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カテゴリー「こころを育てる」の243件の記事

教育全般について感じていることや考えていることを紹介します。

信頼こそすべて

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子どもたちを何とかしたい!

約束やルールを守らせたい!

そう思ってあれこれ工夫して伝えようとするのだけれども、

とてつもない強い反発や反抗にあうことがたびたびあった。

こちらが一生懸命になればなるほど、

比例して反発や反抗も強くなってくる。

全く指導が入らず、

子どもとの距離感も一層広がっていくばかり・・・。

全く身動きがとれない辛く苦しい日々。





こんな時は、

子どもたちをしっかりと観察し、

教師について行こうとしている子ども、

教師への反発心を強く持っている子ども、

別に何も思っていない子ども、

の三つをとにかく分析する。

強い反発心を持っている子どもの割合は意外に少ないもの。

少人数に影響されていることが多い。

その少人数が、

教師の話を全く受け付けない状況であるときには、

とにかく信頼関係をつくるところから始めたい。

約束やルールを取っ払って、

その子どもたちの抱えていることを100%受けとめる。

ほんの少しずつ信頼関係ができてきたら、

焦らずにスモールステップで、

できているところを認めていく。

多くの子どもたちは、信頼関係のできている人を裏切ることはしない。

だから細い細い絆をつくるところから始めてみたい。

まさに針に糸を通すように。

真っ暗な暗闇を不安にかられながら、手探り状態で進むように。

時として同僚から、

「その子たちだけ特別扱いしていないか?」

「甘やかしていないか?」

「うちの子どもたちにも悪影響が出てるんだよね。」

「もっと強い指導してよ。」

そんな言葉が聞こえてくるけれども、

時間をかけて信頼関係を築かなくては次の一手を打つことができない。

ここが理解されずに、

苦しくて辛い思いをすることが多いけれども・・・

すべては子どものため。

教師も一人で抱え込まず、

自らの思いをていねいに伝え、

職員室の仲間と連携しながら、

子どもたちのわずかな成長をともに喜びながら、

子どもとの信頼関係を高めていきたい。

信頼あってこそ、教育は成り立つものだから・・・。

子どもを尊重する

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言葉には、

その人の人間性や心が表れているという。

どんなに隠したとしても、

ふとしたときに自然とにじみ出てしまうものだという。

隠しようがないのだとか・・・。

内面を磨けば美しい言葉となるのか、

美しい言葉を使っているうちに内面も磨かれるのか、

どちらかはわからないけれども・・・。




教育に携わるものとして、

どうしても好きになれない言葉がある。

その言葉とは・・・

「やつら」。

教師同士の会話の時に時々耳にすることがある。

そのたびに、

何となく胸が痛くなる。

自分が目の前にしている子どもたちのことを指しているのだけれども、

子どもたちが何か悪さをしてしまったときとか、

教師である自分に反発してきたときとか、

話を聞かなかったときとか・・・

いい意味で使われてはいない。





子どもも、

一人の人間として人格がある。

経験が少なく、

身につけるべきものはたくさんあるかもしれない。

だからといって、

大人である自分よりもしたとみなすことはできるだろうか?

一人の人間として尊重されるべきではないだろうか?

「やつら」

を使うことによって、

子どもたちを貶めていることはもちろん、

自分自身の品格も貶めてはいないだろうか?

