でも、バーンスタインのスピーチがなければ、これはこれで受け入れられたと思う。
第1楽章を遅く弾くことで第2楽章とのつながりが明確になったんだから。
グールドはどの曲においても、複数のテンポ解釈が可能と考えていたことがわかっている。
同じ曲を弾いても違う速度の演奏が残っているのもその証拠。
この第1番も速いテンポの第1楽章が複数音源として残っている。
年齢を重ねたピアニストがこのテンポで弾いたらきっと絶賛だったのだろうなあ。。。
「枯れた境地」「円熟の境地」とか言われて。
若いグールドだったから衝撃だったんだろうなあ。。。
この演奏の特徴はもう一つあって、
ピアノがオーケストラに溶け込んでいること。
独奏が目立つことなく、オーケストラと一つになって演奏が繰り広げられていいる。
他の協奏曲でもグールドはこのスタンスをとっているので、バーンスタインの「どちらがボスか」という考えとは正反対だったのだと思う。
私はグールドの考えに賛成!



・ホロヴィッツ、トスカニーニ、ニューヨークフィル
・ホロヴィッツ、ワルター、コンセルトヘボウ


これまた幻の演奏。
グールド版と同じくラジオ放送用の音源。
演奏記録が残っていたので、聴いてみたいなあと思っていたものの入手は不可能。
輸入盤コーナーを探し回ること数年、ようやく発見したのでした。
どちらの演奏とも、速いテンポでぐいぐい進める。
トスカニーニ版はいつものように残響がなく、音が乾いている感じ。
どちらかと言えば、ワルター版の方が余裕のある演奏となっている。
テクニックの冴えはダントツ。
ただ、そのピアノの響きがまとっているもの悲しさも独特。
胸に突き刺さるかのような響きとなっている。
これほどロマンティックで悲劇的な演奏もないと思う。
感性の違いを思い知らされる演奏。
ピアノとオーケストラが火を噴いて対決している様もおもしろい。
ライブで聴いてみたかった。。。
うちのカイcatもお気に入りの演奏です。



・ポリーニ、アバド、ベルリン・フィル

再録音をしたというので早速購入したCD。
前回はベームのペースで、
しっかりと支えられての演奏だったけれども。
経験を重ね、今回はがっぷり四つに組んだ演奏。
揺るぎない演奏が繰り広げられ、現代のスタンダードといった感じ。
音質も抜群で、オーケストラの技巧にも驚かされる。



・ルービンシュタイン、メータ、イスラエル・フィル

「君臨」という言葉の意味を考えさせられる演奏。
劇的に、気合いたっぷりに前奏を演奏するメータとイスラエル・フィル。
気合いをそのまま受け止めるかと思いきや、
一瞬の間。
これが絶妙で、
メータとイスラエル・フィルの気合いを、
「それがどうかしたの?」と言わんばかりにあっさりとかわし、何事もなかったかのようにゆったりと音楽を奏でる。
立った一瞬の出来事なのに、勝負あり!
力尽くで押し通すことだけが「君臨」ではないことを証明してくれる演奏。
この一瞬の出来事で、ルービンシュタインが主導権を握ってしまうのだから見事。
老練というのかなあ。。。



・バックハウス、ベーム、ウィーン・フィル

これまた「君臨」という言葉の意味を考えさせられる演奏。
ポリーニの時には若者を大切に包み込むかのように主導権を握っていたベーム。
ところが、
この演奏ではバックハウスに圧倒されっぱなし。
指揮者とオーケストラは立派な演奏をしているのだけれども、
独奏者との風格の違いがにじみ出てしまう。
テクニックの冴えも見事。
堂々とオーケストラと渡り合っている。
ホロヴィッツのように挑発的に戦いを挑むわけではないのだけれども。
きっちりとした構築感と憂いのある優しさとの融合。
特別なことをしている印象を受けないのだけれども、独奏者の存在が前面に出ているから不思議。
これだけ風格のあるピアニストって、今いるのかなあ。。。
聞き直してみて、その良さに改めて気づくことができた1枚です。



・アラウ、クーベリック、バイエルン放送響

「これまでの生涯で一番心に残っている演奏は?」
そう聞かれたアラウが即座にあげた演奏がこれ。
素っ気ない感じでピアノ独奏が始まるのだけれども、その木訥とした語り口からあふれ出る音楽性にいつの間にか心を奪われてしまう。
その日によって聴きたくなる演奏は違うけれども、
それでもこのCDをベスト1にしたいと思う。
堂々としたピアノの響き。
それに寄り添いながらも推進力あふれる演奏を繰り広げるオーケストラ。
ライブの熱さを残しつつ、崩れることのない構成美にあふれた演奏。



同じ曲のCDを持っているでしょ!

と怒られる時もあるけれども、

演奏者によって全く違うんだよなあ。。。

わかってもらえなくてもいいけれども(笑)

いろんな演奏者に触れるって大切なことだよね!

騒音?

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私たちは様々な音に囲まれて生活している。

大きい音、

かすかな音。

気づいている音もあるけれども、

気づくことのない音もある。

意識する、しないにかかわらず。

職場で気になるのはコピー機の音。

「キーン」となりっぱなしでいったんその存在に気づいてしまうと、もう大変。

逃げ場がなくなってしまう。

できるだけ遠い所に座るようにしているんだけどね。

さて、

2013年1月17日の毎日新聞にこんな記事を見つけた。

「周波数のある生活」

著者は音楽評論家である沼野雄司さん。

マリー・シェーファーというカナダの作曲家が提唱した概念に「サウンド・スケープ」というものがある。
ランドスケープ(風景)から転じた造語で、つまりは音の風景、音環境といったほどの意味だ。

我々は狭義の「音楽」以外にも、多くの音に囲まれて過ごしている。
鳥の声や風の音、そして車や工場の音・・・。
これらは時に「騒音」という形で人々を悩ませるわけだが、シェーファーが鋭く指摘するのは、現代の家屋で延々と鳴っている密かな基調音、すなわち交流電源の周波数だ。

関東地方の周波数は50ヘルツだが、これを音の高さに直すと、「ソ♯」になる。
あらゆる電気製品はこの周波数の振動を基にして動いているわけで、今この瞬間でも、あなたが耳を澄ませば、様々な機器が静かに発する、低い振動を捉えることができるはずだ。

驚くべきことにシェーファーによれば、50ヘルツの交流電源の地域において、被験者に「心地よい音の高さ」で声を出してもらうと、「ソ♯」の協和音であるケースが有意に多いという(「世界の調律」平凡社ライブラリー)。

一昨年の震災時にも問題になったが、日本の場合は西と東で交流電源の周波数が異なる(こういう国は希だ)。静岡よりも西は60ヘルツ、すなわちほぼ「シ」の音。
大雑把にいえば、関東の人間は常に「ソ♯」の音を聴きながら生活し、関西の人は常に「シ」の音を聴きながら生活していることになる。
もしもシェーファー説がただしいならば、関東人と関西人では微妙に音感が異なることにもなろう。
大阪弁のトーンが高いような気がするのは、まさかそのせいではないと思うけれど!

なにやらエスカレーターの左に並ぶか(東京)、右に並ぶか(大阪)の違いのようでおもしろくもある。
しかしいずれにしても、こうした指摘は、電気テクノロジーによる振動に、我々が朝から晩まで浸されていることを思い出させてくれる。

「サウンドスケープ」・・・

中学校1年生の最初の授業で必ず取り組んでいたのが「イヤー・クリーニング」。

これにより、

子どもたちはそれまで気づくことのなかった様々な音に気づくことができるようになる。

最初の出会いだからこそ、

必ず実践してきたこと。

マリー・シェーファーに出会ったからこそできた実践だと思う。

音楽の授業だもの。

やはり音を大切にしないとね。

「ヒカリ」

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とある中学校。

用事があって出かけたところ、合唱をプレゼントしてくれたnotes

中学生の合唱って、久しぶり。

現場から遠ざかっていたので・・・

曲も初めて耳にするものだったし、

とても新鮮でした。


http://www.youtube.com/watch?v=kUGSHA_MpEU

最初の和音を聞いてびっくり!