ついつい口にしてしまいそうな言葉だけれども、

そんなところから意識的に直していきたい。

子どもたちを一人の人間として尊重するためにも。

教育は、

信頼で成り立っているものだと思うので・・・。

多忙な時ほど・・・

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あせらず

あわてず

ていねいに

心をつくして



今から

ここから


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いろんな仕事が重なっている時に限って、

新たな仕事が次から次へと舞い込む。

焦りから、

ついついやっつけ仕事になってしまったり、

時間に間に合わせようと適当に片付けてしまったり、

周りの方にあたってしまったり・・・。

でも、

それでいいことは何もない。

仕事は片付くかもしれないけれども、

何とも言えない後味の悪さがつきまとう。

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焦ったところで仕事のやる量に変わりはない。

それであれば、

いったん冷静になって、

どの仕事から取りかかるべきか、

どのように解決していくのか、

どの程度時間がかかるのか、

計画と見通しをしっかりと考えたい。

そして、

どんな仕事であれ心を尽くすこと。

ちゃんと誰かががんばりを見ていてくれている。

そして、

いまから ここから・・・

気付いたところからいくらでもやり直せる。

失敗が成功になるまで粘り強く取り組めばいいこと。

感謝の気持ちを

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感謝の気持ちを伝える。

簡単そうで、なかなか難しい。

目に見えてお世話になったことについては、

「ありがとう」ってすぐに伝えることができる。

でも、

目に見えないもの、

どのようにお世話になっているのか実感できないもの、

についてはなかなか感謝を伝えることが難しくなってくる。

何をどうお世話になっているのかを教えてあげないと・・・。




大人に何かをしてもらうことが当然、

になってしまっている子どもたちを見かけることがある。

遠いところから来たのだから、

と心を込めて一生懸命につくった料理。

それに対して・・・「何これ、おいしくない!」

と簡単に言葉として出してしまったり。

朝食のパンを配る時、

取りに来て、という指示に対して、

「何で持ってきてくれないの!」

と座ったままで受け取ろうとしたり。

持ち帰るのが大変だろうから、

と睡眠時間を削って洗ったくれた濡れた服

をやってもらうのが当然かのように無言で受け取ったり。

どれだけの気持ちでもてなしてくれているのか、

見えないところでどれだけお世話になっているのか、

わかるように説明することも大人の責任。

児童交流の引率があったのだけれども、

ただ楽しかった、思い出がたくさんできた・・・

ではなく、

そのためにどれだけの人々が支えてくれているのか

を教えることも大切な場だと考えている。

だからこそ、

お別れの代表挨拶の時に

「心を見せる」という話をしてきた。

4年前、

お世話になった方の心づくしと所作から感動を受け、

それ以来、使い続けている言葉。

どれだけ伝わったかはわからないけれども・・・。

ハートの樹

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ある日、

2階の職員室から見える樹をさして、

「ハート型に見えますよね」と伝えてくれた職員。

その時はぼんやりとした印象でしかなかったのだけれども・・・。

次の日の朝、

いつものように校門に立って挨拶運動をしていると、

見上げた樹がハート型に。

何となくうれしくて、登校してきた子どもたちに伝えていた。

その中の一人の女の子。

いったん玄関に入ったと思ったら・・・

小走りで私のところに戻ってきた。

「校長先生が毎日みんなに愛を与えてくれるから、

 この木はハートの形になったんだよ。

 きっと他の木もハート型になって、

 愛でいっぱいの学校になるね!」

、と。

涙が出るほどうれしかったです。

こんなにもすてきな言葉をもらえるなんて・・・。

悩み事があって相談にのったこともあった子どもだったので・・・。

いろんなことがあるけれども、

頑張ろうっていう勇気をもらうことができました。

ありがとう!

Facebookには恥ずかしかったので簡略化して紹介しました。

「ありがとう」

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最近、

ある職員から言われたこと。

「あなたが一番使っている言葉は・・・

 ありがとうという言葉です!」

ありがとうを聞かない日はありません・・・だって。




子どもが健康観察を職員室に持ってきたら・・・

「ありがとう」。

職員が書類を見てもらおうと持って行ったら・・・

「ありがとう」。

電話を取り次いでもらったら・・・

「ありがとう」。

職員会議で発言した人や司会に・・・

「ありがとう」。

掃除をしている子どもや職員を見かけたら・・・

「ありがとう」。

ゴミを拾っている姿を見たら・・・
 
「ありがとう」。

マイクを手渡してくれたら・・・

「ありがとう」。




う~む・・・

指摘されると、

確かに多い。

でも、

私はすべての人に生かされている。

そう考えたら、

自分が受けたことにはありがとうが自然に出てくるんだよなあ・・・。

「ありがとう」

の輪が自然と広がり、

やさしさあふれる職場になればいいなあ。。。

ひとつのリンゴ

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ある日、

ふらりと子どもがやってくる。

担任の先生の具合が悪そうなのだとか。

リンゴを食べると自分は元気になることが多い。

自分はリンゴをむくのが得意なので、

何とか先生に自分のむいたリンゴを食べさせ、

元気になってもらいたいのだとか。

でも、そのリンゴがないので、

どうしたらいいか・・・

という話だった。

担任とうまく関われずにいる子どもの言葉だったので、

ずしりと心に残る。

そこで・・・

「すごくやさしい言葉でうれしいよ。

 そんなに先生のことを考えてくれているんだね。

 ところで、心を言葉で伝えたかい?