空虚さの中にも、

すべてのものを包み込むような深さが要求されている。

鋭い強音では全く違う世界になってしまう。

自分はこんな音を出せないなあ、と思った。

そして、

ゆったりと流れていく旋律。

曲の流れに任せてしまうと、

だんだんと速くなってしまうんだろうなあ。。。

指揮者がしっかりと「間」というものを身につけていないと、

この曲の大きさがなくなってしまう。

静寂と音の響きとの対比。

そんなことを考えつつも、

感動的な歌詞が心に残った。

東北大震災にに関わる歌かと思ったけれども、

楽譜を見て作曲年を確かめるとその2年前。

何を表現した詩なのだろう?

非常に興味を持った。



すてきな歌をありがとう!

そうそう、

最後に担当の先生には伝えたのだけれども、

私は合唱を否定しているわけではないのです。

音楽科教育の授業で行われる合唱表現に対して、

合唱表現自体が目的化しないように訴えているだけです。

勘違いしないでくださいね。

ヴィヴァルディ:「四季」

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誰が聞いても、

「あ、この曲なら知っている!」

と答えるであろう音楽が存在する。

いわゆる名曲。

あまりにも有名すぎて、自分は避けてきたところがある。

でも、やっぱり聞き直してみると・・・

いいんだなあ、これが!




ヴィヴァルディが作曲した「四季」。

作曲者がつけた曲名ではなく、

楽譜に四季にまつわるソネットという詩がついていることからこう呼ばれる。

「和声と創意への試み」という12曲からなる協奏曲集。

その中の4曲が「四季」にあたる。

それぞれの曲は急ー緩ー急の3つの楽章で構成されている。



泉の流れ

小鳥の鳴き声

犬の鳴き声

ハエの羽音

焼け付くような夏のけだるさ

山羊飼いのまどろみ

雷鳴



酒宴

鉄砲と狩人

冬の寒さ

足踏み

寒さでがちがちなる歯の音




四季の中で、

音楽で表現しているものは様々。

それらが独奏ヴァイオリンと合奏部分、

リトルネッロ形式という主要主題の繰り返し、

わかりやすい構成と曲の短さ、

情景音楽的な親しみやすさ、

これらによって音楽を楽しく聴くことができる。




名曲を馬鹿にしてはいけない。。。

最近、つくづく思う。

この「四季」の中で一番好きなのは・・・

「冬」。

まとまりもよく、感情に訴える焦燥感がいいと思う。

車の宣伝で使われているけれども、

あの部分は、寒さの中で足踏みしている様子を表している。

あんな風に使われるとは想像できなかったけれども・・・(笑)

あれだけCMで流れているので、

授業で提示する時には、

「冬」の第1楽章から扱うとおもしろいかもしれない。




みなさんは「四季」の中でどの曲が好きですか?

猫時計

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ほしかった猫時計。

ほんの少しお金にゆとりができたので、

思い切って購入しましたcat

ささやかな贅沢・・・

かな?

この後ろ姿がかわいいでしょ?

Img_1875_01

あれこれと考えて、

こんな感じに。

暖色系の照明なので、

壁の白さと時計の黒の対比がうまく出ていないけど・・・。

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猫の後ろ姿って、

曲線が美しいなあ、と。

いつも思いますhappy01

変化を楽しむ

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自分の提案したこと、

自分の実践、

自分の教育観、

自分の考え、

・・・

これらに対して、

意見を言われることを怖がる人がいる。

怖がるだけならいいけれども、

時には逆ギレするという存在も。。。

自分の存在が認められないと、

「この職場はつまらない」

などと愚痴を漏らす人も中にはいる。




意外にも、

「この人は力があるなあ」と思える人、

「この人について行けば間違いない」と周りから絶大な信頼を受けている人、

実践家として名前が知れ渡っている人、

そんな人たちに見受けられるから不思議。

きっと、

その位置まで到達するのにかなりの努力をしてきたのだと思う。

だからこそ、

自分がこれまで築き上げてきたことを否定されたような気持ちになるのだろう。

努力は認めるけど・・・

意見を伝え合っているだけなのにね。




人間、三人の友を持てとよく言われる。

私自身、肝に銘じて、

そのような友を求めるようにしている。

原理原則を教えてくれる友

師と仰ぐ友

直言してくれる友


なかでも、

直言してくれる友の存在はありがたい。

耳に痛いこともあるけれども、

そのおかげで自らの誤りに気づくことができる。




ただ、残念ながら、

年齢を重ねてベテランの領域に達したり、

実績を残して信頼されたり、

組織で一目置かれて影響力が強まってきたりすると、

意見を言ってくれる人がいなくなってくる。

「あの人に任せておけばいい」

「あれだけ実績を残している人に私のような者が意見できない」

などなど。。。

私もかつて経験したこと。

このような状況になると、

その人が意見を発するとすべて通ってしまう。

その影響力のため、

その人の伺いを立てるような事態に陥ったり、

派閥みたいなヒエラルキーができあがってしまう。

そうなると組織は硬直化に陥る。

発展性がなく、おもしろくない。

人間だから間違う時があって当然なのだけれども、

誰も指摘しないものだから、

自分のやることすべてが正しく思えてしまう。

そうなると、

組織ばかりではなく、

その人にとっても不幸なことに。

せっかく力を持っているのに、

自分の力を過信してしまい、

組織を誤った方向に導いたり、

自らの成長を止めてしまったりする結果に。

世の中には人それぞれのやり方があって、

絶対というものは存在しない。

だからこそ、

意見を伝え合い、

よりよいものとなるよう練り上げていくことが必要。

裸の王様にならず、

常にアンテナを張り、

3人の友を大切にしながら、

自らを変化させていくことを大切にしたい。

言われることは一つも怖くない。

自分の可能性を追求できるチャンスと考えなきゃ!

変わらなきゃ!

いつまでも今の自分、過去の自分にこだわらずに。。。

人生のカウントダウン?

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今から3年前に開催した、

北海道音楽教育研究大会空知大会。

授業実践者としての一線を引いた年に開催した研究大会。

思い入れも強く、

これまで自分が考えてきたこと、

実践してきたことの集大成として紀要を書き上げた。

産みの苦しみはかなり大きく、

今でも、どうやって仕上げたのか・・・

自分自身、不思議でならない。

支えてくれた方々がいたからこそ、

仕上げることができたと今でも感謝している。

大きな支えも失ったけれども。。。




さて、

大会が終了した時、

「音楽科教育で自分の果たすべき役割は終わった」

これが正直な考え。

だからこそ、

ことある度に、

「私は過去の人間」

「私は授業実践者としての現役を終えた人間」

などと伝えて表に出ることはしてこなかった。




ところが・・・

なぜか私を頼りにしてくる方々がいる。

一緒に飲んで話をしていくうちに、

勝手に自分で終わらせていたことが恥ずかしくなってきた。

いいところまで完成した、

と思っていた紀要にも修正の余地があることも見えてきたし。

それに、

たとえ完成したものを残すことができなくても、

最後の最後まで持てる力を出し切ることが大切なのではないか?

自分のやってきたことや考えを伝え続けることが大切なのではないか?