 ものよりもなによりも、

 その心を担任の先生はうれしく思うんじゃないかな。」

そんな話をして教室に戻した。




家に帰り、

ひとりでいると昼間の出来事が頭から離れない・・・。

リンゴ一つで、その子の心に愛情が満たされるのなら、

そして、

その満たされた愛情を他の人たちにわけていけるのなら・・・。

考えに考えた末に・・・

リンゴを買ってきて次の日に学校へ持って行った。

そこには今まで見たことがないような満面の笑顔。

丁寧に丁寧にリンゴの皮をむいていく姿。

そこには早く体調を回復してほしいという願いが・・・。

心からのつながりにはまだまだ時間がかかるかもしれない。

でも、

心あたたまる時間だった。

きっと、いつか、わかり合える時が来ますように。

受けた愛情だけ・・・

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人は、

自分が受けた愛情の分だけ、

周りの人に愛情を与えることができるのだとか。

だからこそ、

教育に携わる私たちは、

子どもに愛情を注がねばなりません。

そのためには、

子どもたちの目の前に立つ教師自身も、

周りから愛情を受けることが大切。

職場の雰囲気はどうでしょうか?

同僚に愛情を注いでいるでしょうか?

感謝とか、

愛情とか、

温かい心があふれる職場にしたいですね。

子どもたちのためにも・・・。

ドラえもんの手とのび太の手

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今の学校には全校集会というものがあって、

月に一回ほど、

子どもたちが一堂に会する機会があります。

そこには必ず「校長の話」なるものがあります。

先日は・・・「ドラえもんの手とのび太の手」と題して話をした。



ドラえもんがのび太を救っているだけではない。

のび太に感謝されることで、

ドラえもんは生きる勇気をもらっている。

猫型ロボット同士のいじめはひどかったらしい。

それはグーの手でしか握手できないことに原因があるらしい。

手は心の現れ。

人を恨んだり、怒ったり、腹を立てた時にはグーの手になる。

やさしい気持ちやうれしい気持ちの時にはパーの手になる。

グーの手はドラえもんの手。

パーの手はのび太の手。

心がドラえもんの手同士だと喧嘩になる。

でも、片方がのび太の手をもつと優しく包み込むことができる。

さらに、のび太の手同士だと手と手とを結んで協力し合える。

人間だもの、ドラえもんの手になってしまう時はある。

仮に相手がドラえもんの手で自分のところにやってきても、

のび太の手でで包み込んであげようよ。

自分が今ドラえもんの手になっているな、

って気付いた時にはのび太の手になるように気持ちを切り替えててみよう。



こんな話をしました。

全校の子どもたちに自分の考えを話することができる。

これは校長に与えられた特権です。

だからこそ、真剣に考える。

グーとパーの手しか最初は浮かばなかったのです。

でも、集中して聞いてもらうために、

そして、より子どもたちに身近な話題で訴えたいと考え、

その日の早朝に「ドラえもん、のび太」と結びつけたのです。

子どもが話を聞いていない時、

原因の多くは話し手側にあります。

子どもたちに聞いてもらえるような話をすること、

そこが大切なのです。

「この子どもたちは話を聞けない」・・・

そんな評価を下す前に自分を振り返りたいものです。

大人の責任って多いと思います。

共感すること

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悲しみ

苦しみ

辛さ




どんなにすごいと思える人でも、

実はその人なりに抱えているものがある。

人と決して比較はできなし、

その基準もない。



その人が悲しければ悲しいのだし、

その人が苦しければ苦しい、

その人が辛ければ辛い



「その程度のことで?」

自分や周りの人と比較して、

ついついこんな言葉が頭に浮かんだり、

口をついてしまう時もあるけれども・・・

その人なりの思いを受け止めること。

その人の気持ちになって考えること。

そこから「共感」が始まる。

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