それが古いものと烙印を押されたとしても。

音楽科教育の根本を訴え続けるべきではないのか。

そうすることで、

自分を踏み台に、

すばらしいものができあがっていくのではないだろうか。

そのために、

今やれることを、やるべきなのではないか。

そんな気持ちになってきた。

本当に、よき出会いに恵まれていると思う。




そんなことを考えている時に、

とある研修会のお誘いを受ける。

「今さら自分が・・・」

とも思ったけれども、

とりあえず参加することに。

「創作」について話し合いをするということなので、

さび付いた頭に刺激を与えようと、

今までの自分の実践等を読み返してみた。

自己満足と言われるかもしれないけれども、

読み返しての正直な感想は・・・

「自分はこんなところまで達していたのか・・・」

というもの。

やっぱり訴え続けなくてはならないと決意を新たにした瞬間だった。



今回の提案内容は・・・

1.学級担任が実践する授業への助言の方法について

2.学級担任による「創作」の実践例

3.「創作」における受診の大切さ

4.音楽科における学力について

5.音楽科の根幹をなす「感受」について




紀要の紹介をしたところ、

大きな関心を持つ方がたくさん。

中には、

この紀要をベースに研究をしている地域や学校もあるとか。

本当にうれしかった。



「自分は後数年で退職」

「退職を意識し始めた」

私と同じ年齢の方が漏らした言葉が心に残る。

年賀状にもそのような言葉を書いてくる方が増えた。

かつて、

自分も悩んだ問題。

でも、

今は・・・

人生を終えるその瞬間まで、

現役として伝えていくことを貫きたい。

だから、

カウントダウンは否定することにした。

何からできるかはわからにけれども。

「カウントダウンはいらない!」

「Five Star」と牡蠣の酒蒸し

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「限定」・・・

この言葉に弱いのです。。。

ついつい手が伸びてしまいますthink

実家からわけてもらった牡蠣を車に乗せ、

帰宅途中に寄ったコンビニ、

ついつい手が伸びてしまいましたhappy01

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1967年に、

サッポロビールから出ていたものの復刻ということですが・・・

記憶にないんだよなあ。。。

親父も飲んでなかったんじゃないかなあ。。。

3歳だったし、

生ビール自体がそんなに出回っていなかったし。

こくがあっておいしかったです。

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そして、

酒蒸しにした牡蠣。

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それを見つめる・・・

カイcat

食べないくせにね!

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磯のにおいと味がたまりませんheart04

私の正月は・・・

こんな感じで終わりを迎えました。




さあ!

充電も完了したし、

仕事をがんばろう!

「うどんザンギ」

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「うどんザンギ」



なるものがメニューに載っていることは気づいていたけれども・・・

なかなかタイミングが合わず、

ようやく出会うことができましたhappy01

ザンギにしない「うどん」も大好きですが、

こちらも、

サクサクッとしっとりのコラボが最高です。

Foodpic3044766

創り上げるには、

かなりの苦労があったかと思います。

おかげで、

とてもおいしく、

しかも楽しく食べることができました。

じょかとの相性の抜群!



「てれ屋」 にて

母の味

Foodpic3039521

正月に実家に帰ると、

必ず出てくるのが・・・

牡蠣と鯛。

いつもは、

殻付きの牡蠣を酒蒸しにする。

ところが、

今年の正月は、

殻から外されたものが手に入ったのだとか。

しかも大量にgood

うれしい反面、

そうなると一大事。

どうやって調理をするか、

というところから話が始まる。

味噌仕立てにするとおいしかった、

という父の話で鍋に決定!

牡蠣のうまみがしっかりと出て、

最高の出汁となった。

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そして、

恒例の鯛の煮付け。

小さい時から、

正月の時だけ食べていたもの。

クリスマスは鶏の足、

正月は鯛の煮付け。

ぷるぷるとした煮こごりが最高。




毎年毎年、

食を通して母親のありがたさを感じています。

「くわい」

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年末に、

生まれて初めて食べたもの・・・


「くわい」

植物の根なのか、

それとも生き物なのか・・・。

なにせ生まれて初めて見るので、

謎は深まるばかりcoldsweats01

とがったところを、

指でつまんで口へ。

お?

里芋みたいで・・・

うまい!



いいことがありそうな予感がしてきました。



大きいものもあるようですが・・・

私が出会ったのは小ぶりのもの。

田んぼに生えているとのことでしたが・・・

北海道にはあるのかなあhappy01




いつも目から鱗の食材をありがとうございます。

雑煮と「ヨイトマケの唄」

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ゆったりゆったりと自宅で年越しfuji

年末年始は読書三昧。

久しぶりにたっぷり本に親しみました。




その合間に「笑ってはいけない」。

そして美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」。

どちらにも違う意味での涙を流し、

新しい年を迎えたのでした。

後者の歌唱からは、

芸の奥深さを改めて確認しました。

深い深い感動がいつまでも胸に残ります。

http://www.youtube.com/watch?v=p3WTKaaL7nI





元旦は・・・

いつものように「雑煮」から。

臼と杵でついたお餅をいただき、

幸せをいっぱい感じながら食しました。

何物にも勝る一杯です。

失ったものの尊さと、

忘れてはいけないものの大切さと。

昨晩の唄から得たものを胸に。

今年もよい年でありますように。。。

